日本代表の弱点は、「試合が始まってから考えている」こと。
日本代表の試行錯誤②:サイド・インサイドの選択肢の偏り
前半15分前後には、インサイドハーフのところでスペースが得られることをチーム全体がおそらく共有し始めていて、ワイドのアタッカーがインサイドに入りそこを利用しようとするシーンが連続します。
この試合では、
・ボールの動かし方次第で中国代表のインサイドハーフを動かし、スペースメイクできる
・対面となる相手WBが大外まで付いてこないので、サイドをSBに任せることができる
といった理由から、WG(伊東純也・古橋亨梧)がインサイドに入ってプレーするシーンが多く見られます。
サイドの選手が中央に入ってきて中央に密集を形成しすぎ、カウンターを受ける際にがら空きとなったワイドのスペースや中央の密集を縦方向にスキップされ、人数が薄くなった場所を使われて危険な状況を招くという、日本代表の悪癖は以前から広く指摘されていますが、この試合のように相手のやり方にアジャストするために中央への侵入頻度、人数を増やすというケースも多いのが実情です。
相手がそこを捨てる選択、準備をしている場合は単純にワイドに張ってもスペースメイク、ギャップメイクがしづらくなります。
そんな場合、ワイドにポジショニングするアタッカーが適時インサイドに入っていくことで相手を動かそうとする、脅威を与えようとするのは世界的な傾向であり、だからこそワイドでもインサイドで仕事できるWGが主流になっています。
日本代表、日本サッカーに足りないのは、そういったポジション移動からの選択肢がインサイドでのコンビネーションアタックに偏ってしまうこと、インサイドのポジショニングから相手を外側に動かすチームとしての戦術、グループワークに乏しいといったことと思われます。
このため、相手からすれば日本が広くポジショニングしている時はサイドアタックを警戒、インサイドに多人数がポジショニングした状態からのアタックは中央で人数をかけたコンビネーションアタックを警戒、と対応と反撃が容易になってしまいます。
その傾向はこの試合でも現れており、中国のやり方にも起因するものの彼らにほとんど攻撃機会を与えず日本代表の攻撃練習といった趣のなか、試行錯誤は重ねれどもなかなか相手を効果的に動かせない時間帯が続きます。
前半18分前後からは、中国がプレッシングを行わないためほぼ完全にフリーになり精度の高いプレーが恒常的に可能な状態にあるCB、主に冨安健洋からのロングフィードでエリアを取る、エリアチェンジをすることで中国の陣形を縦に、左右に動かしてスペースを得られないかという試行錯誤も重ねられていきます。
試行錯誤の成果が出た得点:中国の対応を逆手に取った伊東
前半21分、38分とインサイドハーフ周りの問題を利用した起点作りから決定機を作り出したあと、40分に伊東の突破からの先制点が生まれます。
この先制点は、伊東の頭脳的なポジショニングと、そこからのランを伊東が最も効果的に活用できる最適なタイミングでパスを出した遠藤航、その意図を的確に察知し最適な駆け引きとスピードでDFライン裏に走り込んだ大迫勇也の三者のプレーが、中国が最も警戒していた「サイドでスピードアップを許し、中央のDFラインの準備が整わないうちにシュートに持ち込まれる」というシチュエーションを生み出した素晴らしい得点シーンでした。
中国はインサイドハーフとWB、CBのタスクの組み合わせで日本からDFライン周辺のスペースを奪い、サイド攻撃のスピードを落とし裏に出づらくさせ、そのことでDFラインがゴール前に人数をそろえ、侵入してくる日本のアタッカーを前方に置いてマークしやすくしていました。
日本のサイドアタッカーがその監視枠内で行動しても、思うようにプレースペースやランのコースを得られず、この仕組みを壊すことがなかなかできませんでした。ならばと伊東は彼らの監視枠内に入っていくのではなく、足を止めてその外側にポジショニングし、WBやインサイドハーフからあえて遠い距離を取ることで「自分の周囲に誰もいない=自分の周囲にスペースを作り出す」ことに成功しました。
そして、そこでボールを受けると、助走を取る形でスピードアップし、そのスピードのまま、対応に出てきた中国選手を振り切ってDFラインの裏に出てクロスを上げたのです。伊東のポジショニングからの攻略は、この試合の中国代表のやり方を逆手にとった見事なものでした。
試行錯誤と対応に費やした時間:40/90分
想定外のやり方を採ってきた中国代表に対して、日本代表はその委任戦術、委任戦略の狙い通りに、ピッチ上で選手たちが自主的に対応し、試行錯誤してソリューションを導き出して得点し、勝利しました。そのこと自体はポジティブでしょう。
ただ、攻略の糸口を見出すのにおよそ20/90分、実際に攻略に結びつけるまでに40/90分を消費しています。これは森保監督の日本代表にとって常態といえます。
「事前の分析を選手たちに落とし込む濃度を高めた試合」以外──事前落とし込みの濃度を低くした試合、中国戦のように相手が想定外のやり方を採ってきた試合──では、ほとんどすべての試合で、相手のやり方の確認に前半の半ば程度、チームでのソリューションの共有と実行までに前半いっぱいの時間を消費しています。
これは、現在のチームにおける最初のビッグトーナメントであった2019年のアジアカップグループリーグ初戦、トルクメニスタン代表戦での「対応」と概ね同等のタイムラインでもあります。
私たちは、これをどう見るべきでしょうか?
