天野春果が目指す、オリ・パラの変革。「日本ならでは、を生み出したい」
天野春果(あまの・はるか)氏。J1・川崎フロンターレのプロモーション部部長として、様々な“名物企画”を生み出してきた天野氏を、スポーツ業界で知らない方はいないでしょう。
バイタリティと実行力で、幾度も大きな話題を作ってきた天野氏。2016年度いっぱいでその役目に一旦ピリオドをうち、2017年度より東京五輪・パラリンピックの組織委員会に参画しています。
天野氏の組織委員会での実績の1つとして、2018年3月に「東京2020算数ドリル」の製作が発表されましたが、これは彼がフロンターレ時代に企画した「フロンターレ算数ドリル」が基盤となっています。
彼はなぜ、組織委員会の一員として大会を盛り上げることになったのでしょうか。その背景にあるアトランタ大会の経験と、組織委員会での活動に迫りました。
オリパラ組織委員会とフロンターレの構造の違い
2017年4月から、東京五輪・パラリンピック組織委員会に参画しました。それから1年半以上が経過して感じたことは、人とお金と時間が足りないということ。それをどう乗り越えるかを考えないと出来ないことが多いんです。それらの課題をいかに打破していくかということを考えて日々努力しています。
スポーツ業界において一番大切なことは“熱量”だと思っています。川崎フロンターレは今でこそ強豪クラブへと上り詰めましたが、昔は潤沢な資金があるわけでもなく、クラブスタッフも多いわけではありませんでした。
それでも、フロンターレのスタッフ全員がスポーツの持つ力を信じていていました。「サッカーで街を元気にしたい」「仲間を増やしていきたい」という想いを抱いていました。その熱量が、周囲のステークホルダーや、サポーターの皆さんにも伝達して良い循環が生まれたと言えます。
フロンターレと異なり、オリパラの組織委員会は大会後に解散します。メンバーは様々な企業から参画しており、短期間では意識を合わせることも、生涯に一度かもしれない自国開催の五輪・パラリンピックで最高のものを作ろうと一致団結することはなかなか難しいんです。
同じようにスポーツを扱っていても、フロンターレとは団体の形成が全く違うので、仕方のないことです。環境に合ったやり方を考えていかなければなりません。
フロンターレのプロモ部で活動していた時よりも、組織委員会ではさらに自分の発信力が必要です。強い意志を貫いていかないといけません。そうでないと形にできないということは強く感じています。
厳しい環境の中でも、自分の考えや大事にしていることは周囲に伝えていかなければなりません。組織委員会の中で訴えることも重要ですが、外に対しても発信していく必要があります。そうすることでスポンサーの獲得にも繋がります。短期間でどのように組織委員会の活動に周囲を巻き込んでいくか、入念にプランを練らなければなりません。
東京2020組織委員会は、フロンターレの時と比べると、1つの意見を通すのに100倍くらいの工数がかかります。そもそもオリンピックとパラリンピックでは組織が違いますし、アスリートの種類も違います。同じ時期に開催しているものの、全く性質が異なる世界大会なんですよ。
それでも厳しい環境の中で両立していかなければならないことを考えると、時間が足りなくなります。ゼロからネットワークを作り、賛同者を集めていくとなると間に合いませんので、自分がもともと持っている武器を発展させていく必要が出てきます。
算数ドリルがオリパラと相性の良い理由
フロンターレでは算数ドリルを作ったり、スタジアムでバナナを売ったり、シーズンオフの仕掛けに銭湯を使ったり……サッカークラブらしからぬことをしてきました。まずはその企画を並べて、どれなら五輪とパラリンピックにも汎用できるか、どのように発展させたら面白いことができるかを考えたんです。
フロンターレで行なった(※)バナナの施策でいえば、五輪のオフィシャルパートナーの商品でないと展開しづらい部分があります。フルーツに広げても、同じことが言えます。そこで浮かび上がったのが、“算数ドリル”と“宇宙”です。
(※)川崎フロンターレのスペシャルサプライヤーである株式会社ドールの協力のもと、「かわさき応援バナナ」というブランドを立ち上げた。川崎市内の量販店で展開し、1パック(1房)の販売につき3円がチームに寄付される。
宇宙分野に繋がりを持つ人は組織委員会にはいなかったので、これは可能性があると感じました。そうして実現したのが、JAXAと『宇宙兄弟』とのコラボ企画「(※)宇宙から東京2020エール」です。
(※)漫画『宇宙兄弟』の作者・小山宙哉氏が制作した「東京2020応援パラパラ漫画」を用いて、宇宙空間でパラパラ漫画はパラパラするのか、JAXA宇宙飛行士・金井宣茂さんが実証実験する企画https://participation.tokyo2020.jp/jp/oneteam/07_01.html
そして、算数ドリル。一般的に学習ドリルは、上下巻に分かれている特徴があります。そこで「半分をオリンピック、残り半分をパラリンピックに分けて打ち出せるのでは」と考えたんです。半々で攻めるという切り口で考えた時に、算数ドリルは現実的であることが分かりました。
オリンピックとパラリンピックを掛け合わせると、今までは8:2、あるいは9:1の割合でオリンピックが勝ってしまっていました。そこがネックになっていたので、半々、もしくはパラリンピックのほうが厚いくらいにしたかったんです。
ただ、オリンピックは33競技、パラリンピックは22競技あります。私が今まで取り扱っていたのはサッカーの1競技のみで、そこから一気に競技数が55倍になりますし、種目数でいえば数100種目あります。
フロンターレの場合はサッカーのみを扱えば良いのですが、オリパラの場合は様々な競技があるので、1ページに1競技以上は出てくるようにしました。めくって勉強していけば、東京2020大会の競技が必ず出てきて、尚かつその競技がどこで行われるのかが分かるようになっていきます。私もパラリンピックの22競技をすぐには言えなかったのですが、これを使えば勉強しながら各競技のことを知ることができます。
Photo by Tokyo 2020 / Uta MUKUO
Photo by Tokyo 2020 / Uta MUKUO 10月22日には渋谷区の小学校でドリルの実践授業が行われた。
仮にパラリンピックの22競技が言えたとしても、どんな競技なのかを説明することは難しいでしょう。
例えばパラリンピックの柔道は四肢切断者ではなく、視覚障がい者が対象です。サッカーでいえばブラインドサッカーであって、アンプティサッカーではありません。柔道がパラリンピックの競技にあることを知っていても、視覚障がい者が対象ということまでは知らない人もいると思います。
そう考えていくと、「パラリンピックに選ばれていない障がい者スポーツもたくさんある」「その中からかなり厳選されている」と分かるようになります。
直接的にパラリンピックを勉強するより、算数を勉強しながら視覚的にパラリンピックのことも覚えるほうが効率は良いでしょう。そのような教材は今までありませんでした。
やはり、スポーツは楽しんで見てほしいです。それはアスリートも望んでいることです。プレー中の表情だけでなく、算数ドリルを通して普段の素の表情も見てもらったほうが、頭にスッと入ってきます。このことはフロンターレでも感じましたし、実績も出せていたので、五輪・パラリンピックでも通用するという自信はありました。
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