
ソーシャルメディアが存在しなかった時代を思い出すのは、もはや難しくなってきた。2025年の今、SNSは私たちの日常に完全に溶け込み、社会の基準そのものを作り替えている。
たとえばテレビを見てもその変化は明らかだ。
かつて音楽番組は「CDが何万枚売れたか」を伝えていたが、今は「ストリーミング再生回数」が価値基準になっている。ドラマも「視聴率一本」の時代から「TVerの再生数やお気に入り数を含めた複数KPI」に指標が置き換わった。
──SNSは、社会の“ものさし”を変えた。
その影響はあらゆる業界に広がり、アメリカ4大スポーツ「BIG4(NFL/MLB/NBA/NHL)」も例外ではない。
本稿では、SNS時代に最も成功したスポーツリーグはどこなのか。そして各リーグがどのように変化してきたのかを紐解いていく。スポーツ業界に関わらない方にとっても、各リーグの戦略から学べることは多いはずだ。
前回記事:
11年で約105billion(約15兆円)。NFLはなぜ放映権だけで他スポーツを凌ぐのか - 米国4大スポーツ比較 vol.1 -
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【前提】SNS時代は “放映モデルの勝者” が変わる
まず大前提として。前回の記事でも触れた通り、テレビの放映権収入で最も稼いでいるのはNFL(アメフト)である。2023–2033シーズンにかけて締結された全米メディア契約は総額105 billionドル(約15兆円)。1年あたりに換算しても約1.3兆円規模で、スポーツリーグとしては世界最大の収益源となっている。
これに次ぐのがNBAで、同じく11年間で76 billionドル(約11兆円/年間約1兆円)。
両者には「約4兆円」の差があり、この差は簡単に埋まるものではない。つまり「放映権という指標だけ」で見れば、NFLが圧倒的な勝者であることは疑いようがない。
しかし、これはあくまで「テレビ時代」の話だ。
NFLはテレビ時代の絶対王者として、希少な放映枠と巨大な視聴者規模を武器に、長く「BIG4」の頂点に君臨してきた。だが、この前提そのものが今、大きく揺らぎ始めている。SNS時代、とりわけスポーツ業界ではいま「短尺映像 × スター性 × グローバル展開」が新たな評価軸として台頭している。
こうした時代背景を踏まえて、次章以降を読んでほしい。
結論から言えば、NFL一強の時代は“もしかすると”終焉を迎えつつあるのかもしれない。
ファンダム構造の違い
そもそも「ファンダム」とは、スポーツにおいて特定の選手やチームを強い愛情と熱量をもって応援するファン、そして彼らが生み出す文化やコミュニティ全体を指す言葉である。(※本来はスポーツ以外のポップカルチャーでも広く使われる)
そのため「ファンダム構造」とは、簡単に言えば「どんな人たちが、何を軸にその競技を愛しているのか。そしてリーグはそれをどう獲得しようとしているのか」までを含んだ概念である。
たとえばNBAの場合、バスケットボールに詳しくない人でも「マイケル・ジョーダン」という名前を聞いたことがあるだろう。これはNBAが「選手という個」を中心に物語を作り、世界に届けてきた結果である。
多くの人は「ジョーダン=スーパースター」と認識しているが、「ジョーダン=ブルズの選手」というチーム文脈まで理解しているとは限らない。つまりNBAは「チーム」よりも「個のスター」をグローバルに押し出すことでファンダムを構築してきた。
一方で NFL や MLB のように、リーグによっては「チーム」や「地域性」こそがファンダムの中心となるケースもある。このように、どこを中心にファンをつけるかはリーグごとに異なり、そこに各リーグの戦略と歴史が表れている。こうした差異を整理したのが以下の表である。
| リーグ | ファンダムの中心 | SNSでの強み | ファンダムの特徴 | 弱点/限界 |
| NFL | チーム中心ファンダム(地域アイデンティティ) | ・イベント型コンテンツ(スーパーボウル)が爆発的話題性 ・コンテンツの演出力が強い |
・「週1イベント」への儀式的参加 ・家族・地域での一体感が強い |
・競技理解のハードルが高い ・海外展開はNBAに大きく劣る |
| MLB | ローカルコミュニティ(地域密着最強) | ・日常風景・舞台裏の“エモ系”が強い ・スターが出た時の破壊力(大谷など) |
・“地元のスポーツ文化”として根付く ・中高年層・家族層に強い |
・SNSバズはNBA/NFLに劣る ・試合数が多く1試合の価値が薄い |
| NBA | スター選手個人(チームより“個”) | ・短尺映像との相性◎ ・スターのグローバルフォロワー ・ファッション/音楽/ゲーム文化と結びつく |
・“国境を越えたファン”が形成 ・プレー以外の文脈(ライフスタイル)が刺さる ・Z世代が最も支持 |
・国内テレビ視聴はNFLに劣る ・選手頼みの構造になりやすい |