日本代表の「対応力」は、目標とするカタールW杯ベスト8進出の実現に足るような向上を見せているのでしょうか。それとも「それがサッカーなのだから、(1試合のなかで)この程度の時間がかかるのは当然」なのでしょうか。
大戦略の脆弱性:戦略そのものが日本の弱み
また、中国が力関係的に日本に対するのと同じような劣位にあるオーストラリア代表に対してはこの戦術を採らず、日本戦のみ変更してきたことを考えると、日本に相対する敵はすでにこう考え始めている可能性があります。すなわち、こうです。
「日本はピッチインしてから選手たちに対応を考えさせているので、これまでやっていないやり方をぶつければ、彼らがその場で考えて試行錯誤をはじめ、こちらの攻略に手間取る時間を利用して一撃を与える、ひと泡吹かせる可能性が高まる」
「彼らが手間取る時間をできるだけ長く取れれば、勝利できずとも勝ち点1を手にできる可能性が高まる」「日本の想定と違うやり方を採用する」ということは、「自チームにとってもいつもと異なるやり方になり、パフォーマンスを落とすデメリット」よりも「日本側がピッチ内対応に手間取り時間をロスすることによるメリット」のほうが大きいと相手が判断しているということでもあります。
それは、相手がこのように見ているということでもあります。
「日本は“ピッチ内で考え対応する”という戦略を採っているが、必要な水準に達していない」
「必要な水準に達していない戦略に固執しているのは日本の弱みである」
日本がこのやり方で勝っていくためには、それが弱みではなく明確な強みになるように「対応力」を向上させていかねばなりません。
このチームは立ち上げからすでに3年が経っています。その間に東京五輪という「本戦」も挟む関係上、五輪世代の融合をはじめから視野に入れたラージグループを形成し、「選手たちの判断」を重要視し、委任戦術でチームの対応力を必要な水準まで上げる方針を3年間遂行してきました。
東京五輪の結果と内容から振り返っても明らかなように(東京五輪における日本代表の総括分析をした拙稿を、いま一度こちらに貼ります)、準備してきた範囲内ではチームで判断をそろえ、いい判断からの選手たちでの対応を遂行できるが、相手が対応を変えてくると判断が遅れてしまい、必要な(求められる水準の)対応ができない──3年を経て、日本代表はいまだその状態にあることは現実です。それゆえ、中国戦では敵将に「日本が採っている戦略そのものが日本の弱み」とみられたのかもしれません。
「毎日練習し、話し合う時間があり、実践する試合数も多く、PDCAを短いサイクルで回せるクラブチームならともかく、代表チームは年間試合数が限られており、全員がそろうとは限らない3~5日程度の練習と戦術落とし込みの期間しかもてない。必要な水準の対応力を身につけることが可能なのか?」
「押し通そうとするならばもっと情報処理や意志共有のやり方にテクノロジーを大胆に導入するなど、大がかりなトレーニング改革が必要なのでは?」
「今のやり方では間に合わないのではないか」
現在の日本代表の戦略は、当初よりこのような危惧が持たれるものでもありました。3年かかって現在の水準──2019年アジアカップと、少なくともソリューションを見出すのに要する時間という面では同等の対応力──にあるというのは、その危惧が現実になりつつあると考えることも可能でしょう。最終予選で同グループの強敵、オーストラリア代表が、サウジアラビア代表が、日本代表のこの「弱み」を突くようなやり方を採ってきた場合、日本代表はどう「対応」するのか。「対応」を模索している間に致命的な一撃を食らわないような試合ができるのか、どうか。
今後の最終予選を戦っていくにあたり、重要な論点となるでしょう。
▷分析家・五百蔵容の論考
- 2021.9.2|変数か、定数か。分析家が論じる、東京五輪に見る日本サッカー
- 2021.9.29|日本代表の弱点は、「試合が始まってから考えている」こと。
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- 2021.11.11|森保監督は、「コンディション問題」を選手に解決させている?
▷分析家・五百蔵容へのインタビュー
- 2021.12.17|活路は“必然の誘発”にあり?日本代表の伸びしろと限界値
▷プロフィール
五百蔵容(いほろいただし)
1969年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、株式会社セガ・エンタープライゼス(現株式会社セガゲームス)に入社。2006年に独立・起業し、有限会社スタジオモナドを設立。ゲームを中心とした企画・シナリオ制作を行うかたわら、VICTORY、footballista、Number Webなどにサッカー分析記事を寄稿。著書に「砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?」「サムライブルーの勝利と敗北 サッカーロシアW杯日本代表・全試合戦術完全解析」(いずれも星海社新書/2018年刊)がある。
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