日本代表の弱点は、「試合が始まってから考えている」こと。
2022年カタールワールドカップ・アジア最終予選、日本代表は初戦のオマーン代表戦に敗北しました。ホームでの敗戦以上に、内容面で相当に上回られ、90分を通じてゲームを思惑通りに支配され、思惑通りに点を取られるという形で、最終予選の展望に初戦から暗雲たちこめるという戦いとなりました。
チームの立ち上げ後ほぼ3年が経過し、その間に蓄積された取材・選手コメントなどの証言から現在ではほぼ明らかになっていますが、戦術的な判断、時には戦略レベルの判断をも選手たちに委任することで「ピッチで起こる様々な問題に対し基本的に選手たちで対応する。対応力を向上させ、その対応力で勝利する」。カタールW杯ベスト8をその「委任戦術」「委任戦略」で勝ち取るという大戦略を森保一監督の日本代表は採っています。
その大戦略から考えると、コンディション差はあったにせよ、オマーン代表の仕掛けてきたアタッカー3枚+CH3枚で完全に閉じてしまう4-3-3ブロックからのカウンター、日本のDFラインにギャップメイクする周到な準備に対し、試合を通じて有効な対応をできず、ソリューションを見出せなかったことは、敗戦以上に大きな問題でした。
第2節、中国代表戦は文字通り負けられない戦いとなりましたが、勝ち点3を確実にもぎ取るだけでなく、大戦略を必要な水準で遂行できたか、カタールW杯本戦がおよそ1年後に迫る状況にふさわしい進捗を示せるかという課題にも、日本代表は同時に直面していたと言えるでしょう。
文:五百蔵容
写真:浦正弘
※記事内の表記
CH=センターハーフ
WB=ウイングバック
WG=ウイング
SH=サイドハーフ
SB=サイドバック
CB=センターバック
中国代表の日本対策:日本が進捗確認する状況は整った
通常はボール非保持時には4-1-4-1、もしくは4-4-2の守備ブロックから攻撃時には4-3-3に移行し、同格以下の相手にはビルドアップを試みつつも、基本的には前線の選手のクオリティを見込みロングボールによる陣地確保、陣地回復を最優先にゲームを進める。
高い位置から守備を仕掛けるオプションも持つが、奪いきる意図はなく、相手を追い込み自陣深い位置でミスを誘うか、蹴らせてボールを回収、ロングボールからの陣地確保につなげていく。それが中国代表の通常のやり方でしたが、日本戦では陣形、やり方を大きく変更してきました。
3バックシステムを採用し、ボール非保持時には両サイドのWBが下がって5枚のDFラインを構成する5-3-2で自陣に引き、日本の攻撃を受け止めます。WBは日本のWG(SH)を見ていますが、ぴったりとマークしサイドに付いていくのではなく、インサイドへの侵入を警戒しているという格好。
サイドに張る日本のWGなりSBなりにボールが出た場合は基本的にWBではなく、ボールサイドのインサイドハーフが出て対応します。CBとWBの間にギャップ(隙間)を作られることを阻止し、ゴール前(ボックス前)を3枚のCB+2枚のWB=計5枚のDFでしっかりと固め、中央(インサイド)での日本選手のコンビネーションアタックが機能するようなスペースも与えない。
サイドを捨てる形になりますが、しっかりと自陣に引いて日本にDFライン裏のスペースを与えなければ──中央でDFラインがしっかりと準備できる状態であれば──中で対応できるのでクロスをあげさせてもよい、という割り切り方でした。
ボール保持時には右WBが右SB化、左CBが左SB化して4-3-3に変化しますが、攻め手はロングボールを蹴って陣地回復を最優先なのは変わらず、けれども5-3-2で自陣に撤退するため、ロングボールを引き取る前線の選手も低い位置に引いたところから単独で前に出て行くため日本の陣形内で孤立しボールを失うシチュエーションがほとんどで、カウンターもほとんど成立しないという状態でしたが、ゴール前に確実に鍵をかけ失点を避け、ロングボールから一種の”事故”を起こしわずかでも得点機を得られれば……。そういう戦略だったかと思われます。
報道によれば、日本代表は中国がこのやり方を採ってくることを全く予期しておらず、試合開始前に配布されるメンバー表から「3バックの可能性大」とはじめて認識し、限られた時間で突貫での準備を余儀なくされたと言います。
