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ラグビー 武井日向「ラガーマンとしての矜持と原動力」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

咆哮にも似た息遣いが、グラウンドに響き渡る。肉弾となりぶつかり合う、鍛え上げられた体。楕円のボールを抱え、ゴールラインに向かって激走する男たち—

2021年10月。東京世田谷のグラウンドで、ラグビーの練習試合が行われた。リコーブラックラムズ東京対東芝ブレイブルーパス東京。数か月後に開幕を迎える新リーグ【リーグワン】に向け、選手たちの心は昂っている。単なる練習試合の一つは、本番さながらの激しい戦いとなっていた。

その試合を、フィールドの外で見つめる男がいた。武井日向— リコーブラックラムズの若きキャプテン。彼は日本代表合宿中のケガで長期戦線離脱を余儀なくされてしまったのだ。チームはもとより、日本ラグビー界の期待の星でもある24歳の若者は、ラグビー人生最大の試練と闘っている。苦しく、もどかしい日々のはずだ。しかし・・・

「ラグビーをしたい欲が出てきているので。 怪我をしていなければ、やりたいという気持ちよりも、やらないといけない気持ちが強かったと思うので、そういう意味ではプラスの方向にいっているのではないかと思います」

ネガティブな感情は微塵も見せない。そんな武井のラガーマンとしての矜持と原動力を追いかける。

栃木県に生まれた武井日向。ラクビーボールに初めて触れたのは、小学3年生の時。中学生までは、将来医師になることを目指し、文武両道の日々を送っていた。だが次第に、より高いレベルでのラグビーを夢見るようになり、強豪・國學院大學栃木高校への進学を決意する。ここでひたむきな努力の成果と、才能が開花し、全国高校ラグビー大会、通称・花園に、キャプテンとして出場する。その後、名門明治大学に進学し、3年生で22年ぶりとなる大学日本一に貢献。そして2020年、リコーブラックラムズに入団する。

身長171センチの小柄な体で、スクラムの最前線で戦うフッカーとして活躍。2年目の2021年には、若きキャプテンに指名された。当然のように日本代表候補にも選出され、武井のラグビー人生は、順風満帆のエリートコースを進んでいた。その矢先、長期離脱を余儀なくされるケガに見舞われたのだ。

時は進み、12月上旬。リーグワン開幕まで1カ月となったその日— リコーブラックラムズ東京は、新たに就任したピーター ヒューワットHCの下、体制を一新。これまで以上に厳しく激しい練習を繰り返していた。だが、キャプテンとして期待を集めていた武井は、別メニューでの調整を始めたばかり。試合に出場する目処すら立っていなかった。それでもこの日、久々にスクラム練習を行うと—

「スクラムって、こんなにきつかったんですね・・・」

その苦笑いのような笑顔に、練習が出来たことへの安堵と、回復具合への不安が見え隠れしていた。そんな中でも、キャプテンとしての役目は果たさねばならない。自分が加われないチーム練習にも目を光らせる。

「やりたいことが出来ているかどうか、細かいところまで拘って出来ているかどうか、そういうところを見ながら、伝えられることがあれば伝えるようにしています」

武井日向は今、肉体的にも精神的にも、入団以来一番忙しい日々を送っている。

練習後、武井が、グラウンドに隣接する寮での暮らしを紹介してくれた。自室の窓からは、グラウンドの景色がパノラマで広がっている。

「目の前、芝とポールで、こういう環境だとラグビーと距離を置く時間が無いので、ブラインドは閉めて、間接照明だけで夜を過ごしています。以前は、大学の時にもらったメダルも置いていましたが、それも外してラグビーから離れるようにしていますね」

ところが、中々そうはならないのが現実だ。

寮での食事は、三食ビュッフェ形式。アスリート用の高タンパクでバランスの取れたメニューが揃う。肉体の消耗が激しいラグビーだけに、選手それぞれが厳しい食事管理を行っているのだ。中でも武井のストイックさは、チームで一番だ。

「バランス良く食べるようにしてます。炭水化物とタンパク質と、脂質と、ビタミンとか、カルシウム。サラダも食べて」

チームメイトの食事も、さりげなくチェック。チーム全体で意識の高さを生んでいる。食事の後は、じっくりと体のケア。大学時代から続けている日課なのだとか。

「次の日の疲労具合が違います。やらないといやだなという感じ」

それが終わると、今度はその日の練習を、映像で振り返る。明日の練習に活かすために。

「今日は一人で見てますけど、スクラムを組んだ時は、その選手と一緒に見たりします。こうして振り返らないと上手くならない感じはしますね」

結局、武井は24時間、ラグビー中心の生活を送っている。

リーグワン開幕まで2週間となった、12月下旬。世田谷区の二子玉川駅前で行われたのは、リコーブラックラムズの壮行会。地域密着型のチームとなるべく、趣向を凝らしたイベントで地元のファン獲得を狙う。試みは大成功を収めるが、そこにキャプテン・武井日向の姿は無かった・・・

24日のクリスマスイブには、2021年最後の練習試合。開幕メンバーを占う重要な試合だったが、武井はフィールドの外で戦況を見守るのみ。キャプテンとして、フッカーとして、彼が重要な戦力であることは間違いない。しかし果たして間に合うのだろうか?

年が明けた2022年1月5日。ピーター・ヒューワットヘッドコーチが、4日後に控える開幕戦の先発メンバーを発表した。

「ヒナタ」

つらいリハビリに耐え、復帰への厳しいトレーニングを積み上げ、武井はギリギリで開幕戦に間に合ったのだ。ヘッドコーチは、言葉を添えて、試合用のジャージを手渡す。

「キャプテン、大変な時期だったと思うけど、ヒナタにこのチームをリードしてもらいたいと思っています。君を超える人はいません。楽しみにしています」

このジャージに袖を通すことこそ、長期離脱から復帰を果たすまでの原動力だった。武井は、ジャージを抱きしめるようにいただいた。

「葛藤の続く日々でしたが、このジャージを着るという意味もしっかり考えて、このチームのキャプテンということも考えて、一番体を張ります。その姿を見せて、チームを鼓舞できるように、言葉ではなく体で引っ張っていきたいと思うので、よろしくお願いします」

2022年1月9日、リーグワン開幕戦—

フッカーとして先発出場した武井は、献身的な働きでチームを鼓舞し続ける。

【リコーブラックラムズ東京 43—22 NTTドコモレッドハリケーンズ大阪】

武井は、記念すべき開幕戦で見事チームを勝利に導いた。

「周りには明るく振舞ったり、ポジティブなことを言ったりしてましたけど、一人になった時間は、本当にネガティブなことが頭から離れないぐらい、悩んだ3カ月でした。やっぱりラグビーが好きだというのをこの試合を通して感じましたし、今思えば、あの怪我があって良かった。次以降も試合は続くので、しっかり成長してシーズンを戦っていきたいです」

リコーブラックラムズ東京・キャプテン武井日向。

リーグワン優勝へ向かっての挑戦が、次なる彼の原動力となる。

TEXT/小此木聡(放送作家)

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