スーパースターの最後の仕事。御田寺圭コラム
『白饅頭note』の著者であり、有料noteにも関わらず57,000以上のフォロワーを持つ御田寺圭(みたてら・けい)さんの連載コラム。
今回のテーマは「スーパースターの最後の仕事」です。
男子ハーフパイプ・スノーボード競技では日本代表の平野歩夢選手が、オリンピックで初となる超大技「トリプルコーク1440」を決めて金メダルに輝きました。一方で、スノーボード界の象徴的存在だったショーン・ホワイト選手は4位入賞。競技を終えて、引退することを表明しました。
絶対的なスーパースターの衰える姿を見るのは寂しい気持ちがあります。しかし御田寺さんはこの「世代交代」こそ、スーパースターの最後の仕事だと言います。ショーン・ホワイト選手の姿から感じた思いを綴っていただきました。
■クレジット
文=御田寺圭
■目次:
ショーン・ホワイト最後の仕事
「若いライダーたちが、私についてきて、私を最終的に追い越した。それは私がずっと求めていたこと。『自分ならこうできたのに』と思わず、去ることができる」(*1)
「これからは彼らを倒すのではなくて、彼らを支える側になりたい。彼らのキャリアを、私がこれまで経験したことや学んだことを伝えて応援したい」(*2)
オリンピックで表彰台の頂点に3度も登った男は、そう語って戦いの舞台から降りた。
スノーボード界の象徴的存在だったショーン・ホワイトは、5度目の出場となった北京オリンピックで4位に入賞し、その競技人生を終えた。今大会では、史上初の超高難度技を披露して金メダルを獲得した日本の平野歩夢をはじめ、若い才能が彼を越えて表彰台に上った。まさしく「世代交代」だった。
この世界のすべての人間に、時間は平等に流れる。豊かさや才能はあまりに不平等だが、時間の流れはあまりに平等だ。だれもが時間の流れのなかで老いていく。無敵の強さを誇っていた者も、残酷なほど平等に流れる時間のなかで衰えていく。そうしてついに、去らなければならないときがやってくる。
圧倒的なスーパースターが衰え、去っていく姿を見るのは寂しい。胸が痛む。どうかずっと、変わらない輝きを放って、世界中を魅了していてほしいとさえ願う。けれどもそれは叶わない。
ひとつの世界で栄華をきわめた者が去っていくとき、かれらに託された最後の仕事がある。
それは、「敗れる」ことだ。
ショーン・ホワイトがそうしたように。
後ろを必死に走ってついてきた若い才能によって敗れて、越えられることだ。それが、時間の流れに抗えなくなった者にだけ与えられる、最後の大きな仕事になる。最後の最後まで大きな「壁」であり「目標」として立ちはだかり、そしてついには「倒される役」を演じて世代交代を果たす──そこまでの務めを全うしてようやく、圧倒的な存在として一時代を築いてきた者の旅は終わる。
倒されることでひらける未来
かれらが越えられることによって、時代は前に進むことができる。次の世界を見ることができる。もし、絶対的王者がだれにも敗れることなく、越えられることもなく、輝きを保ったまま、無傷で舞台を去ってしまったら、後に続く者たちが次の時代を切り拓くことができなくなる。ずっとその「影」を追うことになってしまう。
プロボクシングの5階級制覇王者フロイド・メイウェザーJrは、とうとう50戦無敗のままリングを降りた。本来なら、だれかが彼をノックアウトしなければならなかった。いま現役で世界最強の選手はスーパーミドル級のサウル“カネロ”アルバレスだと言われている。現在は文字どおり向かうところ敵なし状態のカネロだが、キャリアで唯一つけられた黒星は奇しくもメイウェザーによるものだ。これから先ボクシング界は、いかなる若き傑物が登場しても「でも、メイウェザーの全盛期のほうが強かったのではないか?」と囁く亡霊と長い間戦わなければならないだろう。
倒されることで、舞台をさらに上のステージに引き上げる──そんな仕事ができる者は、この世界で本当にごくわずかだ。ショーン・ホワイトは表彰台に上がって個人的な有終の美を飾ることはできなかった。しかし彼が表彰台に上がらなかったことで、彼が今後の競技としてのスノーボードに残した功績はますます大きくなった。次の大会では、ショーンがつくった土台の上に立った若者たちが、さらにその競技の技術や表現力を発展させるからだ。
彼に敗れた若者たちではなく、彼を破った若者たちがこれからのスノーボードの未来をつくっていける──それは忖度なしの真剣勝負によって生まれた結果だが、しかし明るい未来が待っていることは間違いない。
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