天才ドリブラー・菊池大介はなぜ“三刀流”に挑戦するのか
“ベルマーレ”の生え抜き選手であり、16歳でJリーグデビューを果たした菊池大介が、7年ぶりに“湘南ベルマーレ”のユニフォームを身にまとって戦う。
サッカー選手としてではなく、フットサル選手として。
昨年までJリーガーだった菊池は、なぜフットサルに転向したのか。しかも、菊池は、サッカーとフットサル、両クラブのフロントスタッフとスクールコーチも兼務するという。つまり“三刀流”だ。
菊池が下した決断と、そこに至る葛藤、新たな挑戦を始めた今の生活。32歳を迎えたフットボーラーのリアルな思いに迫った。
インタビュー・文=舞野隼大
※インタビューは5月10日に実施しました
自分のなかにずっとベルマーレの存在があった
──昨年、FC岐阜を退団してからどんなことがあったのでしょうか?
菊池 25歳でベルマーレを離れてからもずっと心の中にその存在があり、「いつかベルマーレに戻って、そこで引退するんだ」という思いを抱いていました。昨シーズンでFC岐阜を退団して、一人の人間として、この先の人生をどうしようかと悩んでいました時には、サッカーを続けることを最優先に考え、選手としてベルマーレに戻りたい気持ちもありましたけど、現実的にそれも厳しかった。
──そこからなぜ、フットサルに?
菊池 ベルマーレにフットサルクラブがあることは知っていました。小学生の頃、フットサルのバーモントカップで3位になった経験もあったので、チャレンジしたら楽しそうだし、やりがいを感じられそうだなと思ったことがきっかけでした。いろいろな葛藤はありましたけど、家族やたくさんの人に相談させてもらって、最後は自分でこのチャレンジを決断しました。
──なぜ、フットサルにチャレンジしたら楽しそうだと思ったのでしょう。
菊池 はっきりとしたきっかけがあったかは覚えていないです。先ほども言ったように自分のなかに「ベルマーレ」という存在が常にあって、フットサルクラブもあることを知っていたからかもしれません。ふとした時に思いついたんです。もちろん、自分だけの意思ではどうにもならないことなので、クラブの佐藤伸也社長をはじめ、たくさんの人と話をさせてもらいました。
──最初は誰に相談したんですか?
菊池 サッカーのベルマーレの水谷尚人さん(元代表取締役社長、2022年12月に退任)と、眞壁潔さん(代表取締役会長兼社長)、坂本紘司さん(代表取締役副社長GM)でした。そこからフットサルの佐藤社長につないでもらい、ありがたいことにみなさん「クラブのことを思ってくれるのがうれしいし、大介が決めたチャレンジなら協力できることはするよ」と言ってくれました。このようなチャレンジをできるのは当たり前のことではなく、本当にいろいろな人の力がないと叶わないことです。新しいチャレンジをさせてもらえることに、今は感謝しかありません。
──サッカー選手に区切りをつけて、別競技に転向する決断は容易ではなかったと思います。
菊池 そうですね。フットサルへの道も考えている一方で、サッカーについてもどうしようかと思っていたので、決断に至るまでそれなりに時間はかかりました……。
──島村毅さんはJリーグ・湘南のOBで、フットサルクラブに転向したという同じような境遇がありますが相談はしましたか?
菊池 島くんには「まだできるんじゃない?」「サッカー選手を諦めるのはもったいないよ」という言葉をかけてもらった一方で「フットサルへのチャレンジはめっちゃいいとも思っていて、クラブとしてもおもしろい挑戦だと思うから、最後は大介が決めな」と。他にもたくさんの人に相談して、いろいろな意見をもらったなかで、最後は自信を持って決断しました。
──しかも、選手だけではなく、フロントスタッフとしても働くことに。
菊池 プロ契約ではないため、競技以外でお金を稼ぐ必要がありました。フットサル挑戦以外にもクラブに貢献したいと思っていたので、坂本さんや佐藤社長とも話し合って、フットサルのフロントスタッフ、サッカーのスクールのコーチと営業を任せてもらえることになりました。こんなにたくさんの仕事をさせてもらえる機会はなかなかないですし、いろいろな角度から貢献できるのでうれしいですね。
──社会人としての経験はこれが初めてですよね?
菊池 そうですね。それぞれの仕事で覚えないといけない業務が違いますし、名刺の渡し方からメールの送り方、電話の仕方など、社会人として必要な知識をイチから覚えているところです。
──すごく多忙だと思いますが、どんなスケジュールなんですか?
菊池 基本的に、火曜から金曜の午前はフットサルの練習があって、その後、仕事をする生活です。火曜日は平塚でサッカースクールの仕事をして、水曜日はフットサルクラブのフロントスタッフとして、木・金曜はサッカークラブの営業として働いて、土日はリーグ戦というサイクルです。試合が被らなければサッカーのホームゲームの運営を手伝いにいくこともあって、月曜日はオフです。
──新しいことを一つ始めるだけでも大変だと思いますが、フットサルも合わせて4つの新しい仕事をされているということですよね。相当なパワーを要しそうですが……。
菊池 どちらかというと、大変さよりも充実感のほうが強いですね。いろいろなことを経験させてもらえることへの感謝しかないですし、スキルアップのチャンスと捉えています。今は、1日1日を無駄にしないように頑張らなきゃなと思ってやっています。
ミスばかりだけど「それがめちゃくちゃ楽しい」
──フットサルを本格的に始めてみて、どうですか?
