日本プロスポーツの分岐点|プレミア化がもたらす“未来の輪郭”【後編】

数年前に話題となった、池井戸潤氏原作の『陸王』という作品がある。
100年続く老舗の足袋屋「こはぜ屋」が、社運を賭けてランニングシューズの開発に挑む物語だ。

作中では、「うちは足袋屋なのだから、ランニングシューズを作るべきではない」という慎重論と、「足袋はすでに衰退産業であり、新たな挑戦をしなければ未来はない」という改革派の意見が、社内で激しく対立する。フィクションではあるものの、最終的には数々の困難を乗り越えランニングシューズの開発に成功。年商7億円規模だった会社が、一時的に赤字になりながらも年商30億ほどの規模に成長していく姿が描かれている。

もちろん『陸王』の物語はあくまでフィクションに過ぎない。
しかし、日本のプロスポーツもまた、「このままでいいのか」という問いを突きつけられる分岐点に立っていることは間違いない。動かなければ衰退していく可能性すらある一方で、変わることにはリスクも伴う。その選択を迫られている点で、状況はどこか「こはぜ屋」と重なって見える。

前編では、日本のプロスポーツリーグの多くが、なぜ構造改革に踏み切り始めたのか。その現在地を整理してきた。
後編では、プレミア化・構造改革という選択の先に、どのような未来が待ち受けているのか。日本のプロスポーツの行方を、多角的な視点から考えていきたい。

前回記事:
日本プロスポーツの分岐点|構造が変わり始めた“現在地” 【前編】

関連記事:
昇降格不要論。米国型スポーツの設計思想 - アメリカ4大スポーツ比較 vol.4-1 -

プレミア化で変えようとしているのは「競技」ではなく「前提条件」

バスケの「Bリーグ」、サッカーの「Jリーグ」、バレーボールの「SVリーグ」、アメフトの「Xリーグ」。
近年、日本の主要プロスポーツリーグで相次いで進められている改革は、しばしば「プレミア化」という言葉で一括りにされる。しかし、その本質は競技ルールや試合内容を変えることではない。各リーグが手を入れようとしているのは、リーグ運営の“前提条件”そのものである。

参加資格

Bリーグの「B.革新(B.LEAGUE PREMIER構想)」では、競技成績だけでなく、アリーナ基準や財務体質、事業規模といった要件が明確に打ち出された。SVリーグも同様に、法人格の整備やクラブ運営体制、育成組織の有無などをライセンス条件に組み込み、「強いチーム」ではなく「持続可能なクラブ」をトップリーグの前提に据えている。
Xリーグにおいても、X1 Premierの新設は、競技レベルの序列化に加え、「どのクラブがトップリーグとして発信に耐えうるのか」という視点を強める動きと捉えられる。
一方、Jリーグは明確な「プレミア」名称を掲げてはいないものの、「秋春制完全移行」という大きな決断を通じて、国際カレンダーと接続できるクラブ・リーグ構造へと前提条件を切り替えようとしている。

投資の考え方

従来の日本型リーグでは、単年度の勝敗や昇降格がクラブ経営を大きく左右し、短期的な戦力投資に傾きやすい構造があった。結果的に勝ち星の多い年は投資成功、負けが重なれば投資失敗というわけだ。勝つために大金を払って有名選手を獲得したが勝てなかったとなれば、言ってしまえば「地獄」なのである。プレミア化を掲げる各リーグは、これを是正し、中長期視点での投資が成立する環境づくりを目指している。
Bリーグでは経営の安定したチームをトップカテゴリに入れることで、アリーナ建設や地域投資を回収可能な時間軸に引き延ばそうとしている。SVリーグも「世界最高峰」を掲げる以上、短期的な勝利よりも、選手育成・興行基盤・国際競争力への継続投資が不可欠となる。
Xリーグにおいても、リーグ構造の整理は、企業依存型からの脱却や、長期的なブランド形成を見据えた一歩と位置づけられるだろう。Jリーグの秋春制移行もまた、Jリーグへ移籍したいと思う外国籍選手の囲い込みを始めとする移籍市場や放映権戦略を含めた中長期的な事業設計への転換と読むことができる。

リーグが守るべきものの再設定

競争の公平性と、リーグ全体の安定性。この2つは本来トレードオフの関係にある。日本のプロスポーツは長らく「全員が同じ土俵で戦う」ことを重視してきたが、その結果、リーグ全体が不安定化する局面も少なくなかった。
プレミア化の議論は、このバランスを取り直そうとする試みでもある。トップリーグの基準を引き上げることで競争の質を担保しつつ、その下に多様な役割を持つカテゴリーを併存させる。B、SV、Xはいずれもこの方向性を明確にしつつあり、Jリーグもまた、国際競争力と国内安定性を両立させる構造へ舵を切ろうとしている。

こうして見ると、各リーグの改革は手法もスピードも異なるが、向いている方向は共通している。
それは、「競技として成立してきたリーグ」を、「事業としても成立し続けるリーグ」へと進化させるために、前提条件を書き換えることに他ならない。


