改革者・葦原一正が思い描くハンドボール・リーグ1年目は未来への投資「ビジネスよりもまずガバナンスやリーグ構造改革が必要」

プロ野球の横浜DeNAベイスターズや男子プロバスケットボールリーグB.LEAGUEの立ち上げに携わり、B.LEAGUEでは初代事務局長を務めた葦原一正氏。スポーツ界の新たなリーダーが次に選んだ競技はハンドボールだった。

ハンドボールリーグの代表理事に就任し周囲を驚かせるような改革に期待されるなか、リーグ再生に向けてリアルな現在地は──。

「SmartSportsNews」の独占インタビューをお届けする。

五輪はハンドボールに触れてもらうチャンス

──東京オリンピック(五輪)は残念ながら無観客での開催となりました。しかし日本ハンドボールリーグは五輪ハンドボールチケット所持者に来年3月に行われるリーグプレーオフに招待することを発表しています。この取り組みはどういったプロセスで決まりましたか?

発表させてもらったのは先週の水曜日(14日)です。前の週の木曜日(8日)の朝にそれをやろうと思って一週間検討しました。水曜日(7日)の夜に急遽、緊急事態宣言が発令されて無観客になり、その時にパッと思い浮かんだのがこの案でした。

──五輪とリーグという同じハンドボールという競技でありながら、違う主催のためにこの施策には難しさもあったのでは?

ハンドボールを観ようと思って、2年以上楽しみにされた方々がいらっしゃいます。特に小さなお子さんやそのご家族、そして選手の家族などは中止になって本当に残念に思っているでしょう。我々としては単純に、中止になってそれで終わりにしていいのかと。IOC主催だから関係ないと線を単純に引くのではなく、リーグとして出来ることを考えプレーオフを見てもらえればと思いました。

──多くの方がハンドボールに触れるいい機会になりますね。

リーグにとっても五輪は、色々な方にハンドボールを見ていただける良いチャンスでした。五輪のチケット持っている方は、コアファン以外もたくさんいると想定していました。だったら一度見てもらった方がいいという発想で木曜日(8日)の朝に思いました。

──発案者は葦原さん?

一応私ですね。すぐ事務局長に「これやろう」って電話で伝えました。法律的な観点やオペレーション的な観点を1週間をかけて専門家も交え慎重に検討しました。

──素晴らしい案だと思いますが、追随するNF(国内競技連盟)は今のところありません。

そもそも、なんであのタイミングで出したかというと、ほかのNFが追随してくれると良いなという思いがありました。正直にいってオペレーションリスク等もありましたが、それでも早い方がいいと。ただ今のところ誰も追随してこないですね。せっかくなのでやればいいのに追随の動きが出てこないのは残念な気持ちも少しあります。

ビジネスよりもガバナンスやリーグ構造改革

──ハンドボールリーグが8月29日に開幕します。葦原さんが代表理事に就任されて最初のリーグですが何か新しい取り組みや戦略は?

来月8月下旬からスタートしますが、結論から言えばあまり大きく変わらないです。私が就任する前に決定していることもたくさんあって、就任して3カ月が経ちましたが、そこで変えられないことの方が多いです。私はどちらかといえば、短期的なところよりも根本的にこのリーグを将来的にどうするかという部分に99%の時間を割いています。なので、来季から劇的に何かの変化が生まれることはないです。

──開幕に向けて今は何を行っている段階ですか?

現状は各チームへのヒアリング、選手やファンへのアンケートで現状把握を一旦終えている状況です。五輪が開幕してハンドボールの試合をやっている真裏で、チームとの将来構想のミーティングを本格スタートします。3~4チームずつ6セッションをテレカンで行います。選手はコート上で将来のハンドボールのために熱く闘い、その裏側でチーム代表者とこれからのハンドボール界をどうしていくか熱く議論を進めていく予定です。私もチーム代表者も日本代表を勿論心の底から応援していますが、現地(代々木第一体育館)に行けないので、来週はリーグの将来構想をしっかり議論していきます。

──そこで今後の流れが決まってくる?

