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画家・ながさわたかひろは、なぜヤクルトスワローズを描き続けるのか?

もし認めてもらえるのならば、背番号をもらいたい

——毎試合描かれているわけですが、どのような手順で絵にされるのでしょうか。

基本的にはその試合の自分の印象で描きます。試合を観て、帰りの電車の中で今日のポイントはどこだったのかを思い返すんです。大事なシーンを何となくはピックアップしておきますが、試合当日は描きません。イメージを持ったまま寝てしまって、次の日の朝起きてフレッシュな頭でもう一度振り返り、最終的に9つくらいのシーンに絞ります。見終わってすぐだとやはり最後のプレーが一番強く印象に残ってしまいまうからです。

——確かにそうですね。サヨナラゲームなどは特にそうなってしまうと思います。

ニュースはその一部分だけを切り取りますが、必ずそこに至る過程があるので最後のプレーが全てになってしまわないよう、気持ちが高ぶっている間は着手しないようにしています。

——連戦が続く時もあるわけですが、1枚あたりの絵の制作時間はどのくらいなのでしょうか。

本当は最低6時間以上欲しいです。それを切ってくると自分の満足のいく作品が描けなくなってきます。

——手順としてはどのように描いていくのでしょうか。やはり始めに構成を考えているのでしょうか。

いや、考えません。初回からもう一度試合の順を追って描いていきます。先発ピッチャーを描いて、その大きさに対して次に自分が画家としてキャンバスの上でどういったプレーをするのかを考えながら進めていきます。

——なるほど。自分も1プレーヤーというわけですね。

もちろん初めはうまくいきませんでした。でも毎年改善していく中でようやく今のやり方に辿り着いたという感じです。144試合ある中でも自分で満足に描けた作品は本当に少なくて、1割くらいしかありません。前はもっと少なかったです。ただ全体的なクオリティは少しずつ上がってきていると感じています。

——ご自身で満足いく形で仕上げることができた作品を教えてください。

うまく描けるのはだいたい負けた試合なんです。勝った試合はその日のヒーローを描けばある程度成立してしまいます。負けた試合を振り返った時にどの場面をどういった形で取り上げていくのかは大きなテーマになります。

具体的に挙げるとすれば3試合あります。まずは4月16日の巨人戦。打球を手に受けた菅野投手が気迫で続投した時にヤクルトの選手以上に彼を描きたいと思いました。相手チームに対する敬意は大事な要素だと思っています。

次に7月1日の阪神戦。この試合はほとんど阪神の選手しか描いていません。そのくらい阪神の強さ、勢いを感じた試合でした。

3つ目は8月21日の巨人戦です。普段守備がよくないと言われるバレンティンのファインプレーにまだ諦めていないという気迫を感じました。

昨季、印象深いのはそういうシーズンだったというのもあってすべて負け試合です。優勝していいシーンを振り返れるようにしたいです。もし個展にいらしたらぜひ挙げた絵を探して観てみてください。

——ヤクルトを応援しつつも、試合中はフラットな視点で観戦されているということですね。

あまり偏った見方は好きではないです。他球団にも素晴らしい選手はたくさんいますし、いいプレーは敵味方関係なく賞賛されるべきだと思います。

——ながさわさんが思うプロ野球の魅力を教えてください。

一試合毎というより、シーズンを通した流れというのがあります。今日の勝ち負けが次の試合にどう絡んでくるのかが大きな見どころの一つです。プロ野球はとにかく見続けることで楽しみが増してきます。そうやって情報が蓄積されると、見え方も変わってきます。昔はどこの家庭でも親が贔屓のチームの結果を気にしていたし、巨人戦はテレビ放送があって、野球はもっとも身近で共通の話題でした。

——今までは親から子へ野球ファンとしての血も受け継がれていたものが現代では娯楽も増えてきて、そうはならないのかもしれません。

そもそも野球の試合を生で観ることが現代の生活スタイルに合ってはいないのだとも思います。毎日試合があってそれを追い続けることは現代社会においてはほぼ不可能でしょう(笑)平日18時には球場にいなくてはならないわけですから大変なことです。でもそれをやってみると見えてくるものがあります。それを実践するとどうなるのか、その一例をお見せしているのが僕の作品とも言えます。

これは別に野球でなくても置き換えることが可能だと思っています。もしかしたらスポーツでなくてもいいかもしれません。とにかく続けていくとチームや競技に対しての思いが自然と出てきます。そうして考えながら観るようになるとさらに面白味が増してきます。

——他の競技も観たりするのですか。

本当は観たい気持ちもありますが、野球は毎日あるので観られていないのが現状です。でも気持ちが他にいかないようにさせることに繋がっているのでかえっていいのかもしれません。毎日あってある程度縛られていることで1つのことに集中できます。1週間に1試合なら普通の生活をしていてもできるかもしれませんが、毎日毎試合を描くことは何かを諦めなければできないことのようです。

