明治大学硬式野球部ドラフト指名トリオ「神宮からパリーグへ」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

神宮球場で開催された、秋の東京六大学リーグ。明治大学硬式野球部は3人の立て役者の活躍により、10戦全勝の完全優勝を成し遂げる。

 

それからほどなく……。

『第一回選択希望選手。埼玉西武、小島大河。捕手、明治大学』
『第一回選択希望選手。北海道日本ハム、大川慈英。投手、明治大学』
『第二回選択希望選手。千葉ロッテ、毛利海人。投手、明治大学』

2025年プロ野球NPBドラフト会議。秋のリーグ優勝立て役者の3人が上位指名を受ける快挙に、明大野球部が大歓声と共に沸きあがる。

当人たちは平静を装うが、未来への希望と期待で笑みがこぼれるのを抑えきれない。

そんなドラフト指名トリオの充実した1年の締めくくりは、100周年記念東京六大学リーグオールスターゲーム。今シーズン、神宮球場を沸かせたスター選手が集結する中、大学生活最後の試合で、明治の3人が躍動する。

千葉ロッテ2位指名の毛利海人は、抜群の制球力で相手につけ入るスキを与えない。

「(プロでも)キレで勝負していきたいです」

 

北海道日本ハム1位指名の大川慈英は、MAX155㎞の火の玉ストレートで攻める。

「(プロでは)持ち味のストレートでの強気なピッチングを見てもらいたいです」

そして埼玉西武1位指名、打てるキャッチャー小島大河。

「打てる、守れる、走れるキャッチャーを目指して頑張りたいです」

東京六大学のスターから、プロ野球のスターへ。新たな戦いに挑む若者の、純な思いに耳を傾けた。

 

【小島大河・埼玉西武1位指名】

朝7時半の明治大学府中グラウンド。小島は誰よりも早く姿を見せ、グラウンド整備に勤しむ。

4年生はゆっくり重役出勤――そう思い込んで油断していた取材スタッフたちは、あわてて小島にカメラを向ける。

この勤勉な男は、東京六大学リーグ通算3割4分9厘、7本塁打。プロでは即戦力の期待がかかる、学生№1キャッチャーだ。

その実、本格的にキャッチャーになったのは高校3年生から。明治大学での4年間で、一気に才能を開花させたのだ。

「技術的に一番伸びた感覚があったのは、(明大)1年生の冬ぐらいでした」

2年生からレギュラーに定着。3年生で侍ジャパン学生日本代表に選出されたことがきっかけで、プロを意識し始めたという。

「周りにすごい選手がたくさんいて、あのくらいになれば自分も(プロに)行けるんじゃないかっていう一つの目標になりました」

そして2025年秋、明大野球部のキャッチャーとしては史上初のドラフト1位指名を受けるに至った。

「バッティングを期待されていると思うので、勝負強さを見てもらいたいです。目標は、打てて、守れて、走れるキャッチャーです」

小島の成長に寄り添ってきた明治大学硬式野球部戸塚俊美監督も、これから始まる彼のプロ野球人生に太鼓判を押す。

「常に野球のことを考えてやっている人間なので、プロでも充分に活躍できると思っています。打者としては、どんなピッチャーにも、どんなボールにも対応できる力があるので、息の長い選手になる可能性を秘めていますね」

 

【毛利海人・千葉ロッテ2位指名】

東京六大学秋のリーグ戦、10戦全勝の完全優勝。その先発投手陣の核となったのが、明治大学史上最強左腕の呼び声高い毛利海人だ。

実働1年余りで、東京六大学リーグ通算14勝2敗、防御率1.46。ドラフト指名を受けるに足る、見事な実績。だが本人は、挫折まみれの4年間だったと振り返る。

「高校では1年生から投げさせてもらっていたのに、明治に来てからは先輩にも、同級生にもすごいピッチャーばかりで、投げられないストレスが充満して……。苦しかったです」

出身の福岡大大濠高校では、エースとしてチームをセンバツ甲子園ベスト8に導いた。だが、そんな甲子園のヒーローも、明治では2年の秋まで、わずか1試合しかマウンドに立てなかったのである。