かつて存在したbjリーグ。現在のBリーグには存在していないチームも多い

プレミア化が進むことで起こりそうなこと

プレミア化によって前提条件が変わると、当然ながらリーグ内で起こる現象も変わってくる。ここからは、Bリーグ、Jリーグ、SVリーグ、Xリーグに共通して起こり得る変化を、大きく三つの視点から整理していく。

クラブ間の役割分化(全員が同じ土俵に立たない)

最も大きな変化は、すべてのクラブが「同じ成功モデル」を目指さなくなることだろう。
これまでの日本型リーグでは、昇降格を前提とした構造のもと、全クラブが「とにかく勝って上に行く」ことを目標に据えてきた。しかし、プレミア化によってトップカテゴリーの基準が明確になると、クラブの戦略は自然と分化していく。

例えば、BリーグではB.PREMIER(現B1)を見据えて大型投資を行うクラブが現れる一方で、地域密着や育成を主軸に据え、B.ONE(現B2)などで別の役割を担うクラブも増えていくだろう。SVリーグでも、世界最高峰を本気で狙うクラブと、国内基盤を支える存在としてリーグを構成するクラブとでは、目指す地点が異なってくる。
Xリーグも同様に、「トップカテゴリーで競技と発信の両立を担うクラブ」と、「競技文化を下支えするクラブ」という役割分担が、これまで以上にはっきりしていく可能性がある。

これは競争の否定ではない。むしろ、競争の質を高めるための役割分化だと言える。

リーグの“物語”が描きやすくなる

前提条件が整理され、クラブの立ち位置が明確になることで、リーグ全体の“物語”は格段に描きやすくなる。
どのクラブが「世界を目指しているのか」、どのクラブが「地域を代表しているのか」、どこが「次の挑戦者」なのか。こうした構図が見えやすくなることで、ファンやメディアはリーグを“理解”しやすくなる。例えば本気で世界を目指している「チームA」があったとしたら、彼らは世界でどのくらいの位置にいるのか。世界の強豪と対戦してどのくらいの点差で勝ったのか・負けたのかを伝えられる。そこには必ずと言っていいほどの物語がある。一方で「5年後に世界一を目指すチームB」があったとするならば、彼らの5年間の世界への挑戦は感動的な物語になるポテンシャルすら秘めている。

Jリーグが長年培ってきたストーリー性は、その好例だろう。プレミア化を進める他競技も、単なる勝敗ではなく、「なぜこのクラブはこの立ち位置にいるのか」「このリーグはどこへ向かおうとしているのか」という文脈を提示しやすくなる。
BリーグやSVリーグが掲げる「世界」「アジア」「トップ・オブ・トップ」といった言葉も、構造が整理されてこそ、具体的な物語として機能するはず。

リーグの物語が明確になることは、ファン拡大だけでなく、スポンサーやメディアとの関係性にも大きく影響を与えるだろう。

その一方で、取り残される側もはっきりする

ただし、プレミア化は明るい未来だけをもたらすわけではない。
前提条件が明確になるということは、その条件を満たせないクラブも、よりはっきりと可視化されるということでもある。

資金力、運営体制、発信力、地域基盤。これらの要素が整わないクラブにとって、プレミア化は厳しい現実を突きつける可能性がある。
B、SV、Xといったリーグでは特に、企業依存型のクラブや、競技成績に比して事業基盤が弱いクラブが、岐路に立たされることになるだろう。

重要なのは、ここで「脱落=失敗」と単純に結論づけないことだ。
トップリーグに属さない選択をしたクラブが、地域や育成、競技普及において重要な役割を果たす可能性も十分にある。例えば、Bリーグで言えば現在B1に所属する越谷アルファーズは、明確に「B.LEAGUE PREMIER」への参加を見送っており、まずは「B.LEAGUE ONE(現B2」)で経営基盤の構築とより地域への密着をしていこうとしている。自分たちの現状を理解して下した英断とも言えるだろう。無理にトップカテゴリに入ってパンクしてしまっては元も子もないのだから。このようにプレミア化とは、勝者と敗者を決める制度ではなく、多様な立ち位置を許容する構造へ移行するプロセスでもあるのだ。

2029-30シーズンからのB.PREMIER参入を目標に掲げる越谷アルファーズ

日本のプロスポーツの未来予想図

プレミア化という言葉が先行すると、日本のプロスポーツが「同じ方向に進んでいく」ような印象を受けがちだ。しかし実際には、その逆が起きようとしている。
日本のプロスポーツは今、一つの正解に収束するのではなく、複数の構造へと分岐していく局面に入っている。

全競技が同じ形になるわけではない

野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、アメリカンフットボール。
これらは同じ「プロスポーツ」として語られることが多いが、リーグの成熟度、市場規模、国際競争力、そして社会的な役割は大きく異なる。