菊池 フットサルに挑戦するか迷っていた時、2日間の練習参加をさせてもらったのですが、想像していたものとはまったく違いました。正直、もうちょっとできると思っていたのになにもできなくて。それが悔しくて、自分のなかでスイッチが入りました。一番下からのスタートになりますけど、今はみんなを追い抜いてやろうという気持ちでいます。
──フットサルのどういうところに難しさを感じましたか?
菊池 根本な考え方が違うなと。ボールを止める位置などの細かい部分も全く違いますし、戦術やサインプレーがたくさんある。一個一個のプレーすべてがゴールにつながっている印象です。
──フットサルを始めたばかりの選手は、ピッチ上で迷子になると言います。
菊池 その感覚、めちゃくちゃありますね。一度、置いていかれると、なにをどう動いていいかがわからなくなるので……。みんなは体に染みついているので、僕も勝手に体が動くまでやり続けないと活躍できないと感じています。
──フットサルはサッカーに生きると感じますか?
菊池 それもすごく思いますね。サッカーに生かせるプレーもありますし、逆にサッカーをフットサルに生かせる部分もあると感じています。ただ、違う競技なので、無理をしてでもフットサルの蹴り方、止め方に変えていく必要はあります。そこはこれからもっともっとやっていきたいです。
──松井大輔選手もフットサルに転向して苦戦されていました。
菊池 松井選手がフットサルをプレーしている姿をしっかりと見たことはなかったのですが、「サッカーであれだけ素晴らしい経験をしている選手でも簡単じゃない」という話は耳にしていました。実際、まさに簡単じゃないことを肌で感じています。ただし、普通にチャレンジして、普通に終わるつもりはない。ピッチでクラブに貢献するという強い思いがあります。表現が難しいですけど、仮にこの1年を棒に振るくらい試合に出られなかったとしても、フットサルのことをもっと知って、2年目から試合にコンスタントに出るくらいの気持ちで、今はチャレンジしています。
──最初は試合に出られなかったとしても。
菊池 今は新しい体験をさせてもらっていて、上には上がいて、みんないいプレーをたくさんしていて、自分はミスをしていいプレーができない。この感覚は、小学生の時を思い出しますね。でも、それがめちゃくちゃ楽しいです。
──ベルマーレだからフットサルをしているのではなく、純粋にフットサルという競技に魅力を感じて、ハマっているから、今はフットサルをプレーしている。
菊池 そうですね。フットサルという競技にもっともっとハマっていくと思いますし、今はやっていて楽しいです。ただベルマーレからどこかに移籍するということは考えてないですよ(笑)。
──フットサル選手としてはどんなプレーヤーになりたいですか?
菊池 サッカーの時も一緒ですが、自分が周りのミスを助けたり、前向きなプレーをすることでチームを乗せたりできたらいいなと思います。チームの中で存在感があると言いますか、ピッチに立ったら空気が変わって、試合のリズムが自分たちに傾くような選手になりたいですね。
──伊久間洋輔監督やコーチにはアドバイスを求めていますか?
菊池 監督やコーチはもちろん、若い選手にも、年齢関係なく聞きに行っています。そういう立場だと思うので。わからないことはわからないと言わないと身につかない。その姿勢は練習中から意識していますし、フットサルを始めたばかりの頃に比べるとやりやすくなってきたと感じています。
──フットサルのポジションとプレースタイルは?
菊池 ポジションは基本的にアラですね。ベルマーレのスタイルは僕がやってきたサッカーとつながる部分もあって、相手を休ませないことやゴールに向かっていく姿勢、相手よりも走り、戦うというスタイルは自分が見せられる部分だと思うので、そうした意識を若い選手により持ってもらうなど、いろいろなところでチームに貢献できると思っています。
──ロドリゴ選手が退団して「10番」は空いていますが、プロ1年目の時に背負っていた「38番」を選んだのはなぜですか?
菊池 「38番」は高校1年生の時にサッカーのトップチームに登録させてもらって、初めてもらった番号でした。自分にとってすごく思い入れがあり、チームを離れた時もその番号を選んでいました。ロドには「Jリーグで10番を着けていたし、10番どう?」って冗談混じりに言われましたけど、「まだ早い」と。フットサル選手として一つひとつ積み上げていって、いつか10番を着けられたら最高ですね。そのほうがストーリーとしてもきれいなので、いつかそうなれるよう頑張りたいです。
──ちなみに、仲の良い選手はいますか?
菊池 靏谷春人や牧野謙心、萩原真夏、中澤航といることが多いですね。
──若い選手が多いですね。
菊池 そうですね。それぞれ選手としても人間としても特徴があっておもしろいですよ。フットサル選手は、サッカー選手とはまた一味違う個性があるな、と。基本的にみんな仕事をしながらプレーしていて、しっかり両立している。仕事に向かうスイッチの入れ方もすごいので、自分も見習わないといけないなと逆に勉強させてもらっています。
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