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ロブ・マンフレッドを「MLB史上最悪のオーナー」と断言できるこれだけの理由<SLUGGER>

失政続きのマンフレッド。このままロックアウトが解決せず、開幕延期となれば悪評は決定的になる。(C)Getty Images
ロブ・マンフレッドがMLBのコミッショナーになって、何か一つでもいいことがあっただろうか? 探せばあったかもしれないが、すぐに挙げられるような明確な功績は思い浮かばない。

反対に、目を覆いたくなる失政ならいくつも指摘できる。今回、オーナー側によるロックアウトが長期化し、開幕延期/シーズン短縮すら現実味を帯びるに至って「史上最悪のコミッショナー」との悪評はいよいよ動かしがたいものになっている。

マンフレッドが第10代コミッショナーに就任したのは2015年1月。それ以前から前任のコミッショナー、バド・シーリグの右腕として働いており、手堅い実務家と評されていたので、反対の声はほとんどあがらなかった。

そんな彼が就任当初から目標に掲げていたのは、試合時間の短縮である。野球は他のスポーツに比べて時間が長い上、スピード感にも欠けているので、若い世代が興味を示さなくなっている……との危機感から、ワンポイント・リリーフの廃止などの手段を講じたのだ。
その問題意識自体は間違いではなかっただろう。だが、ワンポイント・リリーフをなくしたところで短縮できるのはほんの数分でしかない。そんな効果の薄い対策を血眼になって打ち出していた姿は滑稽にすら思えた。

しかもその一方で、パスボール/ワイルドピッチの際には打者も一塁へ走っていいという、野球の根本に関わるようなルールを検討してもいた。こんなことを実施したら余計に試合時間がかかるのはわかりそうなもので、どうもピントのずれている人物なのではないか、との疑念が少しずつ高まり始めた。

19年にマイナーリーグの縮小計画を打ち出したのも、不信の念をさらに強くするものだった。厳しい環境に置かれているマイナーリーガーの待遇を改善するとの名目で、確かにそれは改善が必要なことではあったが、真の狙いは支出削減による経費圧縮だったと推測されている。21年にこの計画は実行に移され、40もの都市がMLB傘下の球団の本拠ではなくなってしまい、野球の草の根的な人気の低下につながるのではと危惧されている。 マンフレッドの評判を決定的に落としたのは、20年の開幕時期を巡るゴタゴタの解決に手間取ったことだった。

開幕直前に新型コロナウイルスがアメリカ国内で爆発的に広がったことから、開幕が延期されたのは当然の判断であった。だがその後、いつシーズンを始めるのか、試合数はどのくらいにするかを巡ってオーナー側と選手会が衝突。その際、マンフレッドが一貫してオーナーサイドに立ち続けたことで、選手会との関係を決定的に悪化させてしまった。

この時の確執が、現在の労使交渉にも悪影響を与えているのは疑いない。本来、コミッショナーはこの種の対立が生じた場合、中立の立場で事態の解決に努めなければならないのだが、マンフレッドの頭には、実質的な“雇い主”であるオーナー連中の機嫌を損ねないようにすることしかなかった印象がある。

ロックアウトにおいてもその姿勢に変化はなく、積極的に労使の間を取り持って交渉妥結に向け動いているようには見えない。マーカス・ストローマン(カブス)などはマンフレッドを「道化者」と嘲り、「これ以上野球を台無しにするのはやめてもらえませんかね」と強い調子で非難している。他の選手たちの意見もほとんど同じだろう。 これまでの言動や行動からして、マンフレッドには野球というスポーツそのものに対する敬意が薄いように思えてならない。20年に、ワールドシリーズの優勝トロフィーを「金属の塊」と形容して猛反発を招き、謝罪に追い込まれた一件などはその象徴だろう。マイナーの削減にしても選手会との対立にしても、目の前にある些末な問題にとらわれて、広い視野に立って見ることができないので混迷が深まっているのだ。

過去のコミッショナーたちも、決して評判のいい者ばかりではなかった。シーリグにしても、正式に就任する前の代行時代、1994年に発生した選手会のストライキを解決できず、同年のポストシーズンを中止に追い込んだ。

この一件によって最悪のコミッショナーと罵倒されたシーリグだが、その後ワイルドカードの導入などの改革を成功させ、またインターネット時代に上手に対応してビジネス的な大成功をもたらした。そのため、当初とは逆に最高のコミッショナーとまで呼ばれるようになったが、在任中に禁止薬物問題を放置した責任を問う声もある。
第6代のピーター・ユベロスは85年の労使紛争を短期で解決して賞賛され、重大な問題であったドラッグの追放にも尽力した。しかしながらFA選手締め出しの謀議を主導していたことが明るみに出て、今ではその存在は黒歴史扱いになっている。

初代のケネソー・マウンテン・ランディスは1919年のワールドシリーズで発生した八百長騒動(ブラックソックス事件)に際し、関与した8選手を永久追放とする厳しい措置によって、球界の浄化を実現した。MVPにもランディス賞の別名が付けられたほどだったが、黒人選手のメジャー参入を頑として拒否し続けたことでも知られ、今ではMVPからその名は削除された。

このように、正真正銘の名コミッショナーと呼べる者はいないのだが、彼らは少なからず功績もあった。一方、マンフレッドは失点を重ねるばかりでほとんど得点がない。何もしようとしていないわけではないけれども、やることなすこと的外れで却って悪い結果を招いている。 マンフレッドが名誉を回復するには、ロックアウトをなるべく早く終結に導くしかない。開幕が延期にでもなろうものなら、ただでさえ低い評判はさらに下がってしまう。最悪の事態を避けるには、オーナーたちの不興を買って再選に影響が出ることになろうとも、球界全体の利益を訴え、先頭に立って行動しなければならない。

そのような気概を持っている人物こそがコミッショナーにふさわしいのだが、マンフレッドは当てはまりそうにもないのが何とも残念だ。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB——“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

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