人脈もルールの知識もなかった女性が、サッカーの仕事に就けた理由

「私はそこまでサッカーに詳しい知識を持っていたわけではありませんが、JFAに入局して2年経ち、サッカーの世界はとっても奥深いことを学びました」

(JFA職員 長瀬昌美

人々に寄り添い、愛され、時に人々を熱狂させる。そんなスポーツを仕事としたい人は多いはずですが、日本におけるスポーツ業界の求人はとても少なく、働くのは簡単なことではありません。そんな中、スポーツのプレー経験がない中で、スポーツ業界へ飛び込んだ女性がいます。

それが、JFAのコミュニケーション部広報グループで働いていた長瀬昌美さんです(※現在は部署を異動)。彼女はどのようにして今の職に就いたのか、そこには中学時代から持ち続けたスポーツを仕事にしたいという一つのぶれない目標がありました。

インタビュー日:2017年6月19日

もともとはスポーツが苦手だった。

中学校に入って、自分が苦手だったそのスポーツが好きという人々が多いということにふと気づいて、「きっと何か自分が知らない魅力があるんだろうな」と考えたんです。そこから最も身近にあった野球中継に関心を持って、両親に教えてもらってルールを覚えたら、見るのが楽しくなりました。

アウトが入らなかったときにがっかりした顔とか、汗だくになりながら一生懸命にプレーしているところとかを見たときに、自分も頑張ろうと思ったんです。あとは映画やドラマと違って、先がわからないという面白さがあるな、と思って。それからのめりこんでいきました。
中学生くらいから漠然と人を楽しませる仕事がしたいなと思っていて、もともと好きだったドラマ・映画の世界に加えてスポーツ業界も選択肢に入れました。

大学で就職活動をしているとき、ドラマや映画などの制作会社も当たりつつ、スポーツ業界では、その当時はまっていたJリーグやプロ野球のチームに携われる仕事を中心に探していました。ところが、その頃のそういったスポーツの仕事は新卒採用がほとんどなく、新卒で入るのは難しいと分かりました。そこから就職活動をしている中で、グループ企業に球団を持っている会社から内定をいただき、一般職として入社しました。遠回りになりますが、経験を積んだらスポーツに関わる仕事をやらせてもらえるのではないかと思ったんです。そこで大学生のときに講演に来たある企業の社長さんが、「夢や目標を持っているのであれば『何年何月何日までに何をやる』という期限を決めたほうが良い」ということをおっしゃっていたのを思い出し、私は“30歳までにスポーツの仕事ができなかったら諦める”という目標設定をしました。

入社後の配属は、当然ですが球団関係ではなく、「球団の仕事に興味があるんですよね」という話は常々していたものの、組織として別の会社になってしまっているのでそれはなかなか難しいと言われていて、まずは3年は社会人として経験を積もうと思って頑張っていました。

少しずつ仕事を任せてもらえるようにもなっていていましたが、決めていた3年が経過して「やっぱり、やりたいことがあるなら今の環境に満足せずに挑戦したほうが良いんじゃないかな」という思いが強くなりました。
そこから目標にしていた30歳から逆算して、残りの4年でどうしたらスポーツ業界に入れるのかを考えたのですが、大学時代に体育会に入っていたり、業界に知り合いがいたりしないと難しいというのは就職活動のときに実感していたので、それに匹敵するくらいの何かが必要だと思ったんです。そこでもう一つ自分のやりたかった“海外で暮らすという夢”とドッキングさせて、海外の大学院でスポーツを仕事にするための勉強をすることに決めました。

留学を決める前、総合職への登用試験があるから受けてみないかという声を頂いていたこともあり、その選択肢も考えました。最終的には長く通っていた英会話スクールの先生の『やりたいことがあるならやらなきゃ絶対後悔するからやったほうがいい』という言葉が後押しとなり、自分も親も健康であったり、タイミングなど海外留学に踏み切れる環境が色々整っていて、幸い周りの人もみんな応援してくれていたので、会社を辞めて2012年の6月から1年半ほど日本を離れました。

様々なスポーツに触れた留学生活留学先は日本とは違ったスポーツ文化を持つイギリスに決め、大学院でスポーツビジネスを専攻しました。スポーツを好きになったきっかけが野球ならメジャーリーグのあるアメリカに行きなよ、というようなことを言われたりしたんですけど、ラグビー、競馬、テニス、クリケットなど、日本ではなかなか触れられないスポーツ文化に触れてみたいという気持ちがあったのと、日本ではただでさえスポーツ業界の求人が少ないため、競技を絞らずできるだけ選択肢を広げたいという気持ちがあったのが理由です。

英語に関して日常会話程度はできたのですが、日常会話と授業で使う英語は全く違うので、そこは結構苦労しました。

留学して一番良かったのは、知らなかったスポーツ競技や文化に触れられたことです。かなり視野が広がりました。

それまでは全然見に行ったことがなかったのですが、私が住んでいた寮から徒歩5分のところにラグビー場があって、そこを本拠地に構えるプロのチームが当時、すごく強くて人気だったんです。また、大学院のクラスメイトにプロでやっている選手が2人いたこともあったのでよく観戦に行きました。サッカーではリバプールとチェルシー、アーセナル、マンチェスターユナイテッドとマンチェスターシティのスタジアムを見学に行きました。

