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【MLB不正投球問題の本質:前編】シーズン中の規制強化が巻き起こした波紋<SLUGGER>

6月から始まった審判の異物チェックに不満顔のマックス・シャーザー(現メッツ)。シーズン途中の規制強化に異論を唱える投手も多かった。(C)Getty Images
2021年6月に発覚した当時、球界で大きな話題を集めていた「不正投球」問題。投手がボールに粘着物質を付着させることはそれまで黙認されていたが、回転数向上のため“悪用”するケースが目立ったことから、MLB機構が規制を強化。シーズン途中での措置に投手たちは一斉に猛反発した。だが、彼らは本当に“被害者”なのか。事態を広い視野で捉えてみよう。

※スラッガー2021年9月号より転載(時系列は7月16日時点)

MLB機構が粘着物質を使ってスピンレートを上げようとする投手への「取り締まり強化」を実施して2日目の6月22日、当時ナショナルズにいたマックス・シャーザー(現メッツ)は報道陣を挑発した。その夜、彼は最初に審判から身体検査を受けた時に不満を露わにし、フィリーズのジョー・ジラルディ監督からの要求によってマウンドで2度目の検査を受けた際には激怒した。

「これはマンフレッド・ルールだ」。その夜、シャーザーは吐き捨てた。「彼に訊けよ」

そこで、私は実際にそうしてみた。もっとも、MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドが私の電話に出るとは思っていなかった。投手がボールに異物をつけることを禁じたルールを強化するのが遅すぎたとして、私はMLB機構とマンフレッドをずっと批判してきた。機構が動かなかったことで、投手たちは不正に手を染める許可を得ていたも同然だった。その結果、三振がゲームを支配するようになった。だが、マンフレッドは私に折り返し電話をかけてきて、私たちは話した。その時に彼が言った3つの単語が頭に残っている。

「我々は警告したはずだ(We warned you)」
MLBがすべての投手への検査を始めたのは6月21日からだが、秘密裏に事を進めていたわけではない。スプリング・トレーニングの時点から、MLB機構は2021年シーズン最初の2ヵ月間で異物使用の実態に関する証拠を捜査すると発表していた。スピンレートの向上がもたらす影響や、かつてないほど効果的な形でボールに異物を付着させる行為が蔓延しているとの報告に機構が懸念を抱いていたことを、投手たちは知っていたはずだった。

「3月に通達を送った時点で、我々がこの問題にはいずれ規律を持って臨まなければならないと考えていたことは、かなり明確だったはずだ」と、マンフレッドは私に言った。「その後、我々は6月まで何もしなかった。その期間を私がどう捉えているかって? 投手たちが問題を自己解決するための猶予期間だと考えている」

その代わりに投手たちは、MLBがリーグ全体にわたる広範囲の取り締まりを行うことを発表した6月初旬まで粘着物質を使い続けた。慌てて新しいルールに適応しなければならないことに、多くの投手は不満を募らせた。一方、スピンレートはその後1ヵ月で実際に下降した。
「選手たちがルールに従っているとファンを安心させたい」とマンフレッドは言った。「これはベースボールの威厳を考える上でも非常に重要なことだ。私は、(取り締まりを厳格化した直後の)初期のデータが示している通りになることを期待しているし、望んでいる。つまり、打率や出塁率、長打率が上がり、三振や四球、死球の割合が減るということだ」

それにしても、何万人ものファンが見守る中、審判が全投手のキャップやグローブ、ベルトをイニング間に検査せざるを得なくなる事態に、どうして陥ってしまったたのだろうか?
ある意味でこの問題は、100年以上にわたって投手たちが行ってきた儀式の延長線上にあるのだ。

1920年にスピットボールが禁止されてからも、投手たちはボールの変化を増すため、縫い目にしっかり指をかける以上の行為を秘密裏に続けてきた。50~60年代にヤンキースのエースとして活躍し、殿堂入りも果たしている左腕のホワイティ・フォードは、特製の指輪をはめてマウンドに上がり、ボールに傷をつけていた。70年代に2度のサイ・ヤング賞を獲得したゲイロード・ペリーは、異物が塗られた首、髪の毛、キャップ、ユニフォームなどを次々にさわって打者を幻惑した。そして、『Me & The Spitter(私とスピッター)』という本まで書いた。

