サッカーができなくなっても、私がクラブで働く理由。竹村美咲(INAC神戸)
初めて見た裏方の世界。フロントと選手の架け橋に
クラブの裏側の仕事に初めて触れたのは、無所属の1年でホームゲームやイベントを手伝った時でした。やっている中で、試合ができているのは、裏方で動いてくれている人たちがいるからこそなんだと身をもって気づいたんです。試合当日の運営を手伝うスタッフはもちろん、スポンサー企業など多くの支えがあってこそ試合は成立しているんだと。
「こういう世界があるんだ」と、衝撃を覚えました。選手時代はサッカーをすることに必死で、知ろうともしていませんでした。もちろん感謝はしていましたが、具体的な仕事については全然わかっていなかったです。
サッカーを辞めて、これからどうやって生きていくのかを考えた時、「お世話になったチームに対して恩返しがしたい」とはずっと思っていました。選手としては恩返しができなくても、違う立場からサッカー界に恩返しできることがあるのではないかと、裏方の仕事に触れて感じました。
あとは、「自分がサッカーができない」という現実を受け入れたくて、クラブスタッフという道を選んだのもあります。むしろ、これが一番の理由かもしれません。これまで一緒にサッカーをしてきた人たちが目の前でプレーしているのを見るのは辛い。でも今ここで逃げてしまうと、サッカーに対して嫌な気持ちが残ってしまうと思ったんです。しっかりサッカーと、そして自分と向き合える場所はクラブしかないと決意し、クラブスタッフの道を選びました。
選手経験のあるスタッフとして、クラブのさまざまな裏側について選手に伝えることがひとつの役目だと思っています。
INAC神戸は日本の女子サッカー界の中でもかなり恵まれた環境です。それでも選手側はこの環境が当たり前になっていたり、もっと上を要求したりします。フロントがどれくらい動いてくれていて、どれだけのお金がかかって今の環境が実現しているのか、選手はなかなか知る機会がありません。
選手側が感じることと、フロントが感じることでは、違うものが多いんです。目の前の具体的な目標が違うので、当たり前かなと。でもどこかで両者が一緒にならないと、チームとして前に進んでいかないと思うんです。どちらかだけが単体で良くてもいけない。お互いを知って、近しい関係性を築くことができれば、クラブとしてもっと成長できると感じています。
どんな時も、フロント側の意見を伝えつつ、選手を第一に考えて話すようにしています。選手がいてこそのチームなので、選手がサッカーに専念できるように、というのは大切にしたいです。でも選手側からも興味をもってもらわないと、聞き入れてもらえません。一方通行なコミュニケーションにならないように、うまく架け橋になって、私が伝えられることを伝えていきたいですね。
目標は、「選手ではない自分」を受け入れること
スタッフになって、チームの勝利に対して純粋に嬉しいと思えるようになったのも、最近のことです。まだまだ自分がプレーしたかった気持ちは大きいので、チームが勝っても悔しさ、やるせなさは感じます。でも仕事自体に対して、面白いとも楽しいとも思うし、ファンの人たちの喜んでいる姿を見たり、自分が運営に携わって試合に勝てたときはすごく嬉しいです。
女子サッカーの魅力は、女性ならではの“かっこよさ”だと思っています。女性だからこそできる丁寧で繊細なプレー、サッカー特有の激しさやスピード感。男子サッカーの激しさとは異なる良さがあるんです。
今のなでしこリーグのファン層では、アイドル的な目線がまだまだ多く、30代〜40代の男性の方が多くなっています。もっと同世代の女子にとってかっこいい、憧れの存在となって、見てもらいたいですね。「普段は普通の女子だけど、サッカーをすると変わるね」と。
選手としてのサッカー人生を諦めることに対して、完全に切り替えることができたわけではありません。選手に戻れる可能性があるのなら、今すぐ仕事をおいてリハビリに専念したいくらい、サッカーがしたい気持ちは変わりません。
なので、クラブスタッフとしての大きな目標はまだ持てていません。目の前の、自分ができることをひとつひとつ積み重ねていきたいと思っています。しいて言うなら、自分がサッカー選手ではない現実を受け入れることが、ひとつの目標かもしれないですね。
あとは先ほども話したように、選手としての経験を活かして、うまく現場とフロントをつなげられる人でありたいです。来年2021年度から国内女子サッカープロリーグ「WEリーグ」も立ち上がりますし、一人でも多くの方に女子サッカーの魅力を伝えられるようにひとつずつ、向き合っていこうと思います。
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