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日体大野球部・矢澤宏太「野球人生ですごく大事な1年」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

昨年、2021年春—首都大学リーグ公式戦。リアル二刀流として大谷翔平が現実とした夢の軌跡、それを追いかける男が先発のマウンドに立った。その男は、150kmの速球を武器に勝利投手となれば、翌日の試合はDHで出場し、サヨナラホームランで試合を決めた。

日本体育大学3年生、矢澤宏太が、大学野球のリアル二刀流として、鮮烈なデビューを飾ったのである。身長173cm。大谷翔平に比べれば、一回りも二回りも小さな体・・・ それでも過酷な二刀流を己のプレースタイルとする、矢澤の原動力とは?

2022年3月中旬、春の日差しが眩しいその日、日本体育大学のグラウンドに矢澤を訪ねた。練習中の野球部は、200人を越える大所帯。小柄な矢澤は、どこにいるか判らないほど目立たない。だが、投手陣のキャッチボールが始まると、あっという間に矢澤の存在感が増していく。軽々と、それでいてキレの良いボールで、遠投を繰り返す。ピッチングコーチの辻孟彦は、最初に矢澤と会った時から、尋常ならざる肩の強さに驚かされたという。

「持って生まれた才能でしょうね。鍛えて、練習してどうにかなるようなレベルじゃなかったんです。あの肩の強さは」

大事に育てなければいけない、大輪の花を咲かせてやりたい。矢澤の持つ可能性は、指導者たちの身を引き締めるに充分なものだった。

若干5歳で野球を始めた矢澤宏太—小学校3年生の時には、すでに二刀流だったという。

「ピッチャーもバッターもやりがいはありましたけど、ピッチャーは、負けたら自分のせいだというプレッシャーが強くて・・・ バッターの方が伸び伸びやれて好きでした」

それから順調に力を付けていった矢澤は、神奈川の名門、藤嶺学園藤沢高校へ進学する。もちろんそこでも二刀流を通した。最高149キロの速球、高校通算32本塁打。甲子園出場こそ果たせなかったが、投打での活躍によって、有力なドラフト候補として注目を集める。

「あの時は、そこまでプロへの意識は無かったんですけど・・・」

それでも、プロ志望届を出した高校3年生の矢澤は、2018年10月25日、自身のターニングポイントとも言えるNPBドラフト会議を迎えた。無論、結果は指名漏れ・・・

「悔しいというよりも、やっぱり自分はプロに行きたかったんだと気づかされました」

先が見えず、どこかモヤモヤした気持ちの中にいた矢澤。だが、捨てる神あれば拾う神あり。以前から矢澤の才能に注目していた、現在の師・日体大野球部監督の古城隆利が、すぐに動いた。

「声を掛けるならすぐが良いだろうと。ドラフトの翌朝には、藤嶺藤沢高校に車を走らせました」

結果として日体大に進んだことが、矢澤を大きく成長させることになるのだ。

実を言えば、日体大入学当初は、矢澤にはさほど二刀流への拘りがあったわけではない。

「どっちをやるか、両方やるかは、チームの方針に従いますって言いました」

この頃、メジャーリーグに進出した大谷翔平が、打者として22本塁打を放ち、投手としても勝利を揚げていた。それと比較してしまえば、自分に確信が持てないのは無理もない。結局、二刀流でいく決断は古城監督が下した。

「両方できる可能性は間違いなくありました。なのにどちらかの可能性を潰してしまうことは、やはり考えられなかったですね」

直接の指導にあたったのは、元中日ドラゴンズの辻ピッチングコーチだ。彼は、埼玉西武ライオンズの松本航(2018年ドラフト1位)を筆頭に、ここ4年で4人のピッチャーをプロに送ってきた。その育成法は選手からの信頼が厚い。

「野手としては足も速い、守備も良い、しかも肩が滅法強い。即戦力だと思いました。でも投手としては、体づくりから考える必要がありましたね」

辻コーチの言葉通り、矢澤はまず打者として頭角を現した。1年生から外野のレギュラーポジションを獲得。2年生の秋には、打率3割6分8厘をマークし、ベストナインに選出された。

ただ、小学生の頃から主軸を打ってきた影響だろうか、こんな一面も・・・

「ぼくバント下手なんですよ」

そのバント練習中、無事成功させて無邪気に喜ぶ矢澤を目撃した。つまり、打者としては、余裕すら生まれているということかもしれない。

一方、投手としては、2年間、焦らずじっくりと体づくりに専念した。そして昨年、3年生の春、ついにリアル二刀流・矢澤宏太が、そのベールを脱ぐ。首都大学野球リーグ公式戦、先発のマウンドに立った矢澤は、キレのあるボールで三振の山を築き、見事勝利投手となる。さらに翌日の試合はDHで出場。同点で迎えた最終回、なんとサヨナラホームランを放って、チームを劇的な勝利に導いたのだ。プロ球団のスカウトの間で、再び矢澤宏太の名が話題に昇り始めた。

そして現在、受け入れざるを得ない環境の変化も訪れた。コロナ渦・・・ 寮での共同生活は、密を避けるために個室のある学生会館に場所を移した。食事は、寮の食堂で、部員全員で摂っていたが、今は少人数で分散して、学食に通っている。栄養やカロリーの計算は、自己管理しなくてはならない。

だが、矢澤たち部員は、思いの他事態を明るく捉えていた。ある日のランチタイム。投手陣だけが揃って学食にやって来た。豊富かつリーズナブルなメニューを前に、本気で悩む姿はどこか微笑ましい。

「大盛りです。ご飯いっぱい食べないと。まだ体づくりしてるので」

食事中は、若者らしいファッションや髪型の話題で盛り上がる。こんなひと時も矢澤にとっては戦う原動力になるのかもしれない。

ウエイトトレーニング中の、矢澤の姿を覗く。その体は、入学時に比べれば、一回り以上も太く強くなっている。2022年は、大学最終年。未来をも視野に入れた、大事なシーズンとなるはずだ。古城監督に見守られ、辻コーチと二人三脚で歩んできた3年間。その集大成を見せる時が近づいている。

「最初に、4年かけて成長していこうと言っていただいたので、それからは4年後のために野球をやってきたつもりです」

その先に、彼は何を見据えているのだろうか?

3月20日、立教大学とのオープン戦。先発登板した矢澤は、7回を投げ1失点。打っては長打を放ち、得点に絡んでいく。シーズンインに向け、確かな手応えを感じていた。まず目標に掲げるのは、チームの優勝。二刀流プレーヤーとしても、首位打者と最優秀投手を目指す。最高の形で、自分を認めてくれた古城監督や辻コーチに恩返しをしたい。そんな矢澤が、秘めたる志を教えてくれた。

「自分の野球人生で凄く大事な1年だと思うので・・・ 一日一日をやり切った上で、今年のドラフトで1位指名を受けて、プロへ行きます」

あのドラフト指名漏れから3年余り・・・ 胸を張ってプロ入りすることを原動力に、時をかけて作り上げた、リアル二刀流・矢澤宏太の心技体。彼の挑戦はこれからが本番だ!

TEXT/小此木聡(放送作家)

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