「一流のスピットボーラーは犯罪者とは見なされない」と、ペリーはその本に書いている。「アーティストだと思われるんだ」
とはいえ、それはもう50年近く前の話だ。今の投手も、ワセリンを塗った程度のことでは非難されないだろう。少しでも相手より優位に立つためにあらゆる可能性を模索するのは、今も昔も変わらない選手の本能だ。しかも、おそらく捕まらないという状況であれば、なおさらだ。テクノロジーが進化するにつれ、不正技術も進化しているのである。

回転数が高いボールはその分だけ高い軌道を長く保ち、打者にボールが浮き上がるような錯覚を与える。打者のマッスルメモリーには、ボールはホームプレートに近付くにつれて軌道が落ちていくと記憶されているからだ。当然、スピンレートが高いボールは打ちにくくなる。ハイスピードカメラのおかげで、すべての球の正確なスピンレートを計測できるようになり、投手たちはどんなボールが最も効果的か分かるようになった。加えて、握りを強化するためのさまざま物質を試すことで、スピンレートを向上させるために最も効果的な物質も簡単に見つかるようになった。
9イニング平均の三振数はこの15年一貫して向上しており、05年の6.38に対して、19年は8.88となっている。もっとも、三振の蔓延が注目を浴びるようになったのはごく最近のことだ。18年より以前、三振数が安打数を上回るシーズンは存在しなかった。ところが21年、6月にMLB機構が取り締まり強化に乗り出した時点で、三振数は安打数を5000も上回るペースで推移していたのだ。

ただでさえ、ゆったりしたペースで進むことが常に懸念視されてきたベースボールというスポーツにあって、これはアクションの大幅減少に直結する。「私は以前から、フィールド上で行われるゲームが懸念を生じさせる形で変わっていることを指摘してきた」とマンフレッドは私に言った。「今後のルール変更の可能性についても、何度も話してきた。特に、ベースボールのように伝統が重視されるゲームでルールを変更しようというなら、違反行為を無視するわけにはいかない。この際、ルールの変更云々は忘れよう。これはすでにルールへの違反行為なんだ」

マンフレッドが言及しているのはルールブック3.01項だ。そこにはこう書かれている。「土やロジン、灯油、ヤスリ、エメリー研磨紙やその他の異物を使ってボールを変色させたり、傷をつけてはならない」。また、ルール6.02項C(投手の禁止行為)では3.01項をさらに発展させ、投手は「あらゆる種類の異物をボールに付着させてはならない」としている。「シャインボールやスピットボール、マッドボール、エメリーボールを含め、いかなる形でもボールを傷つけてはならない」「あらゆる種類の異物を身に着けたり、所有したりしてはならない」「手や指、手首には何も付けてはならない」。
これらのルールに違反した投手は10試合の出場停止処分(その間のサラリーは支払われる)を受ける。取り締まりが厳しくなってから最初の違反者が出るまでに7日を要した。6月27日、マリナーズのヘクター・サンティアゴが、クラブにベタベタした疑わしい箇所があるとして退場処分を受けた。本人はロジンバッグ(これはまだ合法とされる)に汗が混じっただけだと反論し、処分に不服を申し立てている。

この問題に関して、各チームは長い間ルールに背いてきた。あらゆるチームで、多くの投手がボールを握りやすくするために粘着物質を使っていた。大半は日焼け止めとロジンを混ぜたもので、不正行為とは考えられていなかった。多くの打者もこれを認めた。ピッチャーがボールの行き先を分かっていることが自分たちを守ることにつながると思っていたからだ。だが、一部の打者は今、後悔している。

「俺たち打者はバカだった。『コントロールを良くするためだからいいか。ぶつけられるのは嫌だからな』と考えていた」。強打者クリス・ブライアントは言う。「弱腰にもほどがある」

※後編へ続く

文●タイラー・ケプナー/『ニューヨーク・タイムズ』紙

【著者プロフィール】
ペンシルベニア州出身。13歳で自作の雑誌を制作し、15歳でメジャーリーグの取材を始める。大学卒業後、『シアトル・ポスト・インテリジェンサー』紙を経て、『ニューヨーク・タイムズ』紙でメッツ、ヤンキースの番記者を務め、2010年からナショナル・ベースボール・ライターとなった。Twitter IDは@TylerKepner。

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