東日本女子駅伝・福島県チーム_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

 

昨2021年、11月14日。第36回東日本女子駅伝、最終9区のランナーが次々とゴールの競技場に姿を見せる中、福島県チームの阿部縁監督(当時)がアンカー選手の名を叫んでいた。

 

『あおい!あおい!』

 

ゴールに飛び込んだ鈴木葵選手を、阿部監督はしっかりと抱きしめる。総合成績は5位。福島チームは、6年ぶりとなる、悲願の入賞を果たしたのである。

 

そして1年後の2022年11月、またこの季節がやってくる。

 

晩秋の福島を舞台に開催される、第37回東日本女子駅伝。これまで、幾人もの日本陸上界を担うニューヒロインを誕生させてきた。レースは全長42.195キロ、9区間。18の都道県チームで争われる。

 

最大の特徴は、中学生から社会人まで、幅広い年齢層のランナーがタスキを繋ぐこと。そのレベルは高く、実力差は紙一重。入賞圏内(8位以内)に入ることは、出場全チームの誉れとなっている。その中で、福島チームは2年連続の入賞を虎視眈々と狙っていた。

 

初秋のある日、レースのスタート地点であり、ゴール地点でもある信夫ヶ丘競技場に、練習中の福島チームを訪ねた。昨年までチームを率いた阿部縁前監督は、若い指導者にタスキを渡し、支援コーチという立場でチームに帯同している。そして今年、そのタスキを受け継いだ、渡部裕也監督は宣言する。

 

「スタッフも選手も、みんな熱い気持ちを持っているので、自信をもって大会に臨めます。入賞はもちろん、それ以上を狙っています」

 

この日、競技場のトラックでは、中学生と高校生が合同練習に励んでいた。その中に、昨年大会で鮮烈なデビューを飾った、中学3年の湯田和未(ゆだ なごみ)の姿もある。中学2年で初出場となった前回、7位でタスキを受けた湯田は、一時チームを3位に押し上げる、異次元の走りを見せつけたのだ。今年は後輩もでき、チームの雰囲気づくりに一役買うなど、その成長ぶりが窺える。

 

「まだ誰が走るか発表されてないんですけど、出られたら、区間賞を目指して自分らしく積極的に走りたい」

 

そして高校生ランナーは、陸上競技の名門、学法石川高校の選手が中心だ。今年も、高校生組が中学生組の面倒を見る、福島チームの良き伝統は健在。格上の高校生が、中学生の前を走って引っ張り、中学生は先輩の走りに食らいつくことで力をつけていくのだ。

 

「レベルの高いチームだと思います。駅伝には、タイムだけではない粘りが重要なんですが、それを体現してくれる子たちが揃いました」

 

そう語る渡部監督。だからこそ、当日のメンバーを決めるのが悩ましい。

 

11月12日、大会前日。

 

信夫ヶ丘競技場には、出場全18チームが集結し、最終調整を行っていた。その中で、報道陣はもちろん、選手たちからも注目を浴びていたのが、東京チームのエース、新谷仁美だ。

 

トラック競技1万メートル、そしてハーフマラソンの日本記録保持者であり、東日本女子駅伝では、アンカー区間の区間記録を持つ日本のトップランナー。彼女はこのレースの意義を語ってくれた。

 

「どのチームも目標は優勝、でもこのレースを経て、さらに力をつける大会にそれぞれがしてほしい。優勝を目指す中でも学んでほしい」

 

自分の成績には、当然秘めたものがあるだろう。だがそれにも増して、競技全体のレベルアップを、新谷は願っていた。

 

一方、福島チームには異変が訪れていた。社会人、大学生も合流し、メンバー全員が集合する中、中学生エースの湯田和未の姿がない。不測の体調不良に見舞われての欠場・・・

 

「将来がある選手、無理はさせられない」

 

渡部監督は苦渋の決断を下していたのだ。思わぬ痛手となったが、代わりに選ばれた中学2年生の丹野星愛(たんの せな)が頼もしい。

 

「福島県の代表として頑張りたい、自分の力を信じて区間新記録を出したいです」

 

そしてもう1人の中学生ランナー、木戸望乃実(きど ののみ)は・・・

 

