森保監督は、「コンディション問題」を選手に解決させている?

日本:ゲームプラン空転=豪州:許容範囲のリスクが深刻化

結論から記すと、日本代表は「ムーイ問題」そのものには明快な解決策を見いだせないまま試合を過ごしていくことになります。そのため、左右のインサイドハーフが動いた後のスペースや、アンカーがサイドに動いた後、インサイドハーフやアンカーがオーストラリアのトップ下をケアしに動いた後のスペースに狡猾に侵入し、ボールを受けては前進させたり日本のプレッシャーからボールを逃がすムーイをつかまえることができず、オーストラリアが前進する局面をおそらく想定以上に多く許すことになりました。

さしあたり、それぞれの担当するゾーンもしくはレーンにフリーマン(ムーイ)が入ってきたら対応するという形でムーイを監視する、可能であればプレッシャーをかける、つかまえにいく対応を行ってはいます。けれども、オーストラリアは日本の守備に対してムーイが浮く、ということを利用したポジショニング循環を行っていたので、「ムーイに付いてしまったら他が空きそこを利用される」ということ、その状況の発生位置が自陣になってしまうことなどから慎重な対応を余儀なくされ、結果として「事実上の放置」ということになっている様子でした。

日本はこの試合、マーキングをバシッとハメ込んでオーストラリアから自由を奪うことをおそらく狙っており、とりわけ「2枚のインサイドハーフを2DHに当て、オーストラリアの心臓部にプレッシャーをかける」「オーストラリアDHエリアに常時プレッシャーを与える」、「そこでボールを奪ってショートカウンターで仕留める」ということを意図していたと思われます。

左右のWGがいわゆる「外切り」可能なポジションに付くシーンが少なからずあったのも、その可能性を高める措置だったでしょう。オーストラリアのビルドアップを内側に誘導し、そのボールを受けるDHにインサイドハーフが強烈なプレッシングをかけて奪い取り得点機につなげる。そうなれば、日本にとって理想的な展開だったはずです。

けれども、上述のようにムーイのタスクによって中盤のマークを噛み合わせづらくさせられたことで日本の計算は成り立たなくなってしまいました。

ただ、ここからがこの試合の面白いところ、見応えのあるところでした。“ムーイシステム”は、日本代表にとっては「用意したゲームプランが空転する」効果をもたらした一方、オーストラリアにとっては「許容可能と計算していたリスクがより深刻に顕在化する」といった状況が現出する要因にもなっていたように見えるのです。

ムーイが本来はSHが守るべきスペースを軽々と放棄してしまうため、オーストラリア陣左サイドに大きなスペースが恒常的に生まれることが避けられない状況だったのですが、インサイドハーフのいるフォーメーションを採用していたことによって、日本はショートカウンターの局面でもビルドアップする局面でも、4-2-3-1採用時よりもこのスペースをより素早く、より効果的に用いることができるようになっていました。

Jリーグで極めて機能的な4-3-3システムを採っている川崎フロンターレで主軸を担っていたこのポジションの名手・田中碧と守田英正を起用していたことも手伝ってそのようなシーンは前半からいくつも見られ、オーストラリアは思惑通りボールを握って前進でき、カウンタープレスも相応に機能させていながらも、日本の攻撃の脅威を減殺できないという戦況に陥っていたと思われます。

また、日本の4-3-3は人選的に3CH・3DHの陣形としても機能するようになっていたため
、ミドルゾーンのマーキングを曖昧にされ、スペースを暴露するリスクに対して、3枚のMFでバイタルエリアをブロックすることで「ムーイをつかまえられなくても、引いてスペースを消してしまう」というという選択を取る余地がありました。

おそらくピッチ上で下されたのであろうこの選択は、オーストラリアによりボールを、主導権をにぎらせるリスクを伴っていましたが、早い時間に先制できたこと、計画に沿ったミドルプレス、ハイプレスを機能させるのが容易ではなくなった戦況を考えると、悪くない判断だったと思われます。

総体的に見て、この試合はお互いの想定、事前の準備をそれぞれが異なる仕方で裏切るようないわゆる噛み合わない試合なっていましたが、その状況にお互いがお互いの強化方針に則ってどのようにアジャストしていくか、その試行錯誤に見るべきところの多いゲームだったと言えます。

