28歳から卓球を始めた男が指導者になったら 福島県・本宮卓球クラブ

卓球指導者のほとんどは、戦績はどうあれ、学生時代に卓球に打ち込んだ経験を持っている。
その選手としての充実の時期がなければ、どうしてその後、卓球指導の道に進もうと思うだろう。

福島県本宮市に、なんと28歳から卓球を始めて現在、小・中学生を教えるクラブの指導を務める男がいる。
原拓也さん、現在42歳。

現在、原さんが指導するそのクラブは、2025年の福島県クラブ選手権(小・中学生の部)で優勝、そして4月の全農杯全日本ホカバ福島県予選でも、ホープス男子でクラブ生が優勝するなど、有望な選手を輩出している。

話を聞いた。


写真:原拓也さん(本宮卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

息子が卓球始めたのがきっかけ

――学生時代、卓球をしていなかった原さんが、卓球を始めたきっかけは何でしょうか。
原拓也:長男が、この本宮卓球クラブに通い始めたことです。14年前ですね。
――なぜ、ご自身もやってみようと思ったんですか。
原拓也:私の父が卓球経験者で、私は兄弟が4人いるんですが、私が一番上で、下二人はずっとこの本宮卓球クラブで卓球をしてました。

私自身は中高はハンドボールをやっていて、当時は正直、卓球をやろうとは思いませんでしたが(笑)。

ただ、近くに卓球がずっとあったので、息子が始めたときに、ちょっとラケット借りてやってみようと思ったんです。

――やってみてどうでしたか。
原拓也:もう、難しくて。なんだこれは、というのが最初の印象で、でもやっていくうちにどんどん面白くなって、ハマっていきました。

父が、私の息子とちょっとラリーするとき、私が息子の後ろに並んで父が驚いていました(笑)。

「球出しを練習してくれ」

――ご自身も猛練習したんですか。
原拓也:いや、でも自分の練習はクラブの休憩時間くらいです。本宮卓球クラブの創設者で総監督の武田勇治さんから“打たなくてもいいから、(多球練習の)球出しの練習をしてくれ”と言われて。
――ああ、それは良い方針ですね。

確かに、球出しは打つのとは別の技術ですから。


写真:多球練習の様子/撮影:ラリーズ編集部

原拓也:武田先生はとても教え方が上手なので、この球出しができたら次の球出し、と少しずつレベルを上げてもらいました。
――武田先生というのは専業指導者ですか?
原拓也:いえ、農家のおじいちゃんです(笑)。

もうご高齢なので、コロナ禍で外に出るのが難しくなり、5年ほど前から、代表を私がやることになったという流れです。

技術面のアドバイスが言えなかった

――指導を始めて、学生時代の競技経験がないことでしんどかったことはありますか。
原拓也:精神論は言えても、技術面でのアドバイスが言えなかったことですね。

いろんな動画を見て、いろんな人の考えを聞いて勉強しました。父親に教わったり、長男にも“これ、どういうこと?”と聞いてみたり。今でこそ少しはわかってきたつもりですが。

――子どもが相手とはいえ、技術について言えない指導はしんどいですね。
原拓也:はい。ただ、私は環境が良かったのかなと思います。

本宮卓球クラブのコーチたちに、初心者だからとないがしろにする方がいなくて、“なんで、ラケットに当てたら横に飛んでいくのか”みたいな私の質問にも“こういう回転が、こうやってラバーに食い込んで、こう反発するからこっちに飛ぶ”と、丁寧に教えてくれました。

――確かに、自身の感覚で話せないからこそ、子どもたちには論理で教えられる面もあるのかなと思いました。
原拓也:それは言われたことがあります。

子どもたちから“わかりやすい”と言われたときは、単純に嬉しいですね。僕が子どもたちの会話の中で気づかされる部分もあるんですけど(笑)。


写真:練習を見守る原拓也さん(本宮卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

“中間管理職”のように

――逆に、競技経験のない原さんだからこそ、指導で意識していることはありますか。
原拓也:私の思い込みや決めつけで練習させないようにしてますね。

もちろん基本的なところは指示するんですけど、うちのクラブにはコーチ陣がいるので、任せるところは任せて、私一人だけの考えにならないようにしています。


写真:コーチを務める原さんの父/撮影:ラリーズ編集部

――クラブの中で、ご自身をどんな役割に位置付けてますか。
原拓也:中間管理職だと思います(笑)。子どもから、保護者から、コーチからのいろんな意見を聞きながら、その方たちに助けてもらいながらやっているので、上から指示する立場ではないと自分で思ってます。


