フリースタイルフットボール・Ko-suke「自分の進化の可能性を模索したい」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
ジャパンフリースタイルフットボールチャンピオンシップ。
決勝の舞台に立ったのは、並みいる優勝候補たちを打ち破った、ヤングスター・ユーリ。
そして、4年連続で国内ランキングの頂点に君臨する絶対王者・Ko-suke。
史上稀に見る熱戦の火蓋が切って落とされる。
それは、Ko-sukeにとって、最後の戦いだった—
近年、競技人口が増加の一途を辿る、フリースタイルフットボール。それは、グリップ力の高い小さなボールを使用し、リフティングやドリブルなどのアクロバティックな技を魅せる、アーバンスポーツだ。パフォーマンスは、立った状態でボールを扱うスタンディング、座って技を繰り出すシッティング、頭や肩・首などでボールを扱うアッパー、さらに地面に着いたボールを扱うグラウンドムーブなどを組み合わせていく。
競技は、事前に決められた基準を元に、複数のジャッジが判定。技の難易度もさることながら、いかに会場を盛り上げるかも、勝敗のカギとなっている。
「普通のサッカーみたいに、特定のゴール、得点を争うスポーツじゃない。観ている人の心を掴むのがゴールなんです」
遡ること、8日前の練習スタジオにて— Ko-sukeがたった一人、たった一つのボールに、黙々と向き合っていた。それは、日本一を決める戦いに秘める、決意の表れなのだろうか? 昨年、この大会に4連覇を賭けて臨んだ彼は、ライバルにまさかの敗北を喫し、その座を追われていた。
「ジャイアントキリングされて盛り上がってしまうのは・・・ 不本意ですね」
世界でもその存在を示す、フリースタイルフットボーラーとして、長く日本のフリースタイルフットボール界を牽引してきた者として、頂点の座は必ず取り返す。彼は、パフォーマンスのひとつひとつを確認する作業に、没頭していた。
「出来ていると勘違いしてしまうことがよくあるんです。そういう感覚的なところも全部洗い出して、身体に染み込ませていかないと」
そう言いながら反復練習を続ける。ボールの方から体に吸い付いているようにしか見えない。まるで魔法だ。
サッカーの名所、静岡県で生まれ育った彼が、フリースタイルフットボールと出会ったのは、中学生の頃。
「サッカー部だったんですけど、その当時にブラジルの10番、ロナウジーニョという選手がいたんですよ・・・」
そのロナウジーニョが出演するCMで、それこそ魔法のようなリフティングを披露しているのを目の当たりにし、Ko-sukeは衝撃を受けた。
「インターネットで動画を漁っていて、フリースタイルフットボールの存在を知りました。これだ!って電気が走りました」
それからは、独学で夢中になってスキルを磨いた。
驚異的な成長を遂げた彼は、2016年、日本一を決めるジャパンフリースタイルフットボールチャンピオンシップで初優勝!同じ年、32か国のトップ選手がロンドンに集う、レッドブルストリートスタイルに出場する。初めての世界大会ながら、得意のシッティングとブレイクダンスを取り入れた技で観客を魅了し、なんと準優勝!世界にその名を知らしめた。
今や、日本の絶対王者と呼ばれるまでに成長したKo-sukeだが、驚くことに、他の多くの選手がプロ契約を結ぶ中、彼は一般の仕事との両立を続けている。
「正直、プロとして活動することも可能でした。でも世の中にはビジネスを一生懸命やっている人が大勢いて、そこにどんな魅力的なことがあるのか知りたくなったんですよね」
メーカーの営業職として勤務すること6年。そこで得ることも少なくない。
「世の中のコミュニティーに入ることで、合理的に物事を進めることの成果の大きさを知って、それがフリースタイルフットボールにも端々で活かされている感じです」
その合理的思考、普段の生活に、ちょっと変わった影響を与えていた。Ko-sukeの自宅に、食事を準備中の彼を訪ねると・・・
