南葛SC・高橋翼「ボールは友だち」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
東京・葛飾区に、往来の人々の目を引く銅像がある。左足でのボレーシュートを放つ、大空翼・・・ この名にピンとくる人も多いだろう。連載開始から40年以上を経た今も、サッカー少年、少女たちの心を掴んで離さない、伝説のサッカー漫画《キャプテン翼》の主人公だ—
小学生からその才能をいかんなく発揮し、仲間と切磋琢磨しながら、世界で活躍するサッカー選手へと昇り詰めていく成長の物語。翼君の口癖『ボールは友達』は、子供たちの流行語になった。
同じ葛飾のグラウンドで、ボールを追いかける少年がいた。彼はチーム期待のストライカー、高橋翼君、14歳。強烈なシュートを決めるその姿は、まるで漫画から抜け出してきたかのようだ。そして、現実の翼君が所属するチームの名は《南葛SC》。これも漫画の翼君が通った、南葛小学校が意識されているのだろうか。
そう、チームの代表を務めるのは《キャプテン翼》の作者、高橋陽一さん、その人。漫画の世界が、現実世界に現れたのだ。
「よく『キャプテン翼』とかイジられて、プレッシャーを感じます。でも、僕も世界で活躍できるような選手になりたいです」
そんな中学生ストライカーの夢と、南葛SCの抱く夢を追いかけた。
南葛SCは、関東サッカーリーグに参加するクラブチームだ。もちろん目指すはJリーグ。そのために集められたメンバーもすごい!ワールドカップ3度出場の稲本潤一を始め、日本代表を経験したメンバーが4人も在籍している。その稲本もまた、《キャプテン翼》に夢中になっていたと言う。
「子供の頃から見ていた《キャプテン翼》が、リアルに南葛SCという姿になって、Jリーグを目指していくことに、僕自身、すごく共感しています」
現在、南葛SCは、稲本等が活動するトップチームと、高橋翼君を始めとする中学生主体のジュニアユースチーム、そして女子チームのウイングスで構成されている。Jリーグという高みを目指すには、チームの底上げが急務。そこで来年を目処に計画が進んでいるのが、高校生を主体としたユースチームの結成だ。そんな中で、当然のように期待を寄せられているのが、ジュニアユース最終年を迎えている、高橋翼君なのだ。同い年のチームメイト・寒川友稀君は、翼君に絶大な信頼を寄せている。
「いざという時に決めてくれるし、ピンチも救ってくれる。頼りになります」
まだ中学生ながら、身長178cmの恵まれた体格を駆使して、チームの中心として躍動する姿に、今年南葛SCに合流したばかりの人物が目を細めていた。芳賀敦—中村俊輔や南野拓実など、多くの名選手の育成に携わってきたベテラン指導者。現在、南葛SCユースチームの立ち上げに奔走している彼は—
「チームを立ち上げたら、監督も務めます。翼君はもちろん大切な人材です」
大きな期待を寄せられる翼君。自宅を訪ねると、さっそく見せてくれたのは、どっさり積まれた《キャプテン翼》。同じ名前で、同じ名前のチームにいることには、ちょっぴり? プレッシャーを感じていると言う。
「でも漫画の翼君みたいに、ボールと友だちになれば、凄いプレーが出来るのかなって」
なので聞いてみた。高橋翼君はボールと友だちですか? 彼はにっこり笑って、そしてハッキリ答えてくれた。
「友だちです」
生まれも育ちも東京・葛飾。翼君がサッカーを始めたのは、小学2年生の頃。父・良二さんが、サッカーと野球の体験入部を勧めたのがきっかけだったという。
「私が野球をやっていたので、息子には野球をやって欲しかったんですが・・・」
翼君は迷うことなくサッカーを選び、その魅力にのめり込んでいった。南葛SCに入ることになったのは、実は漫画の影響ではない。
「芝のグラウンドを使える環境はあまり無くて、それが地元にあるのが良いと思いました」
夢はプロサッカー選手。そのための現実的な判断。彼は着実に、前へと進んでいる。
夢を追う翼君同様、南葛SCもまたJリーグ昇格に向けて動き出している。芳賀敦は、ユースチームの計画について語ってくれた。
「セレクションで、外部から優れた人材を集める予定です」
そこで、チームの代表である漫画家・高橋陽一さんの肝入りで、グラウンドから程近い場所に、全45室の選手専用の寮を用意した。まだまだ発展途上のクラブチームだが、高い水準の環境を整えることで、一気に飛躍することも視野に入れているのだ。一方で芳賀は、ジュニアユースチームから昇格する、生え抜きの選手も必要不可欠だと言う。その一人が、高橋翼君に他ならない。
「ユースチームの核になってくれたらと思っています」
4月中旬のその日、ジュニアユースのリーグ戦が行われた。南葛SCが参戦しているのは、東京の3部にあたる、T3リーグ。成績はここまで2勝1敗。上を目指すチームとして、これ以上の取りこぼしは許されない。翼君はトップ下のポジションで先発出場。来年のユースチーム監督・芳賀敦が見守る中、キックオフのホイッスルが鳴り響く。
翼君の自己分析によれば、長所はボールのキープ力。弱点はシュートの決定力・・・ 試合序盤、図らずも絶好の場面でシュートを外し、その弱点をさらしてしまう。地面に伏して悔しがるが、それも一瞬、すぐに戦列に戻っていく。
試合は、仲間がコーナーキックを直接決め、南葛SCが先制に成功!さらに2点を追加し、前半を3対0で折り返す。
迎えた後半、翼君は相手チームからの徹底マークに遭い、思うように動けない。自分自身へのいら立ちはピークに達するが、それでも彼の心は折れなかった。試合終了間際、翼君の放ったミドルシュートがキーパーの頭上を越え、ゴールに突き刺さる! これがダメ押しとなり、チームは4対1で勝利を掴んだ。翼君はシュートを決めたことに安堵したものの、試合を通しての自分の不甲斐なさに反省しきり・・・
一方、試合を見守っていた芳賀は、相手チームのマークが翼君に集中したことで、大量得点に繋がったと評価する。つまり翼君の実力を、相手チームが充分に認めていた証しでもあるのだ。その上で、芳賀は翼君の将来に期待する。
「体のサイズがあって、フィジカルが強い、そこに可能性を感じます。キックも上手で視野が広いのも魅力です。今後は、プレーの連続性や精度を高めていってほしいですね」
だが、それでもまだ、翼君のユースチーム昇格が約束されたわけではない。浮き彫りになった課題を、どう克服していくか・・・今後の精進が問われている。さらに言えば、どれだけユースチームが翼君を欲しても、彼には高校サッカーで活躍する選択肢も残されているのだ。
「ユースでもやりたいし、高校サッカーでもやりたいし・・・ 今、真剣に考えてます」
プロサッカー選手—夢を叶えるための一番の選択は何なのか・・・ 14歳の心は揺れている。だがいずれにしろ、近い将来、Jリーグの舞台に立つ南葛SCに、リアル翼君の姿があることを期待せずにはいられない。まだ、全ては走り出したばかりだ。
TEXT/小此木聡(放送作家)
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