惜敗したスピースも絶賛、ムーアの「スーパー・ハッピー」な初優勝【舩越園子コラム】
フロリダ州の難コース、イニスブルック・リゾートが舞台となったPGAツアーの「バルスパー選手権」。最終日を単独首位で迎えたのは31歳の米国人、アダム・シェンクだった。PGAツアー歴6年ながら未勝利のシェンクは、今週、初日から首位を守り通し、最終日は初優勝を完全優勝で飾るべく、戦おうとしていた。
シェンクから1打差の2位タイには、ジョーダン・スピース(米国)とトミー・フリートウッド(イングランド)が並んでいた。スピースはメジャー3勝を含む通算13勝のベテラン選手。フリートウッドは欧州のDPワールドツアーでは6勝を誇る強者だが、どうしてだかPGAツアーでは未勝利。首位から2打差の4位タイには、やはりPGAツアー未勝利である29歳の米国人、テイラー・ムーア(米国)がつけていた。
スピース以外の上位陣全員が初優勝を目指してティオフした最終日は、やがてシェンク、スピース、フリートウッドの三つ巴になり、終盤はシェンクとスピースによる優勝争いになりかけていたが、12番、15番、16番で続けざまにバーディを奪ったムーアが2人に追いつき、トータル10アンダーで先にホールアウトした。
一方、最終組のスピースは池に入れた16番でボギーを叩くと、17番は短いバーディパットを外し、プレーオフに持ち込む絶好のチャンスを逃がした。18番では3パットのボギーを喫し、トータル8アンダーに終わった。
そしてシェンクは18番でティショットを大きく左に曲げ、木の傍から左打ちで出したボールはフェアウエイ右サイドのラフへ。第3打はピンに付かず、12メートルのパーパットがカップに沈まなかった瞬間、ムーアの逆転・逃げ切りによる初優勝が決まり、シェンクは単独2位で戦いを終えた。
惜敗したシェンクは、フェデックスカップ・ポイントを稼ぎたい一心で今季は連戦を続けており、今大会は実に10連戦目、シーズン17試合目だった。妊娠8カ月の愛妻コートニーがロープ際から見守る中、シェンクはもうすぐ生まれてくる初めての我が子に初優勝を捧げようと必死に戦ったが、残念ながら、その想いは叶わなかった。
しかし、「最終ホールでパーセーブできなかった僕は、勝者には値しない」と語ったシェンクの姿は、とても潔かった。
フリートウッドの胸の中にも特別な想いがあった。母国・英国では、この日が「母の日」に当たり、闘病中の母にPGAツアー初優勝を贈りたいと心底、願っていたが、彼の想いも叶わなかった。
そんなシェンクやフリートウッドとは対照的に、見事、初勝利を掴み取ったムーアは、そもそもは野球で奨学金を得てアーカンソー大学に進み、在学中にゴルフに転向したという異色の経歴の持ち主だ。
「ゴルフはチーメイトや審判に左右されず、勝つも負けるも自分次第だ。そんなゴルフに魅了され、僕はゴルフを選んだ」
29歳にして初優勝を挙げたムーアのこの日の戦いぶりを、同い年で同郷のスピースが絶賛していた。
「同じテキサス出身と言っても、幼いころの接点はあまりなく、彼のことはよく知らなかったけど、とてもタフなコンディションだった今日のこのコースでスコアを4つ伸ばし、しかも優勝争いの終盤に3バーディを奪ったプレーは圧巻だった。グレートだった」
敗者たちの潔い言葉が心地よく耳に響いてきたが、そんなグッドルーザーたちにたたえられた勝者を何より驚かせたのは、この日、ムーアに内緒で応援に駆け付け、姿を隠したまま、こっそり拍手と声援を送り続けた彼の家族のサプライズ登場だった。
「まさか家族が来ているなんて、まったく知らずにティオフした。18番グリーンを終えたところでフィアンセと彼女の父親を見て驚き、そのあと家族の姿を見て心を打たれた。大学ゴルフや下部ツアーでは勝てても、PGAツアーではなかなか勝てなかったけど、僕も最高レベルのツアーで勝利できることがわかり、大きな自信になった」
その喜びと手ごたえを「スーパー・ハッピー」と表現したムーアのこれからの活躍に大いに期待したい。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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