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広島東洋カープ本拠地・マツダスタジアム「縁の下」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

プロ野球、広島東洋カープの本拠地、MAZDA Zoom-Zoomスタジアム(以下マツダスタジアム)。

まだ誰もいない広大なグラウンドに、均一に整えられた天然芝が美しいゼブラ模様を描いている。

 

2009年に完成したマツダスタジアムは、日本の野球観戦の概念を大きく変えた。そのコンセプトは[ボールパーク]。

メジャーリーグの球場を参考に、野球観戦を始めさまざまな工夫を凝らし、子供から大人まで多くの人々に愛されている。

そして広島のみならず日本の野球ファンを魅了してやまないのが、日本で一番美しいともいわれる天然芝のグラウンドだ。

ファールエリアも含めすべてが天然芝の球場は、全国唯一。だが、そんな誇るべき事実の裏で、プロの試合に耐え得る芝の管理は、緻密な職人技を要するという。

それを一任されている、プロフェッショナル集団がいた。

緑の芝に注いだ、こだわりと情熱。その源を探ってみよう。

午前7時半、広島カープホームゲーム二日前のこの日、芝生整備にあたる4人のスタッフが出勤。

プロ野球シーズン真っただ中の8月末。すでに灼熱にさらされる中、1日がかりの大仕事が始まろうといていた。

この天然芝の管理を任されているのは、50年以上に渡ってスポーツ施設の施工や管理を行う、日本体育施設。Jリーグのベストピッチ賞を何度も受賞している、芝生管理のプロフェッショナル集団だ。

グループリーダーを務める太田隆之は、25年に亘り芝と向き合い、マツダスタジアムの完成当初から、その手腕を発揮している。

この日、まず取りかかったのは外野の芝の刈り込み。芝生管理において最も重要といわれている作業だ。

 

 

「だいたい15〜19㎜で刈り込みの長さを変えてます。指先の半分が埋まるぐらいですかね。選手はコンディションが変わるのを嫌がるので、調整はシビアに行います」

クッション性がある天然芝は選手の体への負担が小さく、故障のリスクも少ないのだが、一方でミリ単位の違いがプレーに影響し、時にケガにつながることもある。

特に夏場は芝の生育が早いため、毎日刈り込みを行い、調整を図らなくてはならない。

「刈り込めば刈り込むほど、芝の密度が高くなって根が張ります。やればやるほど芝は良くなるんですよ」

そして、ゼブラ模様の美しい見た目も重要な要素だ。そこには職人のこだわりがある。

若手職人の橋本武志は、そこにやりがいを感じていた。

「刈る方向を真っすぐにしないと見た目が悪くなります。テレビに全体像が映されたとき、きれいだと思ってもらえるのがうれしいです」

 

 

芝の刈り込みを終えた後は、5㎝間隔で小さな穴を開けていく。

これによって芝の根が活性化され、特上級の品質が保たれるのだ。

グループリーダーの太田が、特別に芝生の下の土壌を見せてくれた。

「根と砂が絡んで、強度を保っているわけです。月に1回は写真に撮って記録してます」

力強く張った根は、良い芝の証し。職人たちの努力の賜物だ。

その後、およそ2時間の散水。外野の整備が完了した。

続いて始まった内野の芝の刈り込み。

外野と違い面積が小さく、形も一様ではないため、手押しの芝刈り機で行う。

実は、天然芝のマツダスタジアムは、内野の守備が難しいとされている。

凹凸が無く、バウンドが安定している人工芝に比べ、イレギュラーバウンドが発生しやすいのだ。

広島カープの矢野雅哉内野手はいう。

「普通の人工芝だと一定のスピードで(ボールが)来るけど、(マツダスタジアムは)打球が飛んでくる最中にスピードが変わったり、バウンドが変わったりすることがあるので、そこが他の球場との違いですね」

同じく内野手の小園海斗選手も、その難しさに言及する。

「芝と土の切れ目で不規則にボールが跳ねる場合があって、処理に気を遣います」

そんな天然芝の弱点を少しでも軽減すべく、太田を始めとする職人たちは、芝と土の境目を手作業で丁寧に整えていく。膨大な手間と時間……。

「これ、機械で刈ると、どうしても境目が乱れて、イレギュラーしちゃうんですよ」

さらに、芝の生育具合に合わせ、肥料成分の配合を季節によって変更しているという。

常に良いコンディションを保つには、どれひとつ欠かすことはできないのだ。

 