オーストラリアは、彼らのポジショナルプレー基盤のメカニズムの強みを生かすような状況認知、事前に所持している引き出しを開ける速度などで対応していました。たとえば、彼らは前半3分と経たないうちに日本が4-3-3だということをチームとして認知し、守備時に4-4-2ブロックを組むときに最も4-3-3側に選択肢を与えない組み方を選択し、一定程度の安定性を確保しつつ、“ムーイタスク”の有効性を享受して日本陣に迫っています。

日本もまた、事前の計画とかなり異なるピッチ上の風景がおそらく見えていたなか、選手たちは「本来は中央に2枚のDHしかいないところに3枚いる」「中央の選手がサイドのプレッシングに思い切り参加していっても、中央から逆サイドに位置する選手が1枚ずつ付いて、中央のプロテクトや逆サイドを使ったカウンターに安全に移行できる」といった「4-3-3というフォーメーションが本来持つ特徴」を生かすという方向に舵を切り直し、ムーイの跋扈に戸惑い押し込まれながらも、いい場所でボールを奪い返し切り返すといった状況を手に入れてもいました。田中碧の先制点などは4-3-3に典型的なサイド追い込み→プレッシングからのショートカウンターを起点としたものでした。

「結果」が出たものの「判断のまずさ」も相当数あった

委任戦術の面からみて、オーストラリア戦はまずますの内容だったと考えることができます。「入念な事前準備が行われた」「それが効果的に働かない状況が生じた」という点ではサウジアラビア戦と似通っていましたが、早い時間に先制点を奪えたこともあり、オーストラリアがこちらの想定とかなり異なるやり方を取ってきたことに対して余裕を持って対峙できました。「お互いが想定外の状況に対応しなければならない」という戦況を見据え、自らが陥っている問題への的を絞った対応はできずとも、オーストラリアが被っている問題点には付け込めています。

その一方で、失点につながったシーンのようになかなか機能しないWGの外切りに試合を通じてこだわり続け、CBにつっかけたところをサイドにクリーンに通され、それをつぶしに長躯出た長友佑都が無効化されて裏を突かれるといった「判断のまずさ」も相当数の局面で見受けられました。

外切りの失敗からサイドをクリーンに前進される、長友の裏を使われる、というのは前半から繰り返されていたため、このシーンではオーストラリアのCBとDHは意図的に日本のWG(南野)が外切りプレッシングを引きつけてそういったシーンを作り出そうとしており、そのもくろみにまんまと乗せられてしまった格好でした。

こういった点は、サウジアラビア戦において露呈した委任戦術の穴と同じく、「一部のグループ間で共有されている判断と修正が、別のグループに行き渡るのに時間を要する」不具合かもしれませんし、だとすれば問題は手当されていないと見ることもできるでしょう。

サウジアラビア戦とオーストラリア戦という10月の2連戦は、最低限の結果を出しつつ、委任戦術の面では期待される柔軟性を見せられた試合・局面、見せられなかった試合・局面が比較的はっきりと見て取れるシリーズでもありました。「結果」が出たオーストラリア戦が顕著ですが、「柔軟性」を支えていたのが一部のポジションの選手の距離・回数共に突出したスプリントである点は注目していきたいところです。

これは現状仮説にすぎませんが、委任戦術上どうしても起こるエラー(10月の両試合で出たコミュニケーションエラーなど)を、そうした局所的に偏向して過大なスプリントの質量が埋めているのだとしたら、このチームに対ししばしば取り沙汰される「コンディション問題」とはチームのフィジカルなパフォーマンスだけでなく、委任戦術の遂行度にすら大きく影響するファクターなのかもしれません。

そういった点にも留意しつつ、11月のアウェー2連戦、ベトナム代表戦、オマーン代表戦をしっかりと観て、現在日本が選択しているやり方がどのような展望を開きうるのか、見据えていきたいところです。

▷分析家・五百蔵容の論考

▷分析家・五百蔵容へのインタビュー

▷プロフィール

五百蔵容(いほろいただし)

1969年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、株式会社セガ・エンタープライゼス(現株式会社セガゲームス)に入社。2006年に独立・起業し、有限会社スタジオモナドを設立。ゲームを中心とした企画・シナリオ制作を行うかたわら、VICTORY、footballista、Number Webなどにサッカー分析記事を寄稿。著書に「砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?」「サムライブルーの勝利と敗北 サッカーロシアW杯日本代表・全試合戦術完全解析」(いずれも星海社新書/2018年刊)がある。

Twitterアカウント:@500zoo

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