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FC東京の経営権取得で話題!ミクシィはスポーツ界に革命を起こせるか?

2月1日からの株式会社ミクシィによるFC東京の経営権取得が正式に決定した。

ミクシィは、ソーシャルネットワーキングサービスやゲームアプリなど、デジタルエンターテインメントを軸に事業展開する企業でありながら、スポーツ領域にも進出し、兼ねてからスポンサー契約を結んできたFC東京をはじめ、Bリーグ・千葉ジェッツふなばし、スケートボード金メダリスト・堀米雄斗とのサポート契約など、近年、スポーツ界における存在感を増してきた。

ソーシャルネットワーク分野において一時代を築いたミクシィは、スポーツ分野でなにを目指し、どのような変革を狙っているのか──。

稀代の経営者、ミクシィ・木村弘毅社長の真意に迫る。

■クレジット
取材=上野直彦本田好伸
構成=原山裕平
写真=福田俊介

■目次
学生時代にヒットを生む感覚はなかった
XFLAGはミクシィと“ケタ違い”の熱量
堀米雄斗が表現する若い世代の世界観
木村社長はなぜスポーツにベットする?

学生時代にヒットを生む感覚はなかった

──木村社長は20代後半から30代前半の頃、電気設備会社や携帯コンテンツ会社などを経て株式会社ミクシィに入社されました。なぜミクシィに興味を持ったのでしょうか?

木村弘毅(以下、木村) 進路について一番強く考えたのは大学生のときです。「エンターテインメント産業で働きたい」という想いがなんとなくありました。そのなかで、究極のエンターテインメントってなんなんだろうと、考えていたんです。

大学生のとき、友達とゲームをやったり、一緒にスポーツをしたり、一緒に映画を見に行ったりすることが楽しかったんです。「遊ぶのって、なんでこんなに楽しいんだろう」と考えたときに、すべてに共通するのは『コミュニケーション』だな、と。友達と一緒にやっていればなんでも面白いということに気付きました。

でも、大学に入学した頃は、インターネットという概念自体がまだ一般的ではありませんでした。理系でしたけど、インターネットは学内インターネットを使う程度でしたから。ただこのインターネットというものが、これから多くの人をつなぐコミュニケーションの媒介になるのではないかと感じていました。

なので、将来はそっちの道に進むんだろうなと、おぼろげに思っていましたね。

──ただ、最初はインターネットとは別の業種で働かれていますね。

木村 学生時代に父親が倒れてしまい、会社をしばらく継ぐことになりました。27歳くらいまで続けてきて、「このままでいいのかな」という想いが、次第に強くなって。

ITの知識はまったくありませんでしたが、企画書を書いて、モバイルサービスを作っているプロバイダを何社か当たって、コミュニケーションサービスをやっている会社に入れました。

そこから別の会社に移ったときに、SNSのmixiというものがこの世に登場しました。僕はそれを見たときに「時代が変わる」、「絶対にSNSをやるんだ」と確信しました。

当時のmixiは、まだモバイル版を出していませんでした。前職の会社がモバイルのSNSを立ち上げるということでそちらにジョインして「打倒・mixi」で戦ってきました。ただ、敗戦濃厚になったので、僕はmixiの軍門に下ったわけです(笑)。

様々な原体験を伴って、コミュニケーションは人にとって欠かすことのできないものだし、商売としてもとんでもないパワーを持っているものだと理解しました。

──たしかに、コミュニティは今も昔も人々の生活に不可欠なものですよね。

木村 そうですね。ただ、専門的な区分で言うと「コミュニティ」と「ソーシャルネットワーク」はまったく異なるものなんです。僕は後者に大きく傾倒していきました。

──少し、その違いを教えていただけますか?

木村 数学的な構造上の違い、ですね。インターネットのコミュニティは、特定のクラスターが等しくつながっています。これは対称性のある人間関係。一方、ソーシャルネットワークは、どこかでポンと生まれたときに拡散を始めます。Twitterなどで「バズる」と言いますよね。この拡散性が構造上の強みです。これは非対称性の人間関係です。

コミュニティは、実際の家族や友人、知人のクローズドで狭い人間関係で、ソーシャルネットワークは、非対称でクローズドな人間関係という点で爆発的なパワーを持っています。ここがまさに、僕がハマっていった要因です。

──「ソーシャルネットワーク」に可能性を感じた先見の明はどう培われたのでしょうか?

