【日本代表】「背負っちゃうんですよ、どうしても」。吉川智貴が1年半ぶりの日本代表のピッチで見せた覚悟と責任

“健介ジャパン”として初の国内開催。静岡・北里アリーナ富士のピッチには、ひときわ注目を集めるひとりの男の姿があった。

2011年の初選出から、10年以上にわたり日本代表を牽引してきた吉川智貴だ。

2024年のW杯予選敗退後、代表から離れ、そして今シーズン限りでの現役引退を表明していた36歳が、再び日本代表のユニフォームに袖を通した。

「戻るつもりはなかった」と語る男が、再びあの場所に立つまでの時間、そしてブラジルと対峙して見た現実とは。

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戻るつもりも、戻れるとも思っていなかった

「今までの思い出が、ウォーミングアップからバーッと頭に浮かんできたんです。正直ちょっと辛かったですね。辛い思い出もたくさんありましたし……でも、サポーターの声援が本当にうれしかった。引き締まる思いでした」

1年半ぶりの代表戦。キャプテンマークは他の選手に託され、自らは“先頭で入場しない”側に回った。それでも吉川は静かに、チームを鼓舞するように仲間の背中を押していた。

「もう自分が(キャプテンを)やってたらダメですし。健介さん(高橋監督)になって初めて呼ばれましたけど、少しでもみんなの助けになれればっていう思いでした。そういうプレーをしなきゃと思ってました」

スタメンで起用された第1戦。1失点目、3失点目、4失点目──いずれも自らがいたセットでの失点だった。「細かいミスが強豪国相手には致命的になる」。そう語る彼の表情には、日の丸を背負い続けた者だけが知る重みがあった。

試合後、報道陣に囲まれながら、吉川はふと笑った。

「もう戻るつもりもなかったですし、戻れるとも思ってなかったですから。やっぱり、いろんな思いが込み上げてきました。“特別”って言葉が軽すぎるぐらいの場所だと思います」

代表のユニフォームを着るということ。それは単なる選手選考の話ではない。吉川にとっては、“自分の人生の一部”をもう一度取り戻すような時間だった。

だが、感傷に浸る余裕はなかった。「悔しい。結果が出なきゃ意味がない」。36歳のベテランは、最後まで勝利を欲していた。

第2戦、静岡の夜。日本は0-3のビハインドから2点を返すも、あと一歩届かず2-3で敗れた。吉川は、その試合後も淡々と現実を受け止めていた。

「最後がどうとか置いといて、これが実力です。正直、悔しいですけどね。でも、こうやって最後、日本でプレーできたことは幸せでした。感謝しかないです」

試合の入りで失点を重ねたが、集中を切らさず最後まで戦い抜いた。

「難しい状況になっても諦めない、それが日本人の良さ。それを体現できた試合だったと思います」

だがその上で、彼ははっきりとした口調で言った。

「ただ、0-3になった時点で試合が決まってしまった。それが現実。厳しく言えば、それが自分たちの今の実力です」

一番簡単なのは、外に出ること

戦術論では埋まらない差。吉川はそこを、何年も前から感じてきた。

「いくら戦術、戦術と言っても、結局は個々の勝負。あそこを負けたら話にならないです。でも、これは今回に限ったことじゃない。もうずっと前から感じている差です。埋まっていない、というのが現実なんだと思います」

かつてスペインやアルゼンチンと互角に戦った記憶が、彼の中に残っている。だからこそ、今の日本代表が目指すべきものが明確に見える。

「海外に行く選手を増やすしかない。日常的にあのレベルを体験しないとダメ。Fリーグのレベルを上げるのももちろん大事ですけど、一番簡単なのは、外に出ること。今日みたいに“いい試合”をした気になっちゃダメなんです。差はまだまだある」

第2戦を終えたあと、高橋健介監督は記者会見で涙を流した。「勝たせてあげたかった」と。その“盟友”とピッチで交わした会話について問われた吉川は、多くを語らなかった。

「……まあ、とどめておいてもいいですか。でも、こうやって自分を必要としてくれるのは、選手として本当に幸せなこと。ここまでプレーしてきて良かったな、と思いました」

静かな口調の奥に、彼の覚悟がにじむ。勝敗の前に、戦う姿勢を見せ続けること。“背負う人間”としての責任感は、最後まで変わらなかった。

「性格ですかね……背負っちゃうんですよ、どうしても。それが悪いところでもあり、良いところでもある。変えられないです、それが自分なんで」

ブラジル戦を終え、北里アリーナの歓声が静まっても、吉川の視線は前を向いていた。2026年1月、アジアカップが控えている。

「もちろん悔しさはあります。でも、それを次に生かさなきゃいけない。今日感じたことを、それぞれがどう行動に移すか。自分も、しっかり考えたいと思います」

36歳のレジェンドが、もう一度燃え始めている。“代表復帰”は終わりではない。新たな始まりの一歩として、この敗戦は、きっと次への糧となる。

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