【横浜F・マリノス 喜田拓也選手インタビュー】マリノスのエンブレムがないサッカーが想像できない【CROSS OVER Vol.4】
武岡優斗です。元Jリーガーで、現在はセルソースで働いています。そんな僕が、セルソースと縁のあるアスリートにインタビュ―していく企画「CROSS OVER」。
本企画の第4弾は、横浜F・マリノスに所属している喜田拓也選手です。
彼は幼少期から横浜F・マリノス一筋。人生のほとんどをF・マリノスと共に過ごしてきた喜田拓也選手に、これまでのサッカー人生とF・マリノスやファン・サポーターへの想いについてインタビューしてきました。かなり濃い内容になってますので、是非最後までご一読ください。
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喜田 拓也|Takuya Kida
1994年8月23日 神奈川県生まれ。
小学生時代から横浜F・マリノスの下部組織に所属し、2006年には主将として全国制覇を経験。2013年、トップチームへ正式に昇格し、2019年からはキャプテンに就任。チームの主軸としてリーグ戦33試合に出場し、15年ぶり4度目のリーグ優勝に貢献。2019年Jリーグベストイレブンに選出されている。
小さい頃から「プロになるもの」と思って生活していた
――まずはじめに、喜田選手がサッカーを始めたきっかけを聞かせてください。
男3兄弟の末っ子で、よくある話ですが兄について行ってサッカーに触れたのがきっかけで、そこからのめり込みました。べたべたな話ですが(笑)。
――幼少期からマリノスのエンブレムを背負うってどんな感覚なのですか。
入ったばかりの時はそこまで深く考えてなかったんですよ。ただ続けていくうちに「クラブの魅力」「カッコよさ」を感じていましたし、トップチームの選手を見て憧れていました。
子供ながらに「このクラブは特別なんだな」と思いながら生活していた記憶があります。この頃からクラブでF・マリノスのエンブレムを背負う喜びを感じていました。
――プライマリー、ジュニアユース、ユースと上がってくる中で、どこでプロを意識し始めましたか。
言い方が難しいのですが、慢心とかではなく「プロになるもの」と思って生活をしていました。Jクラブのいいところですが、常にプロの基準を近くに感じる事ができますし、そこに近づくための逆算をして、今やるべきことを常に意識しながらサッカーを続けていました。
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