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ジョーダンとの共闘を経て成長したハミルトンが当時を回顧「GOATから学べる。最も偉大な経験だった」<DUNKSHOOT>

若手時代にジョーダン(右)と共闘したハミルトン(左)。1年のみの経験だったが、自身のキャリアに大きな影響を与えたようだ。(C)Getty Images
 デトロイト・ピストンズの2004年のNBA制覇に貢献し、フランチャイズの永久欠番(32番)にもなっているリチャード・ハミルトン。現役時代、リーグ指折りのミドルレンジシューターとして名を馳せた彼が開眼した要因には、“神様”マイケル・ジョーダンの存在があったという。

 ハミルトンは1999年のドラフト1巡目7位でワシントン・ウィザーズに入団。2年目の2000-01シーズンに主力として平均18.1点をマークすると、翌01-02シーズンには自身初となる平均20点の大台を突破する。この時に共演したのが、ウィザーズで2度目の現役復帰を果たしたジョーダンだった。

 当時23歳だった若手のハミルトンに対し、38歳のジョーダンはNBAの頂点に立った誰もが知るスーパースター。成長を遂げるうえで重要な経験だったと、『Heavy.com』で本人が振り返っている。

「自分のアイドルと一緒にプレーする機会を得た。同じ2番(シューティングガード)のGOAT(史上最高の選手)から学べる。最も偉大な経験だった。毎日アドバイスをもらうことができたからね」

 ハミルトンはスクリーンを使ってのジャンパーなど、ミドルレンジを中心としたスタイルで通算1万5000点以上を積み重ねた。ジョーダンからインスパイアされる部分も大きかったようで、ある体験談を明かしている。
 「彼がどのように攻撃するかを見てきた。彼は私がミドルレンジのジャンプショットを本当の意味で実用化してくれた1人だ。ある日の練習で私が彼を守っていたら、ドリブル2つで攻め込み、プルアップ(ジャンパー)に持っていかれた。これはマスターしたら守るのが最も難しいプレーだ。GOATと一緒にプレーしているんだ。彼はパスしてくれるから決めたい。がっかりさせたくなかった」

 2人の共闘は1年のみで、翌2002-03シーズン開幕前にハミルトンはピストンズへトレード。しかし、その後はチャンシー・ビラップスやテイショーン・プリンス、ラシード・ウォーレス、ベン・ウォーレスらとともに、デトロイトに14年ぶり3回目の優勝をもたらし、3度のオールスターに選ばれるまでになった。

「MJと対戦し、一緒のチームでもプレーできたことは、恵まれていたし、ラッキーだった」

 ジョーダンは自分に厳しいのと同時に、チームメイトに要求するレベルも高かったことで知られる。選手によってはそれがプレッシャーにもなりかねないが、“ジョーダン・チルドレン”の1人とも言うべきハミルトンは神の試練を乗り越え、リーグ屈指のシューティングガードとしての地位を確立したのだった。

構成●ダンクシュート編集部

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