必然的の決別、和解の真相、そして永遠の別れ――シャック&コビーが辿った紆余曲折のキャリア【NBAデュオ列伝|後編】<DUNKSHOOT>
■来るべくして訪れた決別を経て、ついに両者に芽生えた和解の心
シャックとの確執以外には順風満帆だったコビーの人生が、突然のスキャンダルに見舞われたのは2003年の夏だった。コロラド州で19歳の女性に性的暴行を加えた容疑で逮捕されたのだ。
「あくまで合意の上で関係を持った」とコビーは主張。被害者側の証言にも疑わしい点があったため、最終的に告訴は取り下げられた。しかしこの一件で、彼の社会的なイメージや信用は地に堕ちてしまう。
この裁判に忙殺されたコビーは、ヒザの手術の影響もあって、2003-04シーズンのトレーニングキャンプに間に合わず。だが、シャックは「ここにいる奴らだけで十分勝てる」と宣言し、遅れて合流したエースに「ヒザが治るまでシュートは控えてパスに専念しろ」と言い放つ。これに対してコビーも「僕がどうプレーするか、彼にアドバイスされる必要はない」と反発し、ふたたび「冷たい戦争」が始まった。
シーズンに入ってからも対立は収まらず。ついにはコビーがインタビューで公然とシャックを罵倒する事態に至った。
「レイカーズは俺様のチームだ。俺の言うことが気に入らないなら出ていけ」と公言していたシャックを「キャンプに太りきった身体でやってくるような奴がリーダー? 勝った時だけ自分のおかげ、負ければ他人のせいにするような奴が?」と嘲笑したのだ。
「裁判の時は、多くの人たちが僕に声をかけてくれた。チームメイトはもちろん、(サクラメント)キングスのマイク・ビビーやクリス・ウェバー……、タイガー・ウッズも電話で激励してくれた。でも、シャックからは何もなかったね。彼の叔父さんでさえ連絡をくれたのに、“ビッグ・ブラザー”とやらからは、一言の言葉もなかった」
コビーはそう憤り、「僕がチームを出て行くとしたら、それは子どもじみて、自分勝手で、嫉妬深いシャックが理由だ」と吼えた。
ここまでに幾度とこじれた両者の関係修復はもはやあり得なかった。2年ぶりにファイナルに進出したレイカーズも、圧倒的有利を予想されていたピストンズを相手に、わずか1勝しかできずに敗退してしまった。
そしてこれが、レイカーズにおけるシャックとコビーの最後の共演となった。球団首脳は、シャックよりも若いコビーをチームの柱として選び、シャックはラマー・オドムらとの交換でマイアミ・ヒートへトレード。8年の長きにわたり、醜い争いを繰り広げた2人のスーパースターは、ついに袂を分かつことになった。
離れ離れになってからも、諍いは止まらなかった。機会さえあれば悪口を言い合う冷たい関係が続いていた。だが、和解の日は突然、訪れる。
2006年1月16日、ロサンゼルスでのレイカーズ対ヒート戦の試合前。シャックがコビーのもとに歩み寄り、握手をして抱き合ったのだ。
「ビル・ラッセル(元ボストン・セルティックス)に薦められたんだよ。本当のライバルとはどんなものかとね」
和解の理由をシャックは語った。
「ラッセルとウィルト・チェンバレン(元フィラデルフィア/現ゴールデンステイト・ウォリアーズほか)は長年の好敵手だったけど、2人の間に悪感情はなかった。俺たちもすべてを水に流して、前に進むべきだと諭されたんだ。マーティン・ルーサー・キング・デイ……。平和を願った偉人の記念日でもある今日が、和解にふさわしいと感じたんだ」
「驚いたけど嬉しかったよ」とコビーは素直に感想を述べた。「僕らの間にはいろいろなことがあったけど、もう過去のことだ」と。
その後、コビーは1試合81得点を記録するなどスコアリングマシンとしての才能を全面的に開花させ、2年連続得点王にもなった。一方のシャックもドゥエイン・ウェイドとともにヒートを2005-06シーズンに王座へ導いた。
当時、インタビューでシャックとの関係について問われたコビーは、次のように答えている。
「彼がいなくなって寂しいとは思わない。ただ、彼とプレーしていた時代……いろいろなことがあったけど、結局すべてが上手くいっていた時代を懐かしいと思うのは確かだ」
その後、二人の関係は日を追って改善されていく。コビーが自らの通算得点を超えた際にはシャックが祝福のコメントを発し、シャックの永久欠番セレモニーではコビーがビデオメッセージを寄せた。
引退を発表の際にシャックから「最後の試合で50点取ると約束してくれ」とけしかけられたコビーは60点を記録。「あいつこそ史上最高のレイカーだ」という戦友から贈られた最大級の賛辞に、思わず頬を緩めた。
2020年1月26日、ヘリコプター事故によってコビーは世を去った。「友であり、弟であり、ともに勝利を手にしたパートナーであり、相棒だった……俺たちはお互いに嫌い合ってはいなかった。あれは兄弟喧嘩のようなものだったんだ」。かつての確執について、シャックはそう振り返った。結末は悲劇となってしまったが、これ以上ないほど激しい展開だった2人のドラマを、NBAファンは決して忘れることはない。
文●出野哲也
※『ダンクシュート』2007年7月号原稿に加筆・修正
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