ノビツキーが“引き際の難しさ”を語る「NBAでのラスト2年間が本当に価値があったか」<DUNKSHOOT>

2019年に現役を引退したノビツキー。21年間NBAで戦った経験から、アスリートの引き際の難しさを語った。(C)Getty Images
 ドイツ出身のダーク・ノビツキーと言えば、現役生活21年、40歳までダラス・マーベリックス一筋でプレーしたレジェンドで、NBAのインターナショナルプレーヤーの代表的存在としても歴史に名を刻んでいる。今年1月には永久欠番のセレモニーも行なわれたが、本人には“もっと早く引退すべきだった”との思いが少なからずあるようだ。

 1998年のドラフト全体9位でミルウォーキー・バックスに指名され、同日にトレードでマブズ入りしたノビツキー。ロックアウトによる短縮シーズンだったルーキーイヤーはNBAのフィジカルに苦しんで平均8.2点に終わったが、翌年から主力に定着。3年目の2000-01シーズンからは12年連続で平均20点以上をマークするなど、リーグ屈指のパワーフォワードとして活躍した。

 7フッター(213cm)ながらシュートレンジが広く、片足でのステップバックジャンパーは防御不可能なシグネチャームーブとして恐れられた。

 2010-11シーズンに悲願のリーグ優勝を果たして以降は徐々に成績を落とし、18-19シーズンを持って引退。通算1522試合出場は歴代4位、3万1560得点は同6位で、「41番」はマブズの永久欠番となった。

 昨年6月からマブズのスペシャルアドバイザーに就任したノビツキーは、サッカーの名門レアル・マドリードでプレーするドイツ代表MFトニ・クロースと弟フェリックスがホストを務めるポッドキャスト『Einfach mal Luppen』に出演し、自身の“晩年”について触れた。
 「NBAでのラスト2年間が本当に価値があったかどうか考え続けている。もちろんハイライトはあったけど、コート上のパフォーマンスは良くなかったし、全然動けなかった。その2年前に辞めていたら、もっと動けて、時々子どもたちとサッカーができただろうね。今は全然できないんだ」

 引退してから週に数回テニスをしているというノビツキーだが、20年以上現役を続けた反動か、動きには制限があるという。

「歩み(現役生活)を止める正しいタイミングを見つけるのは難しい。まだ楽しいし、身体も半分動いて、モチベーションがあるからね。スポーツは楽しいけど、(日常生活で)まったく動けなくなったら大変だ。もうあまり動けないから、(テニスでは)ダブルスでベースライン際でフォアハンドショットを打つだけさ」

 ノビツキーは数少ない1つのチームでキャリアを終えた正真正銘のフランチャイズプレーヤーだが、「2011年に優勝できていなかったら、キャリア終盤に別のチームへの移籍も考えていたかもしれない。幸い、そうはならなかったけどね」と語る。そして、スペシャルアドバイザーを含めて、セカンドキャリアを楽しんでいるようだ。

「自由があって、1日を計画的に使えるのは素晴らしい。1か月休んで、家で妻をサポートするために過ごしたりもする。その次の数週間では、マブズのコンサルタントとしての役割にもう少し積極的になる。フルタイムで仕事をするなんて想像できない。だからフロントにコンサルタントを頼んだんだ。今はすごく快適だよ」

 現役最後の2年間は、ノビツキーにとって少なからず後悔があるかもしれない。それでも、彼がNBAで残した功績が色褪せることがないのは紛れもない事実だろう。

構成●ダンクシュート編集部

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 ドイツ出身のダーク・ノビツキーと言えば、現役生活21年、40歳までダラス・マーベリックス一筋でプレーしたレジェンドで、NBAのインターナショナルプレーヤーの代表的存在としても歴史に名を刻んでいる。今年1月には永久欠番のセレモニーも行なわれたが、本人には“もっと早く引退すべきだった”との思いが少なからずあるようだ。

 1998年のドラフト全体9位でミルウォーキー・バックスに指名され、同日にトレードでマブズ入りしたノビツキー。ロックアウトによる短縮シーズンだったルーキーイヤーはNBAのフィジカルに苦しんで平均8.2点に終わったが、翌年から主力に定着。3年目の2000-01シーズンからは12年連続で平均20点以上をマークするなど、リーグ屈指のパワーフォワードとして活躍した。

 7フッター(213cm)ながらシュートレンジが広く、片足でのステップバックジャンパーは防御不可能なシグネチャームーブとして恐れられた。

 2010-11シーズンに悲願のリーグ優勝を果たして以降は徐々に成績を落とし、18-19シーズンを持って引退。通算1522試合出場は歴代4位、3万1560得点は同6位で、「41番」はマブズの永久欠番となった。

 昨年6月からマブズのスペシャルアドバイザーに就任したノビツキーは、サッカーの名門レアル・マドリードでプレーするドイツ代表MFトニ・クロースと弟フェリックスがホストを務めるポッドキャスト『Einfach mal Luppen』に出演し、自身の“晩年”について触れた。
 「NBAでのラスト2年間が本当に価値があったかどうか考え続けている。もちろんハイライトはあったけど、コート上のパフォーマンスは良くなかったし、全然動けなかった。その2年前に辞めていたら、もっと動けて、時々子どもたちとサッカーができただろうね。今は全然できないんだ」

 引退してから週に数回テニスをしているというノビツキーだが、20年以上現役を続けた反動か、動きには制限があるという。

「歩み(現役生活)を止める正しいタイミングを見つけるのは難しい。まだ楽しいし、身体も半分動いて、モチベーションがあるからね。スポーツは楽しいけど、(日常生活で)まったく動けなくなったら大変だ。もうあまり動けないから、(テニスでは)ダブルスでベースライン際でフォアハンドショットを打つだけさ」

 ノビツキーは数少ない1つのチームでキャリアを終えた正真正銘のフランチャイズプレーヤーだが、「2011年に優勝できていなかったら、キャリア終盤に別のチームへの移籍も考えていたかもしれない。幸い、そうはならなかったけどね」と語る。そして、スペシャルアドバイザーを含めて、セカンドキャリアを楽しんでいるようだ。

「自由があって、1日を計画的に使えるのは素晴らしい。1か月休んで、家で妻をサポートするために過ごしたりもする。その次の数週間では、マブズのコンサルタントとしての役割にもう少し積極的になる。フルタイムで仕事をするなんて想像できない。だからフロントにコンサルタントを頼んだんだ。今はすごく快適だよ」

 現役最後の2年間は、ノビツキーにとって少なからず後悔があるかもしれない。それでも、彼がNBAで残した功績が色褪せることがないのは紛れもない事実だろう。

構成●ダンクシュート編集部

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