| NHL | コミュニティ文化(特に寒冷圏) | ・スピード感ある短尺映像が刺さる ・コアファンの濃さは最強クラス |
・北米北部&カナダの“文化”として継承 ・熱狂度は4大で最も高いレベル |
・世界的規模は大きく伸びにくい ・パック視認性がバズの障壁に |
※出典:SNS統計サイト
それでは次章から、SNS時代において各リーグがどのようにファンダムを形成しているのか、その具体的な戦略を紐解いていく。
【リーグ別】SNS戦略のコア比較
各リーグのSNSフォロワー数を見つつ、それぞれの背景まで紹介していこう。SNSの数字に関しては2023年と2025年を比較してどこがどれだけ伸びているかを、以下の表にまとめている。
NFL:地域×週1イベントの“儀式型ファンダム”
| SNS | 2023 | 2025 | 伸び率 |
| 2,700万 | 3,207万 | 18.8% | |
| X | 3,300万 | 3,569万 | 8.1% |
| YouTube | 1,350万 | 1,570万 | 16.3% |
| TikTok | 1,500万 | 1,870万 | 24.7% |
| 2,100万 | 2,183万 | 3.9% |
※TikTokとInstagramが強く伸び、XとFacebookは横ばい〜微増
まず、収益規模でダントツ1位に立つのが NFL(アメリカンフットボール)である。NFLはアメリカ国内において、4大スポーツの中でも特にリアルタイム視聴文化が強く根付いたリーグだ。
その象徴が、シーズンの王者を決める「スーパーボウル」である。
毎年日曜日に開催されるこの試合は「Super Sunday」とも呼ばれ、出場チームの地元地域では、仕事を休んでまでリアルタイム観戦をする人も珍しくない。それは地元に限った話ではなく、全米のNFLファンにとっても特別な一日であり、SNS上では毎年のように巨大な”バズ”が生まれる。まさに国を挙げた最大級のライブイベントだ。
この背景には、NFLにおける強固なローカル・ファンダムの存在がある。
多くのファンにとって、チームは単なるスポーツクラブではなく「地元を代表する存在」だ。個々のスター選手よりもチームのアイデンティティが重視され、週に一度の試合を中心に、ファンも含めた“コミュニティ全体”が一体となって盛り上がる。この「毎週1回の儀式性」こそが、NFL のファンダムを支える核と言える。
しかし、全体の試合数が少ないからこそ、NFLでは1試合あたりの重みが極端に大きい。シーズンを通した物語、プレー選択の背景、チームの浮き沈みといった「ストーリー」を積み重ねていく点においては、他競技にはない強みを持っている。
こうした理由から、NFL は今なお 「テレビ向き」の競技 であり、SNS主導型のファンダム形成には一定の難しさが残る。一方で近年は、Netflixによるドキュメンタリー作品や、チアリーダーやチームの舞台裏に焦点を当てた番組制作、またオウンドメディアでもドラマ性の高い動画コンテンツ(Instagram、TikTok)など、ストーリー性を軸にしたアプローチ で着実にファン層を広げようとしている。だからこそXやFacebookは横ばいであり、あまり注力していないと言っても過言ではないかもしれない。
NFLにとってSNSは主戦場ではない。だが「物語」を丁寧に積み重ねることで、テレビ時代から続く強固なファンダムを、次の時代へとつなごうとしている。
ダラス・カウボーイズのチアリーダーを特集した Netflixの番組「AMERICA’S SWEETHEARTS」
MLB:ローカルに根ざす「日常型」ファンダム
| SNS | 2023 | 2025 | 伸び率 |
| 1,150万 | 1,309万 | 13.8% | |
| X | 1,180万 | 1,231万 | 4.3% |
| YouTube | 600万 | 694万 | 15.7% |
| TikTok | 700万 | 870万 | 24.3% |
| 1,130万 | 1,161万 | 2.7% |
※TikTok & YouTube が最も伸びている=「若年層向けショート動画」へのシフトが数字に反映
MLBのファンダムは、NBAやNFLとは明確に性格が異なる。
MLBは伝統的に、ローカルコミュニティとの結びつきが最も強いリーグだ。
162試合という圧倒的な試合数は、1試合あたりの重みを薄める一方で「日常の中に野球がある」という独特の文化を生み出してきた。仕事帰りに球場へ立ち寄る、ラジオをつけながら夕食を作る、週末に家族で観戦する。MLBは「イベント」というより「生活の一部」として消費されてきたスポーツである。
そのためファンダムの中心も、スター選手ではなく「地元球団」にある。たとえ主力選手が移籍しても、チームへの愛着は簡単には揺らがない。この構造は、ローカル放映権(RSN)モデルとも強く結びついている。しかし、SNS時代との相性は決して良いとは言えなかった。試合時間が長く、間延びしがちな競技特性は、短尺動画とは噛み合いにくい。その結果、若年層との距離が課題として浮上してきた。