木村 先見の明かはわからないですが、僕の思考はトレーニングによって培われたように感じます。自分の趣味嗜好はいわゆる“普通”じゃないと思っているのですが(苦笑)、自分が好きなものは一般的に流行るものではないと、逆説的に思っていました。

──流行っていなくても「これは面白い」と思えばそこに進んでいける。

木村 そうですね。たとえば僕は、プライベートでもピンクが好きで、家の床もピンクですからね。中学の部活はバドミントン部で、ガットも全部ピンク。漫画は『リボン』しか読んでいませんでした。小さい女の子が僕の中にいるんだと思っていましたよ。今はだいぶ、おばちゃんですが(笑)。だからたぶん、先見の明ということではなくて、ひたすら尖っていた。そんなにヒットを生めるような感覚は持っていませんでしたね。

──学生時代はすごく勉強をされていたんですか?

木村 そこそこはしていたと思います。ただ、勤勉かと言われたら、またちょっと違って。勤勉じゃないのに塾に通ったうえ、家庭教師を2人もつけてもらったりして、自分を縛り付けていました。

──それはどうしてでしょうか?

木村 あえてやらなければいけない状況に追い込んでいました。なぜなら、やらないと成長できないので。だけど、1人だとサボることはわかりきっていたので(笑)。

親からは一度も「勉強しろ」と言われたことはないですが、小学生のときは週7日で習い事や塾に通っていました。今はないですけど、小学生のときは白髪がけっこうあったんですよ。追い込まれる環境に自分を置きたがるような性格でしたね。

XFLAGはミクシィと“ケタ違い”の熱量

──現在の事業にも、これまでの事業にも、まず「ソーシャル」があり、そこにゲームやスポーツ、スポーツベッティングを掛け合わせてきたような感覚ですか?

木村 おっしゃる通りですね。私はSNSの「mixi」の企画担当もしていましたけど、ソーシャルネットワークの上に、ソーシャルアプリケーションレイヤーがある概念です。アプリケーションレイヤーのところには、ゲームがあったりとか、カレンダーがあったりとか、様々な便利なコミュニケーションツールがある。

そのソーシャルアプリケーションの中に、友達と一緒に遊ぶ「モンスト」だったり、ソーシャルベッティングの「TIPSTAR(ティップスター)」があったり、あるいはみんなで一緒にスポーツを観戦できる「Fansta(ファンスタ)」というものがあったり。すべてがソーシャルアプリケーションという概念なんですよね。

──お話を伺っていると、いくらでも派生していきそうな感じですが。

木村 そうですね。最近だと、ネットワークレイヤーのところにも触手を伸ばしています。その一つに、「家族アルバム みてね」というサービスがあります。これはグローバルで1千万ユーザーまで来ているんですね。密かにどんどん増殖していっている状態です。

──「XFLAG」というブランド自体はどういった経緯で立ち上がったのでしょうか?(※)

木村 単純に、エンタメのパブリッシャーブランド、パブリッシャーレーベルを作りたいというのがありました。「ミクシィ」とエゴサすると、基本的にはソーシャルネットワークのmixiが一番上に出てくるわけです。

やはり「ミクシィ」というワードは認知度が圧倒的に高い。でも、SNSとしての認知度が高いだけで、スポーツとかエンターテインメントとか、熱量の高い系のものを表現するブランドとしては、ちょっとソフトすぎるかなというものがありました。

私の個人的なブランドイメージでは、ミクシィはスイーツ系。「XFLAG」はどちらかと言えば、背脂を使ったコテコテのラーメンみたいなものですね(笑)。

──だいぶイメージが違いますね。

木村 当時、ミクシィの社是みたいなのがあって、「全ての人に心地よいつながりを」というようなソフトな感じでやっていました。だけどXFLAGのほうでは「ケタハズレな冒険を。」と、だいぶ変えていました。

我々がサポートするBリーグ・千葉ジェッツが優勝しましたけど、スポーツは“ケタハズレ”なチャレンジをしないと、頂点には到達できないもの。堀米(雄斗)くんもそうですね。決勝でリスクを冒して、難易度の高い技にトライしなければ金メダルには届かなかったと思います。

そういう「ケタハズレな冒険をしよう」というブランドを作らないと、なかなかゲームやスポーツといった、激しい領域をカバーできないなと。

※mixiは2022年1月4日に「コーポレートブランドリニューアル」を発表。「心もつなぐコミュニケーション」を掲げる今回のブランディングの一環として、デジタルエンターテインメント事業やスポーツ事業領域のサービスを中心に「MIXI RED(ミクシィ・レッド)」のロゴを使用すると発表している。実際に、FC東京の胸にも昨シーズンまでの「XFLAG」ではなく、新シーズンから「MIXI RED」が刻まれている。

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