二軍球場で聞いた「大谷翔平MVP」の報ーー“偉才”が遠い存在となった今、藤浪晋太郎は何を思うのか?
かつてのライバルがアメリカの野球史に名を刻んだとき、阪神タイガースの藤浪晋太郎は2軍の本拠地である鳴尾浜球場で黙々と走り込みを行なっていた。
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大粒の汗を流して引き上げてきた右腕は、「大谷選手について率直な感想を」と投げかけられると小さくうなずいて口を開いた。
「すごいなと思いますし、世界で誰もやってないことをやっているので歴史的な偉業だと思います。投打どちらもトップクラスのパフォーマンスで、そのうえ、両方やるっていう……。年間やるだけでも大変でしょうし、成績残すのは今後、現れるか現れないかの次元じゃないかなと思います」
11月19日、ロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平が今季のアメリカン・リーグMVPに満票で選出された際に、藤浪が放った祝福の言葉には、とてつもない“距離”を感じざるを得なかった。常に比較されてきたはずの存在が、もう手の届かない、果てしなく遠いところへいってしまったかのように。
「大谷翔平」と「藤浪晋太郎」は、ともに球界の未来を担う、いわば「竜虎」だった。規格外のスペックを持つふたりは、高校時代に甲子園で激突し、世間の注目を集めた。12年のセンバツでは、大阪桐蔭のエースとして君臨した藤浪が、大谷にソロ本塁打を打たれながらも花巻東を圧倒。そのまま全国の頂点まで駆け上がった。
プロ入り後も、同世代のフロントランナーは藤浪だった。新人ながら開幕ローテーションに入り、一足早くプロ初勝利も挙げた。1年目から3年連続で10勝以上をマーク。プロ入り後から二刀流に挑んでいた大谷とは単純比較ができなくなった感はあるが、虎の背番号19は日本球界が誇る逸材として、多大な期待をかけられてきた。
互いに2年目の14年3月に甲子園で行なわれたオープン戦では、2年ぶりの投げ合いが実現。5回1失点で勝利投手となった大谷は、「去年は歯が立たなかった。藤浪は結果を出している。僕は挑戦する立場」と追いかける立場として発言。ここからも、当時の両者の“差”が窺い知れた。
だが、競い合うように描いてきた藤浪の成長曲線は緩やかに下降し始める。4年目に7勝11敗という成績に終わると、先発ローテーション争いからもふるい落とされるようになった。「制球難」が負のイメージとして定着し始めた19年には1軍での登板がわずか1試合、キャリア初の未勝利というどん底も味わった。
いったい何が起こったのか。この不振の期間、投球フォームで試行錯誤を繰り返した藤浪は、一時は「リリースの感覚がない」とまで口にするほどに苦悩。過去の試合映像、トラックマンデータなど、あらゆる資料も見直した。
グラウンドから離れると、京都の寺院で座禅、写経にもチャレンジ。外へのアンテナも張り巡らし、ダルビッシュ有(現サンディエゴ・パドレス)の助言を仰ぐために18年オフにはアメリカに飛んだ。現地でトレーニングしていたクレイトン・カーショー(ロサンゼルス・ドジャース)からヒントを得て、グラブを頭上に掲げるフォームもシーズンで試行。入団時のワインドアップからセットポジション、ノーワインドアップ、二段モーションと、その時の状態や本人の感覚に応じて試せるものは、すべて取り入れた。
それでも、思うように結果が付いてこなかった。気づけば、先発ローテーションで唯一無二の存在だった圧倒的なパフォーマンスは鳴りを潜めた。2020年シーズンの終盤からはプロ入り初の“新天地”である中継ぎとして、復活のきっかけを探った。
あらためて先発として勝負すると決意して臨んだプロ9年目の今季は、「今までは自分の中で探っている状態だった。これと思いながら、違う…の繰り返しだったんですが“こういう道”っていうのが定まりました」と、春季キャンプからさまよい続けた迷路の出口を見つけたように手応えを口にしていた。
藤浪の1年目からボールを受け続け、苦しんできた道のりも知る女房役の梅野隆太郎も「今年はすごく良いと思う。(右打者の内角に)抜けるボールもないし、ここ何年かの状態とは全然違う」と称え、矢野燿大監督の意向でキャリア初の開幕投手にも指名され、再上昇への道筋は見えていた……はずだった。
蓋を開けてみれば、完全復活へは「道半ば」と言えるパフォーマンスに終始した。21登板(6先発)で、3勝3敗5ホールドポイント、防御率5.21という1軍成績を見てもそれは明らか。こだわり続けた先発としては開幕から1か月でローテーションから脱落し、チーム事情で再昇格したのは、ブルペン要員として。9月9日のヤクルト戦を最後に1軍での登板はなく、チームが最後の1試合まで繰り広げた熾烈な優勝争いの真っ只中で、戦力になり切れなかった。
今季終了から数日後、1年の悔恨、来季への雪辱など藤浪には様々な感情がこだましていた。その時に飛び込んできたのが、「大谷MVP」の報だった。先述の祝福の言葉を並べた後に27歳の右腕は、「刺激とはまた違いますけど、単純に、本当にすごいなというか、嬉しいなと思う」と結んだ。
それでも下を向いてばかりではない。12月9日、6年連続の減俸となった契約更改の場で藤浪はうつむくことなく、顔を上げて、こう言い切っている。
「もちろん悔しいですし、数字を出せない以上、プロ野球選手で給料下がるのは当然なことなので受け止めています。それに対して“クソ”って思いもありますし、取り返してやるって気持ちはある。やってやろうという気持ち」
プロ10年目を迎える来季も、藤浪はこだわり続ける先発で勝負をかける。今は次元が違っても、自分でしか歩めない道を前進していった先のどこかで、大谷との“再会”がある未来を願って——。
取材・文●チャリコ遠藤
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