ただ近年、MLBはこの点を強く意識し始めている。
ホームランや好守備といった“瞬間的に映えるシーン”を積極的に切り出し、TikTokやYouTube Shortsで拡散。また、大谷翔平のような例外的スターの存在が、MLBのグローバル認知を一気に押し上げた。
MLBのファンダムは依然としてローカル中心だが、
「日常型 × ショート動画」という新しい形で、次の世代への橋渡しを試みている段階と言える。
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他の動画と比較しても大谷翔平の動画は再生回数が多い
NBA:スター主導で世界を巻き込む「個」のファンダム
| SNS | 2023 | 2025 | 伸び率 |
| 7,600万 | 9,041万 | 19.0% | |
| X | 4,150万 | 4,546万 | 9.5% |
| YouTube | 2,000万 | 2,370万 | 18.5% |
| TikTok | 2,100万 | 2,540万 | 20.9% |
| 5,000万 | 5,236万 | 4.7% |
※全SNSで満遍なく成長。特に IG・TikTok は依然として恐ろしい伸び
NBAのファンダム形成を語るうえで欠かせないのが、スター選手を軸にした構造である。
NBAは4大スポーツの中でも、最も早く「チーム」よりも「選手個人」を前面に押し出す戦略を取ってきたリーグだ。
マイケル・ジョーダンをはじめ、レブロン・ジェームズ、ステフェン・カリー、ケビン・デュラントといったスターたちは、単なる所属チームの一員ではなく、リーグそのものの「顔」として世界に認知されてきた。実際、NBAを見たことがなくても、彼らの名前やシルエット、プレースタイルだけは知っている、という人は少なくない。
この「スターありき」の構造は、SNS時代と極めて相性が良い。
バスケットボールは1プレーあたりの時間が短く、ダンクや3Pといった「切り抜きやすい瞬間」が多い競技だ。そこにスター性が掛け合わさることで、15秒〜30秒の短尺動画でも十分に熱量が伝わる。
またNBAは、選手個人のSNS運用も事実上“黙認・推奨”してきたリーグでもある。リーグ公式アカウントがハイライトを量産し、選手アカウントがそれを拡散する。この二層構造によって、NBAは世界中のタイムラインに自然と入り込むことに成功している。
結果としてNBAのファンダムは、国境を越えた「個人崇拝型」へと広がった。チームがどこにあるかよりも、「誰がプレーしているか」が重要。NBAはSNS時代に最も適応したリーグだと言っていい。
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八村塁がキャリア初となるゲームウィナーを決めた動画は、このシーンをいくつも別アングルから取り上げられ、合計でInstagramだけで3,000万回以上も再生されている
NHL:規模は小さいが濃度の高い「コア」ファンダム
| SNS | 2023 | 2025 | 伸び率 |
| 600万 | 705万 | 17.5% | |
| X | 630万 | 664万 | 5.4% |
| YouTube | 220万 | 256万 | 16.3% |
| TikTok | 250万 | 310万 | 24.0% |
| 500万 | 520万 | 4.0% |
※規模こそ小さいがTikTokの伸びが最も高い(+24%)。コアファンの深いコミュニティ文化がショート動画でも刺さっている
NHLは4大スポーツの中で、最も収益規模が小さいリーグだ。
しかしファンダムの“濃さ”という点では、決して他に引けを取らない。NHLのファンは、地域性が非常に強く、かつ競技理解度が高い。スピード感のある試合展開、激しいボディチェック、氷上ならではの緊張感。これらを本質的に楽しめる層が、長年にわたってリーグを支えてきた。その分、ライト層の参入障壁は高い。パックが見えにくい、ルールが分かりづらいといった理由から、初見でハマるのは簡単ではない競技でもある。
ただし、SNSにおいては意外な適性を見せている。
NHLのプレーはスピードと衝突が視覚的に分かりやすく、短尺動画で見ると“激しさ”がダイレクトに伝わる。実際、TikTokでは他リーグに劣らない伸び率を記録している。
さらにNHLは、SNS上であえて“ふざけた”トーンを採用することも多い。マスコットの奇行、選手の素の表情、ハプニング集。この遊び心が、コアファンとの距離を縮め、コミュニティ感を強めている。
NHLは大衆化を急がない。その代わり「分かる人だけが深く愛する」ファンダムを、SNSを通じて丁寧に育てているリーグだ。
The Force is strong with the @penguins tonight! 🌌 pic.twitter.com/9PpDPovRwv
— NHL (@NHL) December 11, 2025
【総括】SNS時代の勝者は......