その議論次第ですね。世の中は「プロ化するのか」など聞かれますが、これから本格的に議論します。とはいえ、1回で済む話ではないですから。ただ、どこかのタイミングで新しい構想を出そうと思います。今はリーグが招待構想の選択肢をいくつか用意していて、それをベースに各チームと話していくことになります。

──今のフェーズはBリーグで様々なヒアリングを行なっていた頃のような感じ?

あの時は(初代Bリーグチェアマンの)川淵三郎さんがいらっしゃって、国際バスケットボール連盟からの制裁もあり、プロリーグ立ち上げが決まっていた2015年でした。今のハンドボールは新リーグを立ち上げるかすらまだわかりません。Bリーグの時でいうとまだ2014年とかのレベルですね。

──リーグ開幕に向けてビジネス面で注目点はどこでしょうか? 例えば新会社を作るなどマーケットの取り組みを教えてください?

色々な展開は考えてはいますが、今はどちらかといえばビジネスよりもガバナンスやリーグ構造改革の方が先です。こういうビジョンならこういうガバナンスでやりましょうなど、いろいろと整理しているところです。ある一定のリーグの方向性が決まれば、その次は事業戦略の話になってきます。

──まずはリーグの構造を作るということですね。

そこが大事です。ファンからするとわかりにくいかもしれないですが、リーグの構造やガバナンス、定款、規約を含めてルールを作り込むことが極めて大事です。これはずっと言い続けてきました。ファンの方は劇的にわかりやすいものが早く見たいと思っているでしょうが、ちょっと待っていてくださいと。今は裏側で専門的な治療を行なっているので、もう少しお待ちくださいというところですね。

──開幕戦でのメディアプロモーションについてはお考えですか?

そこも正直にいうと考えていないですね。オリンピックを終え色々変わることを期待されているかもしれませんので、皆さんには申し訳ないと言わないといけないかもしれません。次の次のシーズンに向けては色々変えていきたいと思っており、それに関しては動き始めています。

──劇的な変化を起こせない理由は?

やりたいことが多いですが、私が就任する前からいろいろなことが動き始めていて変えられないものがあります。さらにリーグのスタッフが4人しかいない。また、扱えるお金も全部で2億円しかなく全て固定費でなくなっているので、実質お金もない。さらに私は将来構想の根本治療に時間を割いているので、今でも正直あっぷあっぷしている状況です。(笑)そういう理由から申し訳ないですが、華々しく今シーズンをスタートする準備ができないですし、今はお金も人もいないです。それよりも、根本的なところの変革にドカンと行くべきという思いが強いです。

──一方で、新たにTikTokがサプライヤーにつくなどビジネス面でも動きが見られます。新たなスポンサーの獲得についてはいかがですか?

今はスポンサー活動をやっていないくて、その時間よりも将来構想を固める方が優先だと思っています。どういうことをやりたいかを明確にしない限り、売りに行っても売れないと思います。他のスポーツリーグ改革でもやりがちなのが、スポンサー活動やビジネススキームから手を付ける。それは後だと私は思っていて、Bリーグでも根本をどうするかに時間を割いてやって、最後にスポンサー活動でした。言葉は悪いかもしれませんが白黒テレビを売りに行っても売れないよといつも言っています。もう少しちゃんとしたものを作らないと何しに来たんだと言われると思っています。

──ハンドボールの試合は映像コンテンツの配信についてはいかがお考えですか?

まだその議論までいっていないですね。もっと根本的な議論をしています。配信は大事なので、今後もちゃんとやっていきたいです。今シーズンもYouTubeで配信することは変わらないです。

──リーグのコアのなるものを作ってからじゃないとその他の議論に行かない?

ビジネスの話はまだネクストステップのことです。今のハンドボールリーグにはそれ以前の話がまだいっぱいあります。

クローズな場の理事会を可能な限りオープンに

──リーグのことで言えば、7月14日に初の理事会を開催されました。そこで感じたことは?