 

ファンを熱狂させる試合が、彼ら無しでは成り立たないのは明白である。

だが、どこまで行っても人目には触れない裏方の仕事。職人たちの情熱、こだわり、その原動力はどこからくるのだろうか? 若手の足立武志が答えてくれた。

「もともと野球をやっていました。芝の管理をすることで、大好きな野球にも携われるということで、この仕事に就きました。(グラウンド整備は)プロが使う以上、神経は遣いますけど……。やり甲斐の方が大きいです」

もう一人の若手、橋本武志も口をそろえる。

「もともとカープファンで、野球もやってきたので、何らかの形でカープに関わっていきたかったんです。僕自身はまだまだ勉強中なので、選手が思いきりプレーできるような、(芝の)準備をやっていけるようになりたいです」

職人からあふれ出る野球愛が、仕事の一つ一つに宿っている。

そしてナイターゲームの当日。早朝から内野の芝の刈り込みが行われる。

午後になると選手たちがウォーミングアップのために、続々とグラウンドに姿を見せる。刈りたての芝は、選手のやる気を引き出すようだ。

開場時間を迎えると、多くのファンが早々に来場する。

ボールパークとして愛されるマツダスタジアムは、メインの野球の他にも、足を運びたくなる仕掛けが盛りだくさんなのだ。

メジャーリーグを参考にしたスタジアムを一周する広いコンコースには、グルメやグッズ販売などの店が並び、さながらショッピングモールのようだ。

特に、観客席にはこだわり抜いた。カープの入場券部長・山口恵弘は満足気に語る。

「前後の座席間の傾斜を緩やかにして、目線を低くすることで、グラウンドへの視界がより広く大きくなりました。また、3塁側からレフト側の壁面を低くすることで、新幹線が見えるなど、開放的な景色を楽しめるようになりました」

さらに、野球観戦の概念を変えた斬新な仕掛けにも挑戦した。

「[寝ソベリア]という席は、縦長のクッションで寝っ転がりながら観戦できます。親御さんからは、小さいお子様を安心して連れて来られると、お褒めの言葉を頂戴しています。実は当初、あるプロ野球の大御所からは『寝ながら野球を観るとは何事だ』とお叱りも受けたんですが、やって良かった」

他にも、スタンドで家族や友人とバーベキューをしながら観戦できる[びっくりテラス]や、バリアフリーを重視した[車椅子席]を多めに設置。

子供のための遊具やアミューズメントなども充実させ、今や、お客さんファーストのボールパークとして、多くの野球ファンに愛されている。

試合開始30分前。グラウンドには職人たちの姿が。芝の最終チェックに余念がない。

そしてプレーボール! 彼らは、イニング間のグラウンド整備や、不測の事態に備えて試合の進行を見守りながら待機する。

試合終了後も職人たちの仕事は終わらない。

選手がグラウンドを去ると、替わりに〆の整備を担当する森田陸が姿を見せた。

9年前、彼がこの仕事を志したのは、やはり芝の管理をしていた父の影響だという。

「父が仕事に誇りを持っていたのを、目の当たりにしてきましたから。マツダスタジアムの芝の刈り目は、テレビでもハッキリ分かるんです。(仕事を始めた)当初は真っすぐ刈れなかったんですけど、それができるようになって、テレビに映されているのを見ると、何だか胸が熱くなります」

森田は、マウンド周辺の芝に手を入れ始める。

「マウンドの土は粘土になっていて、それが投球の際、周辺の芝に飛ぶんです。だからまずそれを回収してから、芝を刈り込みます」

マウンド周りの芝は特に傷みやすいため、迅速に粘土を回収して、芝にストレスを与えないようにするのだ。

たっぷり一時間以上をかけ、〆の整備は完了する。長い一日だった。

「お客さんや選手に、芝がきれいだねっていわれると、うれしくて報われます。明日は外野の刈り込みと水撒きを、朝7時半から始めます」

そのとおり翌朝、職人たちがすでに始動していた。

 

 

プロ野球を縁の下で支える彼らは、今日も緑の芝と向き合っている。
 

 

 

 

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