田中碧,サッカー

W杯で注目のVAR、導入でサッカーはどう変わった?その軌跡を解説

写真:田中碧(picture alliance/アフロ)

FIFAワールドカップカタール2022(W杯)は、フランスやアルゼンチンなどの上位進出国が決まり、大詰めを迎えている。今大会で話題を呼んでいるのが審判員補助技術「ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)」の存在。日本代表が勝利を収めたスペイン戦で、田中碧の決勝ゴールをアシストした三笘薫のプレーでも議論の的となった。今回はVARについて解説するとともに、最新テクノロジーの導入によってもたらされるサッカー界の変化について言及していきたい。(文・井本佳孝)

分岐点となった2010年南アフリカ大会

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(Photo by VectorFusionArt)

今回のW杯で用いられているのが、ソニーグループ傘下の「ホークアイ・イノベーション」が提供している映像トラッキング(追跡)システムだ。この技術はスポーツ界ではクリケットやテニスで導入され、試合中の分析や、プレーの判定に使われてきた。テニスでは同システムを用いた「チャレンジ」がルールとして採用されているが、導入に対してはトップ選手から反対の声が挙がるなど、人と人が起こすストーリー性も魅力のスポーツにテクノロジーが介入することに対しては、賛否が寄せられて来た。

サッカー界においてテクノロジーが採用されるきっかけになったのが、2010年の南アフリカ大会だ。ゴールを巡って誤審が相次ぎ、FIFAのヨゼフ・ブラッター会長が謝罪する騒動に発展した。もともと「サッカーの判定は人間がするもの」との考えからテクノロジーの採用に否定的だったブラッター会長だが、この一件を機に方針を変え、2011年12月にゴール判定への新技術の導入を発表した。2012年7月から国際サッカー協議会(IFAB)で、ゴールライン・テクノロジーがサッカー規則記載の公式ルールとなった。

その後、試験的な導入を経たのちに、VARが2018年からIFABの公式ルールとなり本格的な運用が開始された。2018年のロシアW杯や海外リーグで使用されると、日本のJリーグでも2019年のJリーグカップ準々決勝から導入された。ゴールの判定だけでなく、オフサイドやファウルの判定にVARが用いられるようになり、審判の目だけでは追い切れなかった際どいプレーを、人ではなくテクノロジーで判断することが可能になった。

カタール大会で顕著なアディショナルタイムの長さ

今回のカタール大会でも用いられているVARについては、賛否の声が挙がっている。一番のメリットとしては審判が守られることにある。これまでは主審や副審の判断に委ねられていたゴールやオフサイド、PK判定などに対し、選手やコーチ、監督からプレッシャーがかかり、“疑惑の判定”として審判に圧力がかかってきた。VARを用いた正確な判断によって、不要なファウルが減少し、選手の抗議により審判がメンタルを消耗することが少なくなったのは、一つの成果だといえる。

一方で、今大会で目立つのがアディショナルタイムの長さだ。イングランド対イランの試合では、ATが前後半合わせて計27分という長さが話題となった。選手の交代や負傷による治療時間、審判側のVARによる確認などで時間が費やされ、ATが伸びることに繋がっている。FIFAの審判委員長であるピエルルイジ・コッリーナ氏は、プレータイムの確保の観点から厳密な時間設定を行うと明言。試合時間が過度に伸びることは選手のコンディションに影響する可能性もあり、議論の的となっている側面もある。

また、これまでのW杯における名シーンの一つに1986年メキシコ大会でアルゼンチンのディエゴ・マラドーナがイングランド相手に決めた“神の手ゴール”がある。主審はマラドーナがヘディングで触れたと判断しゴールが認められ、マラドーナがこのW杯を制覇したことも合間って“疑惑のゴール”として伝説となった。テクノロジーの介入によって、このような人間ドラマは起こらなくなるだろう。三笘がスペイン戦で記録したゴールラインぎりぎりでのアシストが認められることがあれば、マラドーナのようなゴールが取り消されることもある。サッカーの在り方を考えさせられる変化だともいえる。


(次のページ「VARが新たな魅力を引き出すか」へ続く)

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