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日体大学野球部・矢澤宏太「ドラフト1位でプロに行く」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

半年ぶりに、彼のもとを訪ねた。あの時には無かった、無数の報道カメラが、彼の一挙手一投足を狙っている。

 

「緊張します。グラウンドに来ただけなんですけど・・・」

 

プロ野球ドラフト会議を間近に控える、日本体育大学野球部4年生、矢澤宏太。22歳のリアル二刀流を取り巻く環境は、この秋、大きく変わっていた。

 

少し振り返っておこう。矢澤宏太は、日体大野球部のエースであり、中軸打者だ。投げては、最速152kmの快速球。打っては、パンチ力を併せ持つ俊足好打。半年前の取材では、ハッキリと公言していた。

 

「ドラフト1位でプロに行くのが目標です」

 

この時点で、複数の球団が、矢澤に興味を示していた。さらには、かつて元祖二刀流の大谷翔平を育てた、栗山英樹サムライジャパン監督は、代表チームのメンバーにアマチュアの彼の名を書き込んだ。

 

そんな矢澤が迎える、運命のドラフト会議。直後には、首都大学野球リーグの大一番も控えている。人生を変える一週間が始まろうとしていた。

 

10月15日。ドラフト会議を5日後に控えたこの日、矢澤は、首都大学野球・秋季リーグ戦のマウンドに立つ。日体大を含めた数校が、リーグ優勝を巡って大混戦となっている中、8回を1失点に抑え、勝利の立役者となった。

 

だが彼は試合後、自身を誇ることなく、1失点を反省し、勝因にチームメイトの活躍を挙げた。それには理由がある・・・

 

2年生で打者として、3年生で投手として、リーグのベストナインに選出されてきた矢澤。ところが二刀流でフル稼働するはずだった、この秋のリーグ戦では、コンディション調整に苦しみ、思うような活躍が出来ずにいた。

 

「結果に、内容が伴ってないんです」

 

2022年は、大学生の日本代表チームに召集され、オールアメリカンの大学チームと戦うなど、貴重な経験を積む一方で、体を鍛え、追い込む時間が犠牲となっていたのだ。

 

ピッチャーとバッター、2つの練習をこなしていくのが二刀流の定めだが・・・ 共に高いレベルを維持していくのは、容易いことではない。図らずも、それを証明してしまった。

 

こんな状態で、プロで通用するのだろうか? ほんの少しの焦り。打ち消してくれたのは、名匠・古城監督の矢澤への評価だった。

 

「彼はずっと高い目標に挑み続けてきて、だからこそ精神面の成長が著しいと思ってます。(二刀流だからこそ)野手と投手の橋渡し役として、チームの手本になってくれてますし。今の状態にしても、どうすればいいかは、矢澤自身が一番よく判っているはずですよ」

 

矢澤は、野球を始めた5歳の頃から、常にチームの中心にいた。高校時代もエース兼主力打者として活躍。だが甲子園出場は叶わず、ドラフトでは指名漏れの苦い経験もあった・・・

 

吉田輝星(こうせい・現北海道日本ハムファイターズ)や根尾昂(あきら・現中日ドラゴンズ)など、同年代の選手が華々しくプロ入りしていく中で、いつの間にか陰に隠れた存在になってしまった。

 

そんな中で、4年後のプロ入りを目指して日体大に進んだ矢澤。積み重ねてきた努力を、チームメイトの誰もが認めている。同期や後輩に話を聞くと、彼らは口を揃えて言う。

 

「野球に対して真面目」

 

もっとも、それ以外では『チャラい』『わがまま』『ちょっと面白い』と散々な言われようだったが、それも愛すべき存在だからこそだ。かけがえのない仲間の存在、それは間違いなく、矢澤の原動力だった。

 

もう一人、矢澤にとって大きな励みとなっているのが、日体大で出会った他競技の友人だ。ゴルフ部の中島啓太。2022年のマスターズに出場した、日本ゴルフ界の逸材である。

 

「あれだけ凄い選手なのに、謙虚で、練習も沢山積んでいて、常に向上心を持っているところは、素直に尊敬できるし、自分もそうありたいと思わせてくれる存在です」

 

10月20日。人生を決める日がやってきた。2022年ドラフト会議。矢澤には、すでに北海道日本ハムファイターズが1位指名を公表しているが、その時が来るまでは安心できない。

 

 

会議の様子を映し出すモニターの前に、矢澤や野球部の仲間たちが集まり、共に運命の瞬間を迎える。

 

モニターの向こうに、十二球団の代表者が揃った。1位指名の発表だ。

 

『第一巡選択希望選手。北海道日本ハム。矢澤宏太、投手、日本体育大学』

 

今、この時、4年越しの願いが叶った。その場に駆けつけ、最初に祝福してくれたのは、ずっと見守り続けてきた母、香さんだった。そしてドラフト会議の現場から、新庄剛志監督のメッセージも届く。

 

『矢澤君、ありがとう、君を採れました』

 

ドラフト会議は終わり、日の暮れたグラウンドでは、およそ300人の野球部員が矢澤を待っていた。すぐに胴上げが始まる!全員が、心から湧き上がる笑顔に満ちていた。

 

 

チームメイトに感謝の意を告げる矢澤。しかしすぐに言葉を切り替えた。

 

「リーグ戦、あと1試合残ってます。土曜日は絶対に勝って、優勝しましょう!」

 

4年間、共に本気で野球に打ち込んできた仲間たちと、一日でも長く、一緒に野球をしたい・・・ それが偽らざる思いだった。

 

2日後の10月22日、首都大学野球・秋季リーグ優勝を賭け、矢澤宏太は、桜美林大学との試合に先発する。ドラフト1位指名を受けた男が見せたのは、『魂のピッチング』だった。

 

 

8回まで0点に抑える力投を見せた矢澤。だが、1点リードで迎えた9回裏、自身のワイルドピッチで同点に追いつかれてしまう。

 

延長戦は、タイブレーク制により、ノーアウト1塁2塁からのスタート。10回の表、日体大はチャンスを活かせない。

 

そしてその裏、桜美林大学の攻撃。送りバントを決められ、ワンアウト2塁3塁。一打サヨナラのピンチだ。

 

「ボールが前に飛んだら、得点に絡む可能性があるので・・・ 三振しかないと」

 

狙うは、三振のみ。173cmの矢澤の体を、気迫のオーラが包み込む。そして・・・ 土壇場で、狙いすましての2者連続三振!エースのピッチングが、スタジアムの雰囲気を変えた。

 

つづく11回表、日体大は打線に火がつき、3点を奪う!その裏、抑えのピッチャーが締めくくり、4季ぶりとなるリーグ優勝が決まった!グラウンドの真ん中で、喜びを爆発させる日体大ナイン!

 

観客席では、メンバー入りを果たせなかった部員たちが、日体大名物<エッサッサ>の踊りを披露し、祝福してくれている。いつも飄々としている矢澤に、思わず熱いものが込み上げた。

 

ドラフトの指名漏れから始まった、4年間の大学生活。矢澤がそこで得たものは、野球の技術だけではなかった。これから彼は、ほんの一握りしか潜ることのできない、プロ野球への扉を開く。

 

 

仲間や指導してくれた恩師たち、そして家族・・・ 大勢の希望を背負って。

 

北海道日本ハムファイターズ、ドラフト1位、矢澤宏太。飛躍し続けるリアル二刀流は来春、プロ野球の世界に挑む。

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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