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埼玉県立大宮商業高等学校硬式野球部女子「上まで行きたい!日本一!」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

全国高等学校女子硬式野球選手権大会。

 

決勝戦は2年前から、高校球児の聖地【阪神甲子園球場】で開催されている。その大舞台を目指して、たった11人のチームが流れる汗も厭わず、猛練習に自らの意志で飛び込んでいく。

 

埼玉県立大宮商業高等学校硬式野球部女子。創部わずか2年。9人のチーム編成が出来るようになったのは、なんと今年からだという。

 

「声出していこう!」

 

彼女たちはこの夏、初の全国大会に挑む。私立全盛の女子高校野球の中で、公立高校であることや、少ない人数であることを言い訳にしたくない。一人の野手が、ノックのボールを横っ飛びでキャッチした!

 

最高に熱い夏は、まだ始まったばかりだ。

 

 

公立高校でも、女子が硬式野球を出来る環境を―大宮商業の内迫博紀教諭は創部に奔走する。

 

「男子は好きなだけ(硬式野球部のある)私立でも、公立でも学校を選べる環境があるのに、女子にはそれが無い。野球をやりたいのにやれない・・・ それが残念で」

 

その情熱は実り、昨年の春、大宮商業に埼玉県初の公立高校硬式野球部女子が誕生する。監督には、内迫教諭が就任した。だが、この年集まったのは、6人の1年生のみ。大会はおろか、練習試合すら組めない。その時のことを、現2年生部員が振り返る。

 

「去年は試合が出来なくて、モチベーションを保つことが大変でした」

 

それだけに、今年5人の1年生部員が加わったことが素直に嬉しいと言う。総勢11名。まだまだ少ないが『これで野球ができる!試合が出来る!』、彼女たちのモチベーションは一気に高まったのだ。

 

 

教室で行われるミーティングの様子を覗いてみた。そこに、内迫監督の姿は無かった。大宮商業硬式野球部女子が目指すのは、選手ひとりひとりが考える、自主性を持ったチーム作りだからだ。

 

『変化球を打つ練習がしたい』

『盗塁練習もしておきたい』

 

個々に取り組むべき課題を持ち、それを踏まえた練習メニューを作っていく。2年生でキャプテンの丹下晴菜乃が、練習メニューを内迫監督に提出する。

 

「俺は何をすればいいの?」

「特守練習のノックをお願いしたいです」

「わかった、いいよ」

 

部員の要求に監督が応える、見慣れない光景だった。内迫監督は、練習の手助けと、アドバイス役に徹しているという。

 

「野球は1から10まで全部指示を受けるようなスポーツじゃないと思うし、実際は選手判断でやった方が、良い結果が出ると思うんです。言われたことだけをやるんじゃなくて、なんで? の部分に、彼女たちは向き合えるようになってきましたね」

 

確かに、全体練習以外にも、個々の自分なりに考えた課題練習に取り組む姿が目立つ。ティーバッティングに汗を流す、2年生の相原結衣は、時折ティーの高さや左右の位置を変えていた。

 

「アウトハイが苦手なので、バットが下から入らないように縦にして、センターに返すイメージで練習してます」

 

また、ピッチングマシンのボールを打ち込んでいた2年生の落合聖来は、一球毎にバッティングフォームを確認している。

 

「右足の軸をしっかりさせて打つことを課題にしています」

 

 

自ら思考する彼女たちは、これからもっと上手くなる―そんな予感がした。

 

練習の合間のランチタイム。部員全員が校庭の片隅で、それぞれの弁当を広げる。一人が持ってきたのは、具も何もトッピングしない、素麺のみの直球勝負。みんなが突っ込みを入れて爆笑するが、本人はどこ吹く風で満足そうに素麺をすすっていた。先輩後輩の分け隔てない空気感が、大宮商業硬式野球部女子のウリなのだとか。

 

そんなチームをキャプテンとして率いるのは、笑顔がトレードマークの2年生、キャッチャーの丹下晴菜乃。練習後に自宅を訪ねると、丹下が野球を始めるきっかけとなった、兄の友之介さんが、妹について語ってくれた。

 

「小さい頃から、やるって決めたことは最後までやり遂げる集中力が妹にはあるので、そこはキャプテンとして向いてるんじゃないかなと思います。ただ、すごい甘えん坊なので、そこは兄としては少し心配です」