五輪のチケットを持っている方たちの招待に関する議題と、規程などルール制定の話が大半でした。専門的な知識を持っている方が多いので、レベルが高い議論ができましたね。また、みなさんご指摘が鋭いので、議事、進行の私が大変です(笑)。でも私はいい雰囲気で1回目の理事会ができたと思っています。所謂シャンシャン理事会ではなかったです。。根回しをして、議事、進行して決議なし、決議なしでさっと終わる。それでは意味ないので、ちゃんと議論してやっていく理事会になっています。

──葦原さんがすすめたい方向性に誘導するとかではなく、理事の方の意見も聞いて反映させていく形?

誘導したいけど、誘導できるメンツではないですから(笑)。でもいろいろ言ってもらった方が精度が高いものが出来上がります。いろいろなスポーツの理事会や取締会に出てきましたが、今までの中で一番いいと思っています。録画して公開したくらいですが、それするとみんな喋らなくなるからできないですね(笑)。

──その言葉からもいい議論されている感覚があります。ただ、理事会とは基本的にクローズの場であり、結論だけが固い文章で発表されることが多いです。しかしハンドボールはその理事会の様子をすごく見せてくれる。あまり今までのスポーツでは例のないことです。

基本はオープンでやりたいと思っていて、そうじゃないとどうしてもよくわからない方向に進んでしまう。ただ、理事会は機密情報なども勿論あり、全てオープンにはならないです。それでも理事会の議題によっては配信してもいいかもしれないですね。熱心なファンの方たちは、誰がどれくらい喋っているかを知りたがっているでしょうし(笑)。

──理事に就任した太田雄貴さんがどのような発言をしているか気になります。

太田さんは結構ぶっ込んでくるんですよ。そしてそれが極めて正しいことを言ってくる。五輪のチケットについても太田さんは真っ当で、来年の3月だと遅いと。プレーオフは来年の3月なのですが、8月のリーグ開幕戦に合わせるくらいもっと早くやるべきだと。でもオペレーションの関係でそれはかなり難しいと返答しているのですが、でも、彼が言っていることは極めて正しいですよね。

──今回の理事会では所属、性別、年齢をリスト化して外部にもわかりやすく見せていました。この理由は。

私はずっと理事会が大事だと言っています。勿論各チームの意見も大事ですが、彼らだけで議論すると、お互いの利害がぶつかり合うので収まらない話が出てきます。理事会は最高決議機関で、最終的には理事会で決めると各チームとファンの皆さんに言い続けています。そうすると理事が誰なのかは大事な情報。どんな人がいるのかなどを説明する必要があると思っています。

──クローズな場をできる限りオープンにすることで風通りをよくしているのですね。

もっと余計なこと言うと、理事は5月に発表しました。これはあえて早く発表していて、我々の議論プロセスも明確にし、見せ方も今までと違うことをしました。なぜあのタイミングかというと、6月になればいろいろなNFが役員改選することはわかっていました。先陣を切れば、もう少し他の団体もオープンに情報を出したり、刺激を与えられたりできると思ってやりました。ただ、6月のNF役員改選を見ましたが、しれっとリリースを出して終わりというものが多く、日本のスポーツ界はまだまだ古いかなと正直思いました。フェンシングの武井壮さんだけはぶっ飛んでいるなと思いましたけどね。

──様々なお話をありがとうございました。最後にハンドボールに期待されている皆さんにメッセージをお願いします。

すぐ劇的に何か良くなることを期待している方も多いと思いますが、ちょっと待ってくださいと。きっといい方向に話は行くと思っています。早くこういうリーグになりますとファンやメディアにお伝えできるように頑張りますので、もう少しだけお時間ください。

■プロフィール

葦原一正(あしはら・かずまさ)

1977年生まれ。外資系戦略コンサルティング会社、オリックス・バファローズを経て、2012年より新規参入したプロ野球の横浜DeNAベイスターズに立ち上げメンバーとして入社。2015年、公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグに初代事務局長として入社し、男子プロバスケの新リーグ「B.LEAGUE」を立ち上げ。2020年、株式会社ZERO-ONE設立。2021年から日本ハンドボールリーグ(JHL)の代表理事就任。

Twitter:@kazu_ashihara

■クレジット
写真:JHL提供
取材・構成:Smart Sports News 編集部