例えばNPBは、昇降格がなくとも全国的な人気と安定した興行モデルを確立しており、構造そのものを大きく変える必要性は高くない。一方で、BリーグやSVリーグは、競技の魅力と市場規模が必ずしも比例してこなかった歴史を踏まえ、「どう拡張していくか」が最大のテーマになっている。Xリーグに至っては、競技レベルの高さと社会的認知のギャップという、より根本的な課題を抱えている。

前提条件が違えば、最適解も当然違う。
全競技が同じリーグ構造を目指す必要はなく、それぞれが置かれた現実に応じて異なる形を選び取っていく。これが、プレミア化以降の日本のプロスポーツを理解するうえでの出発点になる。

「プレミアがあるリーグ」と「そうでないリーグ」が併存する可能性

今後の日本では、「プレミアカテゴリーを持つリーグ」と、「あえてそれを持たないリーグ」が併存する状況が現実のものになっていくだろう。もしかするとこの現実が、その競技を知らないライト層にとっては「Aのリーグは昇降格があって、Bのリーグにはなぜないのか」という疑問や混乱を招いてしまうかもしれない。しかし重要なのは、プレミア化はリーグとしての投資対象を意図的に絞り込む設計でもあるということだろう。簡単に言ってしまえば、注目チームがわかりやすくなる、ということでもある。

BリーグやSVリーグの構造改革は、「全員が同じ夢を見続ける」モデルから、「役割が異なるクラブが共存する」モデルへの転換を意味する。トップカテゴリーでは世界水準・事業水準が求められ、それ以外のクラブは育成、地域密着、セカンドマーケットとしての役割を担う。だからこそ「世界を目指すチームを応援したい人」「地域で頑張っている選手を応援したい人」など、観客にとってもより選択の自由が生まれるはず。

これは一見すると冷たい構造にも見える。しかし、現実にはこの線引きを曖昧にしてきた結果、撤退や縮小が繰り返されてきたのも事実だ。プレミアがあるかどうかではなく、リーグが自らの限界と責任範囲を自覚しているかが、これからの分かれ目になる。

成熟度に応じて「勝ち方」が変わる時代へ

これからの日本のプロスポーツでは、「どの競技が一番人気か」という単純な序列よりも、どのリーグが最も構造設計に優れているかが問われるようになると予想する。

・投資と競争をどうコントロールするのか
・夢を見せながら、破綻を防ぐ設計になっているか
・撤退が起きたときのダメージを最小化できるか

こうした“設計力”の差が、リーグの持続性を大きく左右する。

プレミア化は、格差をなくすための改革ではない。
むしろ、格差が生まれることを前提に、それでもリーグ全体を存続させるための改革だと言える。全員が同じゴールを目指す時代は終わり、それぞれの立ち位置に応じた「勝ち方」を選ぶ時代に入っている。

日本のプロスポーツは今、理想論のフェーズを終え、現実と向き合う段階に入った。その結果として描かれる未来は、決して均一ではない。だが、それこそが成熟の証でもあると言えるはずだ。

2025年シーズンにJ1優勝をし、第55回内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞 「特別賞」を受賞した鹿島アントラーズ

まとめ

リーグ 現状 改革(プレミア化でやっていること) 未来像
Bリーグ 昇降格前提・クラブ間の経営体力差が拡大 参入基準強化/昇降格の部分的停止/投資前提の設計 「勝敗+事業価値」で評価される持続型リーグ
Jリーグ 昇降格あり・成功モデルは確立済み 秋春制移行/国際基準への再設計 アジア・世界と接続する成熟リーグ
SVリーグ 企業依存が強い・競技力は高い 完全プロ化/投資要件明確化 世界を意識した自立型バレーボールリーグ
Xリーグ 構造が複雑・一般層に伝わりにくい Xプレミア創設/階層整理 わかりやすさと競技価値の両立

プレミア化や構造改革はゴールではなく、「どう続けていくか」を再定義するための手段だと言えるだろう。競技の強さや伝統だけに依存するのではなく、リーグとしてどのように価値を生み、守り、育てていくのか。その問いに、日本のプロスポーツは本格的に向き合い始めている。

日本のプロスポーツは、いま“戦国時代”に入りつつある。
世間一般では「昭和は野球、平成はサッカー、令和はバスケットボール」などと言われることもあるが、果たして次の時代を象徴するスポーツは何になるのだろうか。各リーグが掲げる方向性や目標に対して、どのような結果を積み上げていくのかが、これからより明確になっていく。

その答えは、競技そのものの優劣ではなく、どのリーグが時代に合った設計を選び取り、実行できたかによって決まるのかもしれない。

前編:
日本プロスポーツの分岐点|構造が変わり始めた“現在地” 【前編】

【参考】
Bリーグ:https://www.bleague.jp/new-bleague/ 、https://www.bleague.jp/media_news/detail/id%3D441800
Jリーグ:https://www.jleague.jp/season-transition/ 、https://www.jleague.jp/special/2026specialseason/j1/
SVリーグ:https://www.svleague.jp/special/reborn2/
Xリーグ:https://xleague.jp/news/51568