 

笑いながら話す兄の横で妹は・・・ はにかんでいた。

 

この丹下とバッテリーを組むエースピッチャーは、1年生の竹中杏里。小学生から野球を始め、エースはずっと彼女の定位置だ。竹中の家では、兄の丈太さんと、姉の里桜さんが迎えてくれた。

 

「よく全員でシャドウピッチングとかしてました。3人ともピッチャーなので」

 

この後、竹中はひとり黙々とグローブの手入れに熱中する。全国大会で先輩たちと頂点を極めたい!秘めたる熱い思いで、彼女は日々を過ごしていた。

 

大会4日前の7月19日。チームに異変が起こる。グラウンドで他全員がユニフォーム姿の中、ひとり制服を着たままの副キャプテン・黒崎亜美。顔のテーピングが痛々しい。

 

「3日前の練習で、ボールが鼻に当たっちゃって・・・ 粉砕骨折です。でも何もできないわけじゃないと思うので、まだ(試合出場の)希望は捨ててません」

 

しかも間の悪いことに、1年生の平川七海も、全治六ヵ月のケガで離脱中。最悪、全国大会は9人で臨むことになる。当然、戦術にも大きな影響を及ぼすだろう。暗雲が立ちこめていた・・・

 

 

7月23日、全国大会一回戦当日。兵庫県のブルーベリースタジアム丹波で、大宮商業は夢の甲子園に向かって、そのスタートを切る。対戦相手は、地元兵庫の蒼開高校。部員数30人、全国大会ベスト8の実績を持つ強豪チームだ。

 

ここで大宮商業のスターティングラインナップを紹介しておこう。

 

ピッチャー、竹中(1年生)。キャッチャー、丹下(2年生)。ファースト、渡邉(2年生)。セカンド、相原(2年生)。サード、森(2年生)。ショート、落合(2年生)。レフト、志垣(1年生)。センター、弘中(1年生)。ライト、小松(1年生)。そして鼻骨骨折に苦しんでいた2年の黒崎は、DHでの出場が叶った。

 

お判りいただけるだろうか? DHの黒崎を含め、スターティングメンバ―は10名。1年生の平川が離脱中のため、大宮商業はのっけから全戦力を注ぎ込んでの戦いを強いられるのだ。熱い激闘の一日が始まる―

 

試合は、序盤で2点を先制された大宮商業が、3回の裏にチャンスを迎える。フォアボールで出塁したランナーを、手堅くバントで送ると、次のバッターはデッドボールで、ランナー1、2塁。この後、満塁までチャンスを広げると、タイムリーヒットが飛び出し、同点に!続く4番、キャプテンの丹下もタイムリーヒットで追加点。結局、この回一挙4点を揚げ、強豪・蒼開を焦らせる。

 

だが、試合後半、充実した戦力で攻め立てる蒼開に、同点に追いつかれる。そして最終回。大宮商業は、エース竹中から、同じ1年生の小松にチェンジ。蒼開の猛攻に、粘りのピッチングで耐え忍ぶが・・・ ついに3点を失ってしまう。

 

7回の裏、大宮商業は最後まであきらめず、強豪の壁に挑む。しかし、最後はキャプテン・丹下が内野フライに倒れ、ゲームセット。4対7・・・ 文字通り、全員野球で戦い抜いた、公立高校・大宮商業の夏が終わりを告げる。

 

「勝ちたかった・・・」

 

キャプテンの丹下が人目も憚らず、大粒の涙を零す。するとそこかしこから、嗚咽の声が漏れてきた。本気だったからこその涙・・・ 彼女たちを見る内迫監督の目は優しかった。

 

「悔しかった? そうだよな。忘れちゃダメだよ、その気持ち。まだ来年があるんだから。それなのに、まるで今年で終わりかの様な勝負が出来たんだから、みんな、すごい幸せだよ」

 

ずっと見守っていた父兄たちも、惜しみない拍手を送る。娘たちが本気で、そして全力でこの夏を戦ったことを知っているからだ。

 

 

悔しさを勝利の糧に―きっとすぐに、彼女たちは次の夏に向かって走り出す。チームの誰かが叫んだ。

 

「来年はやっぱり上まで行きたい!日本一!」

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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