「3年生からは、ちょっとずつ投げさせてもらえたんですけど……」

3年生時の秋のリーグ戦。優勝決定戦でマウンドに立った毛利は、打ち込まれて敗戦を喫してしまう。この敗北が、彼の意識を変える。

「その冬にイチから体を作って、練習の取り組み方も変えて、最後の1年に賭けました」

猛練習が実を結び、球のキレが増した毛利は、4年生で迎えた春のリーグ戦で大ブレーク。チームのエースへと、のし上がった。
そんな努力の人は、後輩からの信頼も厚い。一人で黙々と練習するタイプだが、気づけば後輩が毛利を囲み教えを乞うている。

『毛利先輩はめちゃくちゃ、やさしいっす!』

もう照れるしかない。

明治最強左腕には、マウンドに上がる前の独特なルーティーンがある。

子供のころからのお気に入りの曲を、丸々口ずさんで気分を上げるのだ。ミスターチルドレンの[Tomorrow never knows]。

「父が車の中で流していて、それからずっと聴いてます。歌詞がいいんです」

その歌詞に励まされ、自分を奮い立たせ、毛利はここまではい上がってきた。

ついに踏み出すプロの道。戦う準備はできている。

「日本を代表するようなピッチャーになって、長い野球人生にしたいと思っています」

きっとそのときも、毛利はお気に入りの曲を口ずさむのだろう。

 

【大川慈英・北海道日本ハム1位指名】

その投球練習を見守るチームメイトが、彼が投じるストレートに感嘆する。

「エグい!」

毛利の後を受け、ゲームを締めてきた抑えのエース。

最速155㎞の火の球ストレートを武器に、大学ラストイヤーのリーグ戦防御率は驚異の0.75。明治の絶対的守護神だ。

出身の常総学院高校時代から、ドラフト候補の逸材として名を馳せていた大川だが、明治大学ではケガに泣かされてきた。

「(ケガで)3年生までは長かったなと……。でも、そのケガのおかげで、自分の頭で考えていかなきゃ成長できないことも知りました」

体調管理はもちろん、投球フォームの改善や対戦相手の分析まで、野球にかかわることすべてを自分の頭で考え抜く[野球オタク]の誕生だ。そして、思考するすべてを実践に移し、相手のバットをへし折る[火の球ストレート]を完成させた。

「相手に『こいつの球ならイケる』って思わせない。僕がマウンドに立った瞬間、『無理』だって思わせる球をずっと意識しています」

戸塚監督も大川には最大級の評価を与えている。

「一番伸びたのは大川です。ケガの挫折を味わいながらも、自分で考えて練習を積んで、その成果が花開いたんですよ」

大川はプロでもリリーフを目指すという。

「自分の持ち味ですから。短いイニングをバチッと抑えて、結果を出していきたいです」

11月26日。秋の東京六大学リーグで、通算44回目の優勝を果たした明治大学硬式野球部。大学本校周辺の神田駿河台から神保町への優勝パレードが行われた。

沿道には、大勢の大学野球ファンが集まっている。

明大野球部はブラスバンドを引き連れ、日の暮れた街をユニフォーム姿で練り歩く。

それは紛れもなく、青春の輝かしい1ページだった。

「近くで(ファンの)顔が見られて、こんなにたくさんの方々に応援していただいていたんだなって、改めて実感しました」

そういって、守護神・大川慈英が顔を紅潮させていた。

大学に戻ると、祝勝会が始まる。応援団による特別プログラムでは、野球部員全員で応援歌の大合唱。ドラフト指名トリオが同じユニフォームで並ぶ、最後のひととき。

3人は感極まった様子で、プロでの健闘を誓い合う。最強左腕・毛利は宣言する。

「もし(大川と)投げ合うときは、準備万端で絶対に負けません」

その指名を受けた大川は『俺が負けるわけない』と軽口を叩きながら、学生№1キャッチャー・小島大河を標的にする。

「小島は三球三振で抑えるのが絶対ですね」

最後に小島が不敵に笑う。

「三球もいらないです。一球目のストレートをスタンドに放り込んでやりますよ」

神宮球場を沸かせた明治大学ドラフト指名トリオ。奇しくも全員がパリーグというのも、必然の巡り合わせなのかもしれない。

彼らがプロ野球界を沸かせる日は近い。