プレミアリーグも何回か見に行ったのですが、日本と違って試合以外のエンターテイメントはほとんどなくて、皆さんシンプルにフットボールだけを楽しみに来ているという感じでした。大学の友達に「ハーフタイム中や試合前に暇にならないのか」と聞いたら『サッカーの話をするからそれでいいんだ』と言われたのが印象に残っています。街の中や民家にもサッカーチームのフラッグが出ていて、国際試合のときは国旗が出て、雰囲気が変わっていました。

競馬場にも足を運びましたね。イギリスにおける競馬は貴族の遊びからスタートしているので、実際行ってみるとセレブのような人がたくさん来ていて、雰囲気が日本の競馬場とは全然違うんですよ。ゴルフの試合に行けなかったのは残念だったんですけど、社交ダンスの世界大会も見に行きましたし、ウィンブルドンは当日券のために朝から並んで見に行きました。あとはテレビで、ドッグレースやビリヤード、ダーツなど、日本ではあまり見ない色々な種類のスポーツを見ました。

JFA

官公庁での情報発信業務を経てJFAに2014年のお正月に帰ってきて、いきなりスポーツ業界で就職活動をするには実務経験が少ないなと思い、大学院に通っている間に情報発信という分野に興味を持ったのと、前職もその分野に接点があったので、何かしら情報発信に関わる仕事で経験を積んでから就職活動をしたいと思いました。そこで、イギリスに本拠を構える国際協力団体の日本支社で情報発信に関わるインターンシップを行ったり、出版関係のことを学べそうだったので外国人向けのフリーペーパーを作る会社でインターンシップをしたり、という活動をしました。それに加えてもう少しスポーツに密接に関わりたいと思って、プロ野球チームのショップでもアルバイトもしていましたね。

そんな中、ある官公庁のFacebookページで広報分野の非常勤職員を募集しているのをたまたま見つけて、ダメ元で履歴書を送ってみたら運良く採用していただき、約1年勤務しました。その後、スポーツ業界専門の人材紹介会社に登録して1つ目に紹介いただいたのがJFAで、採用していただき、2015年の春にコミュニケーション部に配属されました。

最初の半年は主にホームページやソーシャルメディアの対応をするチームにおり、2016年からは広報グループで審判員や指導者の方々の取材の対応や、『JFAnews』という機関誌の編集に携わりました。

日本代表の試合時は、取材にお越しになるメディアの方々の取りまとめをしていました。試合日時や会場、諸注意などの取材案内のほか、取材希望者の把握、スタジアムの受け入れの調整、記者会見や試合後のミックスゾーンの対応などをしました。

選手や指導者などは欧米と比べてまだまだ女性が少ないですし、業界全体としても女性が少ないイメージを持つ人もいるかもしれませんが、JFAには女性職員が多く在籍していて、男性と同じように活躍しています。コミュニケーション部は半分ほどが女性ですね。

長瀬昌美氏

この仕事で大事なのはスポーツを愛すること

この仕事をしていて嬉しいと感じるのは、例えば大会や試合に来てくださったお客様が笑顔になっていることですね。メディアの方々や自分が制作したリーフレットなどを通じて、ひとりでも多くの人にサッカーに関する情報をお届けする手助けができるということにやりがいを感じます。

私はそこまでサッカーに詳しい知識を持っていたわけではありませんが、JFAに入局して2年経ってみて、サッカーの世界はとっても奥深いことを学びました。

JFAでは日本代表の活動だけではなく、サッカーの普及や選手の育成、指導者養成、サッカーには欠かすことのできない審判員などの活動を多くの人に知ってもらったり、リスペクト・フェアプレーの啓発、国内外での社会貢献活動など、幅広い取り組みを行っているんです。競技以外でも考えることや、やるべきことが沢山あるということを実感しました。

私はもともとスポーツ業界につながりもなく、プレー経験ももちろんありませんでしたが、中学生の頃にスポーツが好きになり、人を楽しませる仕事がしたいと思って、大学ではスタジアムでアルバイトをしました。そして、大学を卒業し、スポーツに関係する企業に入って、海外の大学院でスポーツに関する勉強をして、帰国後はプロ野球のショップでアルバイトをして、少しですが情報発信の実務経験を積んで…というような経験を積んできました。これらは一見つながっていないように見えますが、目的に向かって道筋を描いていたことが今につながったのかな、と思っています。

JFAの仕事は海外の方とやり取りすることもあるので、英語が話せたら強いでしょうね。サッカーひいてはスポーツを好きでいること、スポーツに対して情熱を持っていることが一番大事だと思います。

長瀬昌美氏

撮影協力:日本サッカーミュージアム

関連記事