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「マジックとバードがNBAを救い、ジョーダンが別次元に変えた」バークレーが3人の“救世主”を語る<DUNKSHOOT>

リーグを変えた存在として、バークレーはマジックとバード(左)、そしてジョーダン(右)の名を挙げた。(C)Getty Images
 今季で75周年を迎えたNBA。その長い歴史のなかで、リーグには時代の節目ごとに歴史を変えるようなスーパースターが登場してきた。

 1980~90年代にフィラデルフィア・セブンティシクサーズやフェニックス・サンズなどで活躍し、当時のNo.1パワーフォワードとしてリーグを席巻したチャールズ・バークレーは、マジック・ジョンソンとラリー・バード、そしてマイケル・ジョーダンを“リーグの歴史を変えた選手”として考えているようだ。出演したポッドキャスト『The Steam Room』で次のように語っている。

「俺はいつも『マイケル・ジョーダンのおかげで俺たちはお金を稼ぐことができたんだ』と話しているんだ。それはマジック・ジョンソン、ラリー・バードとともに始まった。これもいつも言ってるんだが、この2人――マジック・ジョンソンとラリー・バード――がNBAを救ったのさ。マジックとバードが現われて、物事は変わり始めた。それからマイケルが(リーグを)まったく別のレベルへと押し上げたんだ」
  1970年代のNBAはドラッグなどが蔓延しており、人気は低迷する一方だった。そんな暗黒期に登場したのがマジックとバード。大学時代からのライバルだった2人は、1979年にロサンゼルス・レイカーズ、ボストン・セルティックスという東西の名門球団に揃って入団。1980年代はファイナルで3度激突するなど熾烈な覇権争いを繰り広げ、リーグの人気回復に大きく貢献した。

 そして1984年、ジョーダンがシカゴ・ブルズに入団したことで、NBAは一気に世界的な人気スポーツになる。1992年に開催されたバルセロナ五輪への“ドリームチーム”の参戦や、ドラマチックな展開で成し遂げた2度の3連覇、さらにはスニーカーブームの火付け役となった『エア・ジョーダン』の発売など、ジョーダンがコート内外で全世界に及ぼした影響は計り知れず。現在のリーグを作り上げた最大の功労者と言っても過言ではないだろう。

 バークレーの言う通り、マジックとバード、そしてジョーダンがいなければ、今日のリーグの隆盛はなかったであろうことは間違いない。

構成●ダンクシュート編集部

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