——絵の中には球場のスタンドにいるファンの人も登場していますが、積極的にコミュニケーションを取られているのでしょうか。

だんだんとファンの人にもこの活動を知ってもらえるようになってきました。一昨年のシーズンの展覧会をやっている時に絵を自分で見ていてスタンドの雰囲気が欠けているように感じたのが描くようになったきっかけです。

——絵を描くときに集中するためにしていることはありますか。

ラジオが好きで聞きながら作業しています。朝起きて描き始める時は本当に苦痛です。また今日も描くのか、面倒臭いなと思います(笑)でもそれは選手も同じだと思うんです。開幕してすぐのフレッシュな気持ちの時とは違い、シーズンも終盤になってくれば精神的にも肉体的にもしんどくなってくるでしょう。

ただ僕は描き始めるとどこかのタイミングでスイッチが入るようになりました。早めに入るといい作品ができますし、そうでなければ出来もよくありません。そのコントロールができるようにするためにも今の時期は大切です。シーズン終了後に問題点だと思ったところを直すために自主トレーニングに励んでいます。

——ヤクルトの球団社長ともお会いされていますが、もし入団できたらどのように貢献したいとお考えですか。

自由に泳がしておいて欲しいです(笑)今までこの活動が球団にとって損失になるようなことはなかったと思いますし、この先僕に何ができるのかを見守っていてほしい。その上でもし認めてもらえるのならば、背番号をもらいたいんです。もしグラウンドでプレーする選手以外に戦力として必要だという言葉をかけられるようになったら素晴らしいと思います。

——話題にもなりますし、面白いと思います。

そういった実例ができれば様々な分野の人達がもっと積極的にプロ野球に関わってくると思っています。プロ野球はそういう器であってほしいです。

——観戦側と球団、リーグ側の両方からプロ野球を盛り上げるためにどうしたらいいかを考えて実行できるといいですね。

これだと決めたことにまずは全力で

——これからプロ野球を観る人にアドバイスがあれば教えてください。

やはり球場で観てもらいたいです。球場とテレビとでは感じ方が違います。自分の見方を確立して、それぞれの切り口で観ることができるようになると面白くなります。それも1試合や2試合では分かりません。当然負けたりもします。我慢して3試合以上行ってみると面白く感じる瞬間を見つけられると思います。すぐに結果を求めてしまうとその面白さを理解してもらうのは難しいかもしれません。

——観る場所のおすすめはありますか。

もし3試合行くならそれぞれ別の場所で観ることをおすすめします。感じ方が違います。

——敵チーム側で観ることもあるのですか。

あります。相手チームを応援する人の中で観るときは、ヤクルトに点が入っても喜んだりせず、必死に堪えます(笑)そのドキドキ感も面白いです。基本的に僕は1塁側のポールよりも少し内野寄りの席で観ることが多いです。安くて落ち着いた場所です。あまり鳴り物があるところには行かないです。

——ここからはながさわさんご自身のことについてお伺いしていきたいと思います。もし絵を描くお仕事をしていなかったら何をしていましたか。

サラリーマンもしてみたかったです。スーツを着て、定刻通りにオフィスに行くような生活です。ランチはちょっとした公園でお弁当なんかを食べたりしたかったです。もうやろうと思っても無理ですね。どこかで道を間違えました(笑)

——絵を描くこと以外の趣味はありますか。

映画や芝居、音楽も好きです。でも野球を描き始めてからはほとんど観に行けていません。行きたい気持ちもありますが、両方はできないです。中途半端になるくらいなら野球を描くことはやめた方いいと思っているので、今は封印しています。他のことができないのは正直しんどいです。夜はナイターがあるので、飲みに行くこともできません。誘われても断るしかなくなります。バカじゃないのか、と理解されないことが多いです(笑)

——チーム関係者の方とお会いすることもあると思いますが、インパクトのあった出来事を教えてください。

こうした活動を認めてくれたと思える瞬間があります。以前※若松さんにお会いする機会がありました。活動の内容を伝えて、自分の作品に一言頂きたいとお願いすると「頑張れ!ながさわ選手」と書いてくださいました。僕の中で「選手」と書いてもらえたのが大きくて、活動・作品を理解してくれたと感じることができた出来事でした。

他球団の選手でも中日・山本昌投手や横浜・三浦投手などそういった理解を示して一言くださる選手もいます。図々しいかもしれませんが、自分の活動に対する確認作業にもなるので、自分が描きたい、作品を渡したいと思える選手には臆せずに渡しに行こうと思っています。

※若松さん:若松勉氏。ヤクルトスワローズ元選手、監督。2001年ヤクルト日本一の時の監督。

——最後に読者にメッセージをお願いします。

これだと決めたことにまずは全力でぶち当たってみようと伝えたいです。少しの間結果が出ないからといって諦めないで決めたところまでは一度やってみる。そうすると必ず結果が付いてくるはずです。僕の絵を観て自分も何かやってみようと思ってもらえたら嬉しいです。

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