「和未ちゃんの分まで、チームに貢献できるように走って、区間賞を狙います」

 

静かに闘志を燃やしていた。

 

選手への様々な物資の提供などで、アスリートファーストを掲げる、東日本女子駅伝。ここで、全18チームの選手達が身に纏うユニフォームに目を向けてみよう。使用率の高いパンツスタイルではなく、スパッツを採用したデザイン。そこには最先端の技術を駆使し、選手のパフォーマンスを最大限に引き出す工夫が施されていた。

 

彼女たちのユニフォームを開発したのは、『世界一速いウエアを創る』をモットーにした、デサントの研究開発拠点《DISC》。この施設には、十数台のデータ記録用カメラを始め、モーションキャプチャーや3Dスキャナー、人工降雨室など、ウエア開発をあらゆる角度からバックアップする、最先端の技術が集結していた。開発のリーダー的存在、日野智也は言う。

 

「どのような設計をしていけば、彼女たちがより良いパフォーマンスを発揮できるか、それを一番に考えながら開発しました」

 

デザイナーの杉本莉菜は、スパッツの特徴を語る。

 

「スパッツの前後で、伸縮性の異なる素材を用いて、エナジーリターンという機能を採用しています」

 

足を前に振り出した時、引き伸ばされた生地の力を、地面を押し出す力に利用できるのだという。さらにアッパーのランニングシャツは、腕の動きを妨げないよう、肩甲骨に沿って大きくカッティングしている。こうした様々な工夫を、最先端の技術で実現し、それがアスリートの体を守り、ハイパフォーマンスを引き出していくのだ。

 

学生時代、陸上部で駅伝を走っていた杉本は、その経験が今のアスリートたちの助けになることを願っている。

 

「身につけるウエアが、モチベーションやテンションを上げてくれたのを今も憶えています。だから今回のユニフォームが、福島を走るランナーたちのモチベーションやスキルをあげてくれたら、幸せです」

 

11月13日、大会当日。

 

中学生エース・湯田和未の代わりに走る、初出場の丹野星愛。さすがに緊張の色が隠せない。するとすかさず、1区を走る大学4年生の金澤佳子が声をかけた。

 

「大丈夫だよ、(あなたは)速いんだから」

 

先輩の言葉が温かい。そして、選手の各区間への移動が始まった。

 

信夫ヶ丘競技場に号砲が鳴り響き、1区のランナーたちが町へと飛び出す。福島チームの渡部監督と阿部支援コーチが、固唾を飲んで、金澤佳子のスタートを見守っていた。

 

レース序盤、福島チームは入賞圏内の8位前後で、上位集団に食らいつく。すると、8位でタスキを受け取った、4区の中学生・木戸望乃実が2人を抜く好走を見せる。その後も福島チームは持ち前の粘りを発揮し、入賞圏内をキープしていく。

 

レース終盤、8区の丹野星愛がタスキを受ける。プレッシャーが圧し掛かる中、福島チームの思いを乗せての力走!狙っていた区間賞は逃したが(区間4位。1位とは6秒差)丹野は入賞圏内から離れることなく、2年連続のアンカーを務める、鈴木葵へと思いを託した。

 

ゴール地点。最初に競技場に戻って来たのは、あの新谷仁美だった。1分差を跳ね返し、逆に1分差をつけての貫禄の走りで、東京チームを優勝に導いた。そして福島チームは・・・鈴木葵が7番手で競技場へ入る。

 

「あおい!」

「がんばれ、ラスト!」

 

 

昨年の再現のような、阿部支援コーチと渡部監督の叫び!

決して万全の状態ではなかった鈴木葵だったが、粘り抜いての7位でゴール!

福島チームは、2年連続での入賞を果たしたのである。

 

レース後、中学2年生・丹野星愛には晴れやかな表情が浮かぶ。

 

「家族とか、色んな人の応援を受けながらレースが出来て、気持ちよく走れました」

 

期待のエースを欠く中、粘りの総合力で掴んだ入賞。ニューフェイスの台頭もあった。来年は、高校生となった湯田和未が戻ってきてくれるだろう。さらなる高みを目指して、福島チームの未来は明るい。

 

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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