写真:原拓也さん(本宮卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

全農杯全日本ホカバ福島県予選会振り返り

――さて、そんな原さんが率いる本宮卓球クラブの、全日本ホカバ福島県予選会を振り返っていかがですか。
原拓也:力のある選手はきっちりと通り、過去の実績からは厳しいかなと思った選手が頑張って通ってくれたので嬉しいです。


写真:ホープス男子1位 小澤佑眞(本宮卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

――女子は本宮卓球クラブからのエントリーが1人だけでしたね。
原拓也:はい。その鈴木愛は、女子が1人だけなので団体が組めませんでした。

普段あまり自分を表現しない選手なんですけど、今回は6年生で最後というところもあって、すごく元気を出して自分を出して、全日本に通ってくれたのが嬉しかったですね。

うちは、男子が多い年と女子が多い年が昔からあって、女子が少ない頃にコロナ禍になり、そのまま女子が増えずに来てしまった感じです。


写真:鈴木愛(本宮卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

――男子のエントリーも、今回小学4年生が一番下でした。クラブ生の数を増やしていく必要がありますね。
原拓也:まさにそれが課題です。

教える人はいるんですが、子どもがいない。

本宮市の中で“本気のクラブだから練習が大変”という評判もあるので、敷居を低くするために頭を悩ませているところですね。

いまいる小学生をないがしろにもしたくないですから。


写真:試合後にグータッチ/撮影:ラリーズ編集部

平日は仙台で働く

――多くの地域の卓球クラブが、少子化で直面している課題ですね。

ところで、原さんは専業指導者なんですか。

原拓也:違います、平凡な会社員です。

3年前から職場が仙台になったので、いまは平日は仙台にいて、金曜夜に車で1時間半かけて、この本宮市にやってきて指導をしています。

――それは大変な生活ですね…。なぜ卓球経験者でもなかった原さんがそこまで卓球にのめり込めるんですか。
原拓也:子どもたちが頑張ってくれるから、私も適当なことはできないと思ってます。あとは、単純に子どもたちの成長が楽しいからかもしれないですね(笑)。

副賞「天のつぶ」に込めた思い

本宮卓球クラブは、自前の卓球場を持っていない。

公民館で練習した後、全農杯全日本ホカバの副賞で贈られた福島県産米“天のつぶ”おにぎりを保護者たちが作ってくれて、クラブ生、コーチ、保護者たちが囲んで食べるひとときがあった。


写真:福島県産米「天のつぶ」おにぎり/撮影:ラリーズ編集部


写真:おにぎりを頬張る子どもたち/撮影:ラリーズ編集部

1位と2位の選手に副賞として贈られた福島県産米「天のつぶ」は、粒がしっかりしていて食べごたえがあり、香りが立つことが特徴で、米どころ福島県を代表する県産米のひとつだ。


写真:福島県産米「天のつぶ」/提供:JA全農福島

「栽培時に倒れにくい品種なんです。雨風に負けずまっすぐ穂を天に伸ばす“天のつぶ”のように、卓球を頑張る子どもたちにも成長してほしいという願いも込めました」と、JA全農福島の担当者は力を込める。


写真:とても楽しそう/撮影:ラリーズ編集部

炊きたての美味しいおにぎりを頬張る子どもたちに混じって、原さんは控えめに笑っていた。

どんな経験者も、最初の日は素人だ。

わかりきった事実が、収穫期の美しい穂のように素朴に揺れている。

そのまま、まっすぐ天に伸びてほしい、子どもも、大人も。


写真:手を振る本宮卓球クラブの子どもたち/撮影:ラリーズ編集部


写真:チームの旗に書かれた「この一球!」の文字/撮影:ラリーズ編集部

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取材・文:槌谷昭人