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大谷翔平がエンジェルスを“卒業”する日――ワールドチャンピオンを目指すならFA移籍は不可避?〈SLUGGER〉

昨シーズンは二刀流の活躍で飛躍の1年となった大谷。しかし所属するエンジェルスは低迷が続き、6年連続で負け越している。(C)Getty Images
昨年9月26日、マリナーズ戦に先発した大谷翔平(エンジェルス)は7回5安打1失点、10奪三振と好投しながら10勝目を逃した。7回表に同点に追いつかれた後の攻撃が無得点に終わると、大谷はダグアウトでバットを叩きつけ珍しく怒りを露わにした。

試合の後の会見で、大谷は次のように語っている。

「ファンの人も好きですし、球団自体の雰囲気も好きではある。ただ、それ以上に勝ちたいという気持ちが強いですし、プレーヤーとしてはそれの方が正しいんじゃないかなと思ってます」

もし、大谷が本当に「勝ちたい」のであれば、2023年オフにフリー・エージェントとなった時、新天地へ旅立つべきだ。

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エンジェルスが最後に勝ち越したのは15年。昨季も、大谷が二刀流で歴史的な活躍を見せたにもかかわらず77勝85敗で地区4位に低迷し、連続負け越しシーズンは6年に伸びた。この間、マイク・トラウトが16年と19年、そして大谷が21年にMVPを受賞しているが、勝利にはまったく結びついていない。ある意味で、チームとしての「機能不全度」は、パイレーツやオリオールズを上回っていると言っていいかもしれない。
大谷の言葉を受けて、というわけではないかもしれないが、エンジェルスはこのオフ積極的に動いた。メッツからFAとなったノア・シンダーガードを1年2100万ドルで獲得すると、マイケル・ローレンゼンと1年675万ドル、ベテランリリーフ左腕のアーロン・ループと2年1700万ドルで契約。さらにはクローザーのライセル・イグレシアスを4年5800万ドルで引き留めた。

これらの動きを見れば、ペリー・ミナシアンGMが本気で勝利を目指していること自体は疑いようがない。実際、ロックアウト突入時点での「オフの勝者」にエンジェルスを挙げるメディアもあった。
ただ、本当に「効果的な補強だったか」と言われると、疑問符もつく。

まずはシンダーガードだ。健康ならエースの器であることは疑いようがないが、トミー・ジョン手術の影響でこの2年間はわずか2.0イニングしか投げていない。しかも、クオリファイング・オファー(QO)物件だったため、ドラフト指名権を献上しての獲得だった。2年目のオプションもついておらず、活躍したとしても1年で去ってしまう可能性もある。

同じくメッツからFAとなったマーカス・ストローマンは3年7100万ドルでカブスと契約したが、年平均にすればシンダーガードと大して変わらない。昨季は一人も規定投球回をクリアできず、100イニングを超えたのも大谷だけというエンジェルスにとっては、シンダーガードよりもストローマンの方がフィットしていたのではないか。

ローレンゼンも、シンダーガードとは別の意味でリスクが高い。メジャー1年目の15年に21先発したが、その後はほぼリリーフに専念。しかも、過去2年は45試合で防御率4.88に終わっている30歳の右腕が、先発でどれだけの結果を残せるのか。

イグレシアスとの再契約も同じだ。確かに昨季は34セーブ、防御率2.57と素晴らしい成績を残したが、すでに32歳。しかも、契約内容を見ると、22年が年俸1000万ドルで、23~25年が1600万ドル。つまり、加齢でパフォーマンスが落ちる可能性が高い時期に年俸が上昇するということだ。

大谷がFAとなり、どのチームでプレーするにせよ、24年は新契約1年目になる。だが、エンジェルスは現時点ですでに、24年にマイク・トラウトやアンソニー・レンドーン、ライセル・イグレシアスのベテラン3人の年俸で計9000万ドルもの大金を投じることが確定している。 ここに大谷の新契約が乗ると、4人で1億2000万ドルを超える可能性が高い。オーナーのアート・モレノは積極補強を認める一方、「ぜいたく税ラインは超えない」方針を堅持してきた(過去、エンジェルスがぜいたく税を払ったのは04年の一度しかない)。この方針を今後も維持するなら、大谷との再契約は現時点ですでにハードルが高くなっている。 もっとも、大谷一人を引き留めるだけなら、決して不可能ではない。問題はそれで「勝てるのか」ということだ。全盛期を過ぎた(可能性が高い)トラウト、レンドーンを抱えた上に大谷にも大金を払い、さらに戦力均衡税の枠内で優勝を争うロースターを構築するのは限りなく“無理ゲー”に近い。

