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足踏みしていた“サラブレッド”が開眼! フリッツが「全てがうまく回り始めた」5か月前のきっかけ【シリーズ/ターニングポイント】

マスターズシリーズ初優勝を地元のインディアンウェルズで成し遂げたフリッツ。わずか5か月前に不振から脱出するターニングポイントがあった。(C)Getty Images
 トップ選手には世界へと駆け上がる過程で転機となった試合や出来事があるもの。このシリーズでは国内外のテニスツアーを取材して回るライターの内田暁氏が、選手自身から「ターニングポイント」を聞き出し、心に残る思いに迫る。今回はBNPパリバ・オープンで優勝を飾ったテイラー・フリッツだ。

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 「これを言うのは、少し早すぎる気もするけれど……」

 彼がそう前置きをした時、まだ若い彼のキャリアには、ターニングポイントを規定するのは早すぎる……という意味かと思った。

 だが、「昨年のインディアンウェルズが、ターニングポイントだと思う」と言った時、そのような意味合いではなかったと気付く。

 昨年の「この大会=BNPパリバ・オープン」が開催されたのは、10月。新型コロナ感染拡大のため、開催時期が通常より半年遅れたのだった。つまりは「昨年のこの大会」とは、わずか5か月前のこと。「早すぎる」というのは、ここがターニングポイントだと断定するには、まだ結果や期間が十分ではないという意味だった。

 個人的な話でいうと、テイラー・フリッツを初めて取材したのは、彼が大阪市開催のスーパージュニアに参戦した2014年である。当時の彼は、誕生日を目前に控えた16歳。サービスとフォアで攻める端正なテニスで、この大会を制した。
 すでにアメリカでは注目のジュニアだったフリッツだが、大阪で印象に残っているのはどちらかというと、大会関係者たちが、彼の母親と談笑していた姿である。

 ウインブルドン等でもスタッフを務めるトーナメントディレクターも、「キャシー、久しぶりだね! 会えてうれしいよ」と懐かしそうに声をかけていた。フリッツの母親が、元世界10位のキャシー・メイであり、父親もテニスコーチというサラブレッドだと知ったのは、その時だ。

 以降の彼は、サラブレッドに相応しい王道を歩んでいく。ウインブルドンでロジャー・フェデラーの練習相手を務め、芝の王者から「彼はとても才能がある」とお墨付きを頂いた。

 18歳の時には、メンフィス・オープンで決勝進出。決勝戦では錦織圭に敗れるも、一気にトップ100に躍り出て、数か月後には53位にまで到達した。だが、高まる周囲の期待に比べると、その後のランキングを駆け上がる足は、やや陰りを見せた。

 グランドスラムは3回戦が最高成績で、どうしても上に進めない。2019年にツアー初タイトルを手にするも、そこからはツアーの決勝戦で3連敗。昨年はとくに壁を打ち破れぬもどかしい時期を過ごしていたという。「昨年はつらい年だった。準決勝で負けることが多かった。ブレークスルーのためには……ランキングを上げるためには、大きな結果が必要だと感じていた。なのに、ここで勝てればという試合で負け続けた。1年を通じ、ずっともがいていたんだ」

 そのもがきのなかで迎えたのが、昨年のこの大会だった。

 インディアンエルズの会場は、生まれ育った自宅から車で2時間ほどの距離。それ以上に大きいのが、父親が、会場のすぐそばの“カレッジ・オブ・ザ・デザート”のコーチを務めることだ。

 父親は幼い我が子を連れ、「いつかお前も、この大会で優勝するんだぞ」と夢を語り聞かせたという。もっとも当時のテイラー少年が夢中になったのは、何より、スター選手たちのサインをもらうこと。

「正直、試合はほとんど見ないで、テニスバッグを持っている人たちを追っかけてばかりいた。まだ若い頃のアンディ・マリーを見た。信じられないことに、彼は僕のためにコートサイドに来てくれたんだ。芝生エリアでは、父が(バーナード)トミックを呼び寄せてくれたこともある。彼はすごく親切で、僕と、僕の友人にサインをくれた」

 それら数多の思い出が詰まる会場で、昨年10月に彼は、マテオ・ベレッティーニやアレクサンダー・ズベレフら、トップ10選手を次々破りベスト4へと躍進する。
 「まったく予兆もないなかで、素晴らしい1週間が訪れた。この時から、全てがうまく回り始めた。あらゆるプレーが音を立ててかみ合った。とくにフォアハンドがね。以降の半年ほどは、どう考えても僕のキャリアの、ベストの期間だった。間違いなく、この大会がターニングポイントだと思う」

 彼が、この「ターニングポイント」について語ってくれたのは、今大会でベスト4進出を決めた時。翌日、準決勝で同期のアンドレイ・ルブレフを破ったフリッツは、「彼と決勝戦で戦うのは僕の夢」と憧憬を募らす、ラファエル・ナダルと対戦する。

 朝のウォームアップで足首のケガを悪化させ、棄権を勧める周囲を「どうしてもやりたい」と説き伏せ立った、決勝戦のセンターコート。文字通りの夢舞台で、半年前のこの場所で「かみ合い始めた」というフォアハンドを、彼は迷いなく打ち続けた。

 ターニングポイントと断定するには早すぎるかもと、やや言いよどんだ時から、3日後。彼は、インディアンウェルズのセンターコートでトロフィーを掲げ、自らの見立てが正しいことを証明した。

現地取材・文●内田暁

【PHOTO】フリッツのサービス、ハイスピードカメラによる『30コマの超分解写真』
 

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