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“全盛期をNBAで観たかった”世界中のファンにそう思わせたアルビダス・サボニスが全米に与えた衝撃【レジェンド列伝・後編】<DUNKSHOOT>

サボニスが全盛期にNBAに挑戦していたら、リーグの歴史は変わっていたかもしれない。(C)Getty Images
■欧州ですべてをやり尽くし、9年の時を超えNBAへ

1988年のソウル五輪で金メダルを獲得し、1989年にスペインのバリャドリーと契約したサボニスはその後、レアル・マドリーに移籍し、都合6年間をスペインで過こした。ケガに加えて、体調管理には必ずしも気を配るほうではなかったために、若い頃のスピードやジャンブ力は失われていた。それでも1992年には独立を果たしたリトアニアの代表として、バルセロナ五輪で銅メダルを獲得し、1994、95年にはスペインリーグMVPを受賞。1995年はヨーロッパ・バスケットの最高峰であるユーロリーグを制し、ファイナル4MVPに輝くなど、その実力は段違いだった。

もはやヨーロッパでやり残したことはなかった。

「バスケットボール選手なら、誰でもNBAでプレーしたい。このチャンスを逃して、一生後悔したくない」

ドラフトから9年、ついにサボニスはアメリカへ渡る決意を固める。ヨーロッパで最高の選手と言っても、すでに30歳を過ぎているし、故障だらけでまともにプレーできないのでは……。そんなポートランドのファンの懸念は無用だった。

221cm・132kgの鈍重な見た目からは想像もつかない、鮮やかなビハインド・ザ・バック・パスやノールック・パスに観衆は目を見張り、高確率で決まる3ポイントシュートに喝采を送った。
ショータイム・バスケットの第一人者マジック・ジョンソン(元レイカーズ)も「外からも内からも得点できて、おまけにあのパスときたら!あのバスケットボールセンスは教えたって身につくものじゃない」と絶賛した。

シーズン途中からは先発に回り、3月第4週は平均20.3点、9.5リバウンド、1.75ブロック。1試合27.8分という出場時間でこれだけの数字を残し、週間MVPに選出された。31歳のオールドルーキーの奮闘で、ブレイザーズは14年連続のブレーオフ進出。1回戦でユタ・ジャズに敗北を喫したものの、サボニス自身は平均23.6点、10.2リバウンドと気を吐いた。

サボニスの活躍は、ブレイザーズのチームメイトの間に複雑な感情を引き起こした。デイモン・スタッダマイアーら若い選手は「あんなにパスの上手いビッグマンは見たことがない」と単純に感心していたが、バック・ウィリアムズやクリフォード・ロビンソンらの古参選手は「彼がもっと早く入団していたら、俺たちは何度も優勝できていたのに」と残念がった。

ブレイザーズは1990、92年にファイナルへ進出しながらも、センターに人材を欠き優勝できずに終わっていた。対戦相手だったデトロイト・ピストンズとシカゴ・ブルズにも強力なセンターがいなかったので、 その頃サボニスがいたならば、マイケル・ジョーダンのチャンピオンリングはひとつかふたつは少なくなっていたかもしれない。
■NBA引退後も、39歳にしてユーロリーグMVPに輝く

1997—98シーズンは平均16.0点、10.0リバウンドの自己最高成績。2000年にはカンファレンス決勝に進んだが、シャック率いるレイカーズに屈し、アメリカでは頂点を極められなかった。当時のブレイザーズはコート内外でトラブルが頻発し、サボニスもマイク・ダンリービー・ヘッドコーチや一部の選手との関係が悪化したため、2001−02シーズンはリトアニアに帰国。翌年はブレイザーズに戻ってきたが、大した活躍はできずに、7年間のNBA生活に幕を下ろした。

選手権共同オーナーとして母国のチーム、ザルギリスに復帰した2003−04シーズンは、39歳にしてユーロリーグのMVPに選ばれた。ヨーロッパとNBAで最高レベルに到達したサボニスは、ふたつのバスケットボールの違いについてこのように分析している。
「身体能力が高い選手が多く、接触も厳しいNBAは肉体的にタフだ。でも心理的には、試合数が少なく、どの試合も落とせないというプレッシャーが凄いユーロリーグの方が厳しいね」

2010年のFIBA(国際バスケットボール連盟)殿堂に続き、翌2011年にはバスケットボール殿堂入り。バスケットボールが国技となっているリトアニアでは、サボニスは正真正銘の国民的英雄である。息子のドマンタスもNBA入りし、サクラメント・キングスで活躍中だ。

サボニス以降も、多くのヨーロッパ出身選手がNBAの門を叩き、ダーク・ノビツキー(元ダラス・マーベリックス)のように大成功を収めた者もいる。だが、そのノビツキーでさえも、アメリカのファンに与えた衝撃度はサボニスに及ばない。ケガをする前のサボニスをNBAで観たかったとの思いは、ブレイザーズファンだけでなく、1980~90年代のNBAを知る者すべてが抱いているに違いない。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2011年7月号原稿に加筆・修正

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