なんと、一日の食事のほとんどを、生きるために必要な栄養素を漏れなく摂取できる、COMPというバランス栄養食で済ませていた。これにプロテインを足して、動物性タンパク質を強化するという。なんだか味気ない。食のストレスが溜まりそうにも思えるが・・・
「より良いパフォーマンスのために、植物性と動物性のタンパク質は欠かせなくて、さらに万遍なく必要な栄養を求めると、このCOMPにプロテインを混ぜるという結論になりますね」
なぜか説明する間、彼はずっと半笑い。どうやら今も、理想とする体を合理的に作る、その正解は模索中らしい。
大会を目前に控えた、ある夜の練習スタジオ。Ko-sukeがやって来た。
「仕事終わりです。愛知の出張帰りで」
この日は最終的な調整を兼ね、今一度、自身のパフォーマンスの全体的な構成と、技ひとつひとつのクオリティを確認する予定だ。
Ko-sukeの持ち味は、弱点らしい弱点がないこと。この練習中も、高水準の技を、安定したクオリティで繋いでいく。
「スピード性や、アクロバティック性、それと難易度の高さ・・・ もちろん全部大切な事なんですけど、僕はパフォーマーの魂が、ムーブの細部に宿っていれば必ず魅力は伝わると思っています」
彼は、世界で勝つことを意識し、日本人ならではの魅せるスタイルを、10代の頃から模索してきた。競技であると同時に、観客を沸かすエンターテイメント性が魅力でもある、フリースタイルフットボール。日本一奪還を目指すKo-sukeのスタンスは、強欲だった。
「魅せたいか、勝ちたいか・・・ 魅せた上で優勝します」
7月10日。Ko-sukeのリベンジマッチの幕があがる。ジャパンフリースタイルフットボールチャンピオンシップ2022。全国の精鋭によるトーナメントバトルは、30秒ずつ3回のパフォーマンスが繰り広げられ、3人のジャッジが勝者を決定する。
大会は序盤から波乱が続いた。これまでKo-sukeと何度も優勝を争った、ランキング3位のイブキが、若手のダイキチに敗れるなど、優勝候補が次々と姿を消してしまう。Ko-sukeも例外ではなく、そんな若手の勢いに苦戦を強いられた。それでも、持ち味であるミスの少ないパフォーマンスで、何とか決勝まで勝ち進む。実は、彼はある決意をもって、この大会に臨んでいた。
「普段の仕事にも凄くやり甲斐を感じていて、だからこの大会に勝負として出場するのは、これで最後にしたいと思ってます。日本一で終わりにしたい」
決勝の相手は、並みいる優勝候補を打ち破ってきた、ヤングスター・ユーリ。DJの奏でるリズムに乗せて、決戦の火蓋が切って落とされる。
まずはユーリが、観客を味方に付けながら攻め込んだ。若さ溢れるチャレンジングで挑発的なパフォーマンス!
一方、Ko-sukeは、絶対王者の風格すら漂う、安定したクオリティのパフォーマンスを繋ぎ、観客を自らの世界に引き込んでいく。
そして3ターン目・・・ Ko-suke、文字通り最後の30秒が始まる。野心も、恐れも、計算からも離れた、彼の混じりけの無い純粋な魂が、パフォーマンスにのり移る。史上稀にみる熱戦だった・・・
判定は、Ko-suke! 2年ぶり5度目の日本一を達成する。
「けっこう、奇跡です・・・」
その言葉に、ギリギリの激闘だったことが窺える。しかし、Ko-sukeは日本の頂点に返り咲き、有終の美を飾ったのだ。
勝負の世界を離れるKo-sukeは、どんな未来を思い描いているのだろうか?
「ライブとしてパフォーマンスを披露したり、動画を発信したり、そういう方向で、これからも自分の進化の可能性を模索したいと思います。それがフリースタイルフットボールの未来を繋ぐことになれば、幸せかな」
29歳のフリースタイルフットボーラーは、情熱の炎を燃やし続けていく。
TEXT/小此木聡(放送作家)
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