ここまで見てきたように、アメリカ4大スポーツはそれぞれ異なる形でファンダムを形成してきた。
NFLは地域と週1イベントを軸にした「儀式型」、MLBは日常に溶け込む「ローカル密着型」、NHLは濃度の高い「コアファン型」。
いずれも長い歴史の中で培われてきた合理的な構造であり、決して優劣を単純に比較できるものではない。
しかし、SNSという評価軸に限って言えば、最もこの時代に適応しているリーグは「NBA」だろう。
▼各SNSの2025年12月時点のフォロワー(※端数切り捨て)
▼各SNSの伸び率から見るトレンド
| SNS | 平均伸び率レンジ | 成長トレンド | 主な牽引リーグ |
ファンダム形成への影響
|
| TikTok | +20〜25% | 非常に強い | NBA / NFL / NHL | Z世代獲得の主戦場。 短尺・感情訴求・拡散力が最強 |
| +15〜20% | 強い | NBA / NFL | スター性・ビジュアル訴求に最適。 グローバルファンダム形成の基盤 |
|
| YouTube | +15〜18% | 堅調 | NBA / MLB | ハイライト+解説で“理解型ファン”を育成 |
| X(旧Twitter) | +5〜10% | 低成長 | NFL / NBA | 速報・議論用途。 新規獲得より既存ファン維持 |
| +2〜5% | ほぼ横ばい | NFL / NBA | コミュニティ維持向け。 若年層への影響は限定的 |
その理由は明確だ。
NBAは「スター選手」という“個”を中心にファンダムを構築してきたリーグであり、その構造自体がSNSと極めて相性が良い。短尺映像に適した競技特性、選手個人の発信力、国境を越えて拡散されるストーリー。これらが有機的に結びつくことで、NBAはテレビ視聴に依存せずとも、世界中でファンを獲得できる仕組みを作り上げた。
重要なのは、NBAが単にSNSを「活用している」のではなく、ファンダムの設計そのものが、結果的にSNS時代に最適化されていたという点だ。チームではなく選手に感情移入する。試合全体ではなく、象徴的なワンプレーを共有する。この価値観の転換が、NBAをSNS時代の“勝者”に押し上げている。
一方で、NFLやMLB、NHLが弱いという話ではない。
彼らはそれぞれ、SNSでは代替できない強み、ライブ性、地域性、コミュニティの深さ等々を、今なお保持している。だからこそ、各リーグは同じSNSを使いながらも、まったく異なる戦略を取っているのだ。
そして、この違いは次のテーマへとつながっていく。
なぜNBAは「スターの物語」を描き続けるのか。
なぜNFLは「1試合」をこれほどまでに重く扱うのか。
なぜMLBは日常の積み重ねを大切にし、NHLは濃いファンとの関係性を深めるのか。
次回は、こうした違いを生み出している「「ストーリーテリング力」──つまり、リーグごとの“物語の描き方」に焦点を当てたい。
SNS時代において、スポーツはどのように物語を作り、ファンの心を掴んでいるのか。
その答えを、アメリカ4大スポーツの比較から紐解いていく。
【出典】
https://www.qualtrics.com/articles/strategy-research/brand-followers-on-social-media/
https://www.sportsbusinessjournal.com/Articles/2024/10/30/mlb-social-media-traffic/
https://www.statista.com/statistics/243070/twitter-followers-of-national-hockey-league-teams/
https://www.basketballnews.com/stories/nba-passes-70-million-instagram-followers-ranks-top10-among-brands
https://www.welt.de/sport/article255228956/NFL-Social-Media-Teams-duerfen-X-Alternative-Bluesky-nicht-benutzen.html
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