都立小松川高校ボート部「一つのものを共に作り上げる」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
東京、荒川水系・旧中川。数艇の競技用ボートが、煌めく水面を滑るように進んでいく。ボートを駆るのは、都立小松川高校ボート部の生徒たち。コックス(舵手・指令役)の掛け声に合わせ、漕手(漕ぎ手)たちのオールが力強く水を掴む。
創部10年目にして、インターハイの常連。今年も【クォドルプル(5人乗り)】種目で男女それぞれが出場を決めている。3年生部員にとっては最後の夏。青春をかけた熱い思い、その掛け声が木霊した。
夏休みに入った7月下旬、河川の練習場所に、制服姿の部員たちが集まってくる。移動では制服を着る校則でもあるのかと思いきや・・・3年生の近藤果凛が言う。
「学校の帰りです。小論文の勉強をしてきました」
小松川高校は、都立の進学校としても有名だ。部員の多くは、難関大学への進学を希望している。だから、彼らが練習の前に勉強している姿は珍しくない。ボートも受験も高い目標を掲げ、全力で取り組む。それが小松川高校ボート部のスタイルなのだ。
「全国に出ることは通過点、やっぱり全国を制覇したい」
とはいえ不安が無いわけじゃない。3年の西澤萌花がぽつりと漏らす。
「(受験に対する)焦りもありますね・・・」
ボート部が練習拠点としている旧中川は、川幅が狭く、カーブも多い。競技自体は広く真っ直ぐなコースで行われるため、恵まれた練習環境とは言えないだろう。それでも、インターハイに幾度も出場し、2016年の全日本選手権・ダブルスカル(2人乗り)では、社会人の強豪たちを押しのけ、日本一に輝いている。そのクルーの一人が、現在のボート部監督・中川大誠さん(小松川高校教諭)だ。
「自分が得た経験とか、ボートを通じての人間的な成長とか、一人では出来なかったことを、後に続く生徒たちに伝えていくのが自分の役目かなと思っています」
中川監督はまだ23歳。兄貴のような指導者と共に、ボート部員たちは、夢に向かって手抜きの無い練習に汗を滴らせていた。
小松川高校ボート部、男子クォドルプル(5人乗り)は今年、2年ぶりのインターハイ出場を決めた。この日も自らボートを担ぎ出し、水面に漕ぎ出していく。目指すは表彰台。漕手と呼ばれる漕ぎ手の4人が、オールの動きをピッタリ合わせ、推進力を上げていく。
最後尾でその指示を出すのは、オールを持たない5人目のクルー、コックスと呼ばれる司令塔・3年生の片岡凌。レースは1000m。およそ3分30秒、艇上の5人は心をひとつに動きを合わせ、全力で漕ぎ続けるのだ。だが、まだこの時は調整段階の初期。中川監督が付きっきりで指導するも、思うようにスピードが上がらず、あがいていた。
それでも、きつい練習が終われば、全員で水浴び。汗を落として破顔一笑だ。ボート競技では、クルーの絆の深さが成績に直結すると言っても過言ではない。彼らは幾つもの困難を共に乗り越えていくことで、その絆を深めていく。
コックスの片岡は、自宅に帰っても、脳内の練習を続けていた。練習の様子を撮った動画を幾度も見直しながら、漕手クルーの動きを分析し、改善点を探っていく。
「動画じゃないと(客観的に)見られないことがあるんです」
入部以来、コックス一筋。最後の夏には、より強い思いで臨んでいる。彼は2年前、先輩たちが漕手を務めるボートで、インターハイに出場していた。結果は6位だったが、小松川高校ボート部の強さ体感し、心が震えたと言う。
「強いボート部を引き継いでいかなきゃと思いましたし、後輩たちにも引き継いでいって欲しいと思うから・・・頑張りたい」
インターハイまで後5日。東京での調整は、この日が最後。明日は会場の愛媛県今治市に向かう予定だ。旧中川に漕ぎ出したクォドルプルのクルーは、課題のスタートダッシュを繰り返す。どうやら練習の成果が現れてきたようだ。オールの動きもシンクロ率を増している。大会に向けた目標タイムもクリアし、コックスの片岡は自信を覗かせる。
「最初とは段違いにスピードが出ているので、さらに精度を上げてレースに臨みます!」
令和4年度、全国高等学校総合体育大会(=インターハイ)。ボート競技会場では、男子クォドルプル(5人乗り)の準々決勝が始まろうとしていた。ここまで難なく勝ち上がった小松川高校。このレース、2位以内に入れば、念願の表彰台が見えてくる。
『(スターターアナウンス)セット!・・・GO!』
課題のスタートダッシュが決まり、他校に一歩も引けを取らない。500mの中間地点を過ぎるまで、抜け出すボートは無い。大混戦だ。そして残り250m。小松川高校は、他の一校と共にスパートを掛け、集団から抜け出す。そのままスピードをキープして、2位でゴール!準決勝進出を果たす。艇上でハイタッチを交わす、5人のクルー。まだこの夏を終わらせはしない!
大会最終日。準決勝のレースを前に、小松川高校クルーは静かに闘志を燃やす。このレースも鍵はスタートダッシュ。トップでゴールすれば決勝進出、表彰台が決定する。ボートに乗り込む5人が、心を一つにして集中していく。そして・・・
『GO!』
スタートダッシュが決まった!小松川高校がトップに立つ。だが、歓喜もつかの間、漕手のオール捌きが乱れてしまう。中間地点では、他のボートに大きく後れを取る。
「一艇身空けられちゃったか・・・」
中川監督が天を仰ぐ・・・だが、クルーたちは諦めていなかった。体勢を立て直し、必死に食い下がる。結果、小松川高校は、ゴール寸前で一艇をかわし、3着に入った。悲願の決勝進出を逃し、5位~8位決定戦にも進めなかったが、最後に意地を見せてくれたのだ。
膝を抱え、しばらくうつ向いていた、コックスの片岡が口を開く。
「もっとこの5人でボートを楽しみたかった・・・」
漕手の3年生、藤澤幸大も悔しさを滲ませるが、
「後輩たちには今日のことをバネに、来年、絶対優勝して欲しい」
男子クォドルプルのクルーが敗北を喫した一方で、女子クォドルプルで小松川高校は7位に入る大健闘を見せた。3年生・近藤果凛の顔は晴れやかだった。
「この舞台で、自分達のベストローイング(漕ぎ)が出来たなと。楽しかったです」
結果はともあれ、小松川高校ボート部は、男女共に全力を尽くして戦った。その姿を、中川監督は高く評価する。
「目標を達成する喜びを感じてもらえなかったのは残念ですが、誰かと協力したり、工夫したり・・・一つのものを共に作り上げていく過程こそが一番大事で、ボート競技の醍醐味だと思っているので、それを生徒たちが感じてくれたのなら、僕は嬉しいです」
観測史上稀に見る暑い夏―青春の熱い炎を燃やして戦った、小松川高校ボート部。全国制覇を夢に、仲間と共にひたむきに進むその姿勢は、後輩たち、次の世代に脈々と受け継がれていくことだろう。
「カッコいい背中を見せてくれたから、今度は自分がカッコいい背中を見せていきたい」
後輩の一人が、そう言って唇を噛みしめた。
TEXT/小此木聡(放送作家)
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