• HOME
  • 記事
  • 野球
  • ロックアウトは「億万長者と百万長者の争い」にあらず。オーナーたちの強欲と傲慢が招いたMLB開幕延期<SLUGGER>

ロックアウトは「億万長者と百万長者の争い」にあらず。オーナーたちの強欲と傲慢が招いたMLB開幕延期<SLUGGER>

シーズン最初の2カードが中止となり、開幕延期が決定。誰もが恐れていた事態がついに現実の物となってしまった。(C)Getty Images
 深夜2時過ぎにまで及んだ15時間の交渉も、デッドラインの1日延長も、最終的には実らなかった。3月1日(現地)、MLB選手会はオーナー側からの最終提案を拒否。コミッショナーのロブ・マンフレッドはシーズン最初の2カードを中止することを発表し、開幕延期が正式に決まった。

 これまでも、そして今回も、労使交渉が難航すると必ずと言っていいほど「億万長者対百万長者の戦い」という常套句が使われきた。一般ファンとは遠く離れた特権階級同士の争いという意味だ。

 だが、少なくとも今回に限ってはこの形容は正しくない。

 今回の労使対立を考える上で、前提条件として絶対に見落としてはならない事実がある。

 それは、MLBの収入が右肩上がりで増え続けているにもかかわらず、選手年俸は下がり続けているということだ。今回の労使対立は、この現状をどう是正するかをめぐっての攻防だった。 2010年に61.4億ドルだったMLBの総収入は、パンデミック直前の19年には100億ドルを突破。10年足らずの間に、実に70%も増えたことになる。にもかかわらず、選手平均年俸は増えるどころか、ここ4年間で6%も減少してしまった。現在、40人ロースターに名を連ねている選手のうち、年俸100万ドル以上はわずか31.4%に過ぎず、逆に28.2%はマイナーリーガーで4万ドル程度しか稼いでいないという。

 繰り返すが、この間もMLB全体の収入は増え続けている。では、その分の金はどこに行ったのか。そう、オーナーたちの懐だ。

 そこで選手会は今回、年俸の上昇を妨げる要因(戦力均衡税、若手選手の低待遇、球団のFA権取得時期操作、ドラフト高指名権獲得のため意図的に低迷するタンキングの横行など)を一つ一つ取り除くことを目指した。

 年俸調停権がないため不当に年俸を低く抑えられているメジャー3年目未満の選手のための「ボーナスプール」制度導入もその一つだ。もともと、選手会は年俸調停権取得時期の短縮を求めていたが、それを取り下げる代わりにボーナスプール導入に合意した。 だが、プールの総額についての選手会とオーナー側の隔たりはあまりにも大きかった。当初、1億500万ドルを要求した選手会に対し、オーナー側はわずか1000万ドル。選手会の要求が妥当かどうかはともかく、たった1000万ドルでは何の足しにもならない。最終的に3000万ドルに引き上げた(選手会も8500万ドルまで妥協した)が、現状を正しく認識した上での誠意ある対応とは言い難いものだった。

 戦力均衡税の引き上げについても同様だった。上でも指摘したように、この10年間でMLBの総収入は70%近く増えたが、同じ期間の戦力均衡税の課税ラインはわずか15%しか上がらなかった。

 戦力均衡税が選手年俸の抑制の大きな要因となっていることは、あのヤンキースでさえ、超過で課される「税金」を嫌っていることも明らかで、選手会は課税ラインの大幅引き上げを求めた。だが、オーナー側はペナルティの厳格化こそ撤回したが、課税ラインについては現状とほとんど変わらない2億2000万ドルを最後まで譲らなかった。 ここで、事態の進展を改めて振り返ってみよう。そもそも、ロックアウトを仕掛けたのはオーナー側だ。

 この時、マンフレッドはロックアウトに踏み切った理由を「交渉を加速させ、予定通りシーズンを開幕できるようにするため」と説明していた。にもかかわらず、オーナー側はその後43日間も交渉の席に着こうとしなかった。

 それに、2月28日を予定通りシーズンを開幕させるためのデッドラインとしたのもオーナー側だ。本気で事態を解決したいのなら、必ずしも28日にこだわる必要はなかったし、いくらでも柔軟な対応はできた(事実、交渉が進んだことでデッドラインは1日延びた)。

 デッドライン間際に至っても、オーナー側は最低年俸の引き上げを年1万ドル、戦力均衡税については100万ドルというように、まるで小馬鹿にしたような対案しか提示しなかった。これでは、意図的に交渉を決裂させようとしていたとしか思えない。 ロックアウトに踏み切ったのも、その後43日間にわたって交渉にの席に着かなかったのも、2月28日を交渉のデッドラインとしたのも、すべてオーナー側の決定で、そこに選手会はまったく関わっていない。そうであるならば、交渉決裂の責任をまず負うべきなのが誰なのかは明らかだろう。

 開幕延期が決まり、多くのファンが肩を落とす中、会見場に現れたマンフレッドはなぜか笑っていた。そして、そこでも「この5年間は収入面から見てかなり厳しいものだった」と事実と異なることを平然と言い放った。

「MLB機構とオーナーたちは最初から交渉をまとめるつもりなどなかった」。アナリストのライアン・M・スピーダーはツイッターでそう指摘した。「シーズン最初の4~8週間の収入を犠牲にしたところで、まだ利益を上げられる。それよりも、今後期待される大規模な収入を守ろうとしている」から、というのがその理由だ。 今後の交渉がどうなるのか、いつロックアウトが妥結するのか、そして開幕が一体いつになるのか、現時点では誰にも分からない。一つ確かなことがあるとすれば、ESPNのジェフ・パッサンが喝破しているように、「今回の事態はオーナー側が招いたものである」という事実だ。

文●久保田市郎(SLUGGER編集長)

関連記事