中国代表が5-3-2での自陣撤退を採用した試合は直近では基本的にはないため、それ自体は致し方ないことだと思われます。
その一方で、「サッカーは常に想定外の事態が生じるもの」ゆえに「ピッチで選手たちが判断し、対応しなければならない」として選手への委任戦術、委任戦略を採っている日本代表としては、これはある意味おあつらえ向きの状況でした。
現場での臨機応変の対応力、それを支える選手ファーストの思想、選手の自主性を重んじる、考えるサッカーの追求、それが遂行しやすい状況作り……そういったサイクルを底ざさえする「日本人らしさ」を追求した和のチーム作り。世につれ変化してく「変数」である「戦術」「作戦」に拠ることなく、不変の「定数」たる「ジャパンズウェイ」でW杯を勝つ。この中国戦はまさにその進捗状況を推し量るにふさわしいセッティングとなったのではないかと思われます。
※なお本稿の導入編とも言える「変数」「定数」「ジャパンズウェイ」に触れながら「東京五輪に見る日本サッカー」を記した論考はこちらをご覧ください
日本代表の試行錯誤①:様々な方法で相手の対応を観察
「失点をしないこと」を最優先に設計された中国代表の差し手に対して、どこでスペースを生み出し、活用し、狙いを持ってゴールを陥れるか。日本代表が、ピッチに立ってからそれを考え始めているのは明らかでした。
日本はまず、自らがサイドにボールを配球した時、サイドから攻撃を仕掛けた時の中国代表の対応を見るところからスタートします。
自らのサイドからの仕掛けに対し、中国代表のWBがどう振る舞うか。WBがサイドに釣り出されて来ないならば、誰が日本のサイドアタックをケアしに動くのか。5-3-2の守備では、WBが中央にステイするのであれば中盤の3枚のうち、ボールサイドのインサイドハーフが動くしかありません。前半10分頃まで、日本代表は、サイド~中央でボールを出し入れするなかで、WBの動きを確認しつつ、そのタスクを肩代わりするインサイドハーフの仕事範囲がどれほどか、確認を進めているようでした。
前半10分前後で、日本代表はサイドでフリーになる、もしくはプレッシャーを相手のやり方上あまり受けないSBからのクロスをゴール前で合わせられるか、サイドで時間をかけてからのクロスでどうか、アーリークロスはどうか、アーリークロスをあげると見せかけてライン裏に走る選手を使うロングボールを出し、そこから相手の対応・崩れ方を観察するなど、様々な試行錯誤を行っています。
通常、5-3-2で中央の閉塞を優先した守備を行うと、インサイドハーフのタスクが過重になります。WBが見ることのできないサイドのケアはもちろん、前線の2枚に与えられた守備タスクの軽重によっては、適時前方に進出して彼らの守備を肩代わりすることも求められます。その上、3枚のセンターハーフの一角としてDFライン前のスペースもプロテクトしなければなりません。
中国代表の5-3-2もこの通例にもれず、インサイドハーフはサイド、中央、2トップ後方と、3つのエリアをケアしに動き回ることになっていました。
前半11分30秒前後の時間帯で、サイド攻撃を意識させ、CBとWBを中央にセットさせると共にインサイドハーフの移動を強いる形、タスク過多に付け込む形でインサイドハーフを動かしたあとのスペースを使ってシュートチャンスを生み出しているので、前半10分頃までには、攻撃を仕掛けながらの様子見で日本代表はそのことを認識するに至っていたと思われます。
このシーンでは、中国代表が対応して守り切りましたが、「インサイドハーフを動かされた場合、そのスペースを使う相手を潰しきれるか潰せないかという判断を早期に行い、
できるだけ早くDFラインに戻る」という約束事を彼らがもっているという情報を得られたのは大きかったでしょう。純粋に「相手の出方を見て判断する」という意味においては、前半10分強でいい形を表現できていたと言えるシーンでした。
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