「レイズは貧乏球団でも勝っているじゃないか」という人もいるかもしれない。確かにその通りだ。しかしながら、レイズとエンジェルスには決定的な違いが2つある。

まずはマイナー組織の充実度だ。レイズの場合、ランディ・アロザレーナ、シェーン・マクラナハン、ワンダー・フランコといった新鋭が毎年のようにメジャーの舞台に登場し、マイナーからの絶え間ない人材供給システムが完全に構築されている。

一方、今年8月にMLB公式サイト『MLB.com』が発表したファーム組織充実度ランキングで、エンジェルスは全30球団中24位だった(『ベースボール・アメリカ』誌では25位)。ブランドン・マーシュとジョー・アデルがプロスペクト枠を卒業し、現在最も高い評価を集めているのは先発左腕のリード・デトマース。しかし、将来像は先発3~4番手と言われ、一人でチームを変えられるような存在ではおそらくない。

地元紙『ロサンゼルス・タイムズ』のマイク・ディジオバーナはエンジェルスのマイナー組織について「ハイオクの資質を持った投手は数人いる」としながらも、「全体的に層が薄く、パワーの潜在能力を持った野手が少ない」と指摘。「数年前に比べればマシだが、MLB全体では下位3分の1に位置する」と総括する。

日本プロ野球やNBA、NFLと違って、MLBでは「ドラフト即戦力」は存在しないに等しい。そのため、ファーム組織の状況が一夜にして激変することもない。言い換えれば、戦力解体でもしない限り、2年後のエンジェルスがプロスペクトの宝庫になる可能性は限りなく低い。
レイズとのもう一つの違いは「補強センス」だ。他球団で埋もれていた選手に“魔改造”を施して開花させるのをお家芸にするレイズに対し、エンジェルスではそうした「お宝発掘」の例が皆無に近い。逆に、このオフのループにしてもイグレシアスにしても、市場で最高値がついた状態で獲得するので、どうしても割高になりやすい。

そもそも、シーズンごとに成績が変動しやすく、比較的替えも利きやすいクローザーに気前良く大型契約を与えるチームはMLB全体で減っている。例えばアストロズは、ライアン・プレスリーが年俸1000万ドル、ヘクター・ネリースが850万ドル、ペドロ・バイエズが550万ドルと、抑え経験のある複数の投手にうまくリスクを分散している。イグレシアスと「一蓮托生」のエンジェルスとは好対照だ。

すでに複数の超大型契約を抱え、ファーム組織も充実しているとは言えない状態、フロントの補強センスにも疑問符というなかで、今後に果たして劇的な戦力上昇を見込めるだろうか。
改めて振り返ると、大谷がメジャー入りに際してエンジェルスを選んだのは正解だった。二刀流が可能なDHのあるア・リーグで、温暖な気候の西海岸のチーム。ロサンゼルス都市圏を本拠地としながら、メディアの注目度もそこまで大きくないため、余計なプレッシャーを感じることなく試行錯誤できた。

もし、レッドソックスやヤンキースを選んでいたら、20年の時点で二刀流断念を余儀なくされていた可能性も大いにあったはずだ。その意味では、自由な挑戦を可能にさせてくれたエンジェルスに、大谷はもちろん、ファンも感謝するべきなのかもしれない。

だが、大谷が一人のプレーヤーとして次のステージに進みたいのなら、ポストシーズンという大舞台に立ち、しびれるような緊張感の中で実力を証明したいのなら、アナハイムから旅立つべきだ。

もちろん、2年後のエンジェルスが実際にどうなるかは誰にも分からない。マーシュ、アデル、デトマースが期待通り、いやそれ以上に開花し、トラウトやレンドーンが加齢をものともせずに活躍を続ける可能性もある。
だがおそらく、その時点でエンジェルス以上の戦力を誇るチームが他にいくつもあり、稀代の二刀流選手獲得に乗り出すだろう。大谷はその中から、最も頂点に近いチームを選べばいい。それが許されるのが、フリー・エージェントという制度なのだ。

文●久保田市郎(SLUGGER編集長)

※『SLUGGER』2022年3月号より転載

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