スイッチは監督の言葉。認めてもらえた、幻のゴール|岩崎裕加/アジア女王の残影

次は、必ず決めてくれるはず──。

大会当時22歳、岩崎裕加は最年少選手としてアジアカップに臨んだ。結果的に6試合で無得点。ゴールを求められるピヴォとして、不甲斐ない思いを感じていた。

ただし、彼女は大会中に進化を遂げた。

グループステージ第3戦、タイ代表に真っ向から挑む彼女のパフォーマンスは際立ち、前線で力強くボールを収め、ゴールに向かう岩崎の姿は、実に頼もしかった。

彼女は、この試合でゴールネットを揺らした。直前にタイの選手にハンドがあったことで “幻”となったものの、笛の“不運”がなければ重要な1点となっていた。

第1戦、第2戦からは見違えるプレー。何が、彼女を変えたのか。

思い当たる節があった。試合前日、練習後に須賀雄大監督と話し込む姿があった。もしかしたら、それがきっかけの一つだったのかもしれない、と。

振り返れば、昨シーズンのリーグで彼女がゴールラッシュを始めたのは、ファイナルシーズン直前だった。きっかけは、窪堀宏一監督から伝えられた言葉だったという。

「イワがゴールを決めないとチームは上位に行けないよ。代表を目指す選手であり、一番前にいる選手がゴールに向かわないのは良くないよね」

岩崎は、誰かが伝える言葉で己を進化させていく選手である。

あの大会で彼女を変えた「言葉」の正体とは。

取材=伊藤千梅
編集=高田宗太郎

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「すみません、台詞までは覚えていません」

──一番聞きたかったことを最初に聞きます。グループステージ第2戦と第3戦の間の練習後、須賀雄大監督に呼ばれて1対1で話し込んでいました。どんな言葉をかけられた?

実は、覚えていなくて(笑)。

──おっと(笑)。

この取材の前に質問事項を送ってもらっていたので、ちょっと思い出す作業をしたんです。たしか個人的な話で、一番はメンタル面について言われたと思います。

──具体的には?

バーレーンとの第2戦では不用意なファウルが多くて、それがチームにとって4つ目、5つ目となるマイナスなものでした。試合に対しての気持ちの部分に喜怒哀楽が大きくて、感情を前面に出しすぎて前のめりになってしまっていたことが原因だ、と。そのことを須賀さんは私に伝えたのかなって。なんとなくですけど、そう思い出しました。

──なんとなく。

その時は本当に一生懸命だったので。なんか、すみません……。

──その懸命さはこちらにもすごく伝わってきました。一番声も出していましたよね。

初戦のアップの時、大森知コーチが「声を出していけば盛り上がる」と言ってくださって、そこから自然と声を出していけました。試合中だけでなく、練習の時もそういうキャラクターというか。チームの雰囲気が少しでも良くなればと思ってやっていました。

──雰囲気をつくるキャラクターであることには前向きだった。

第3戦でタイに負けた時も、経験豊富な選手たちはその重みをよく理解していて、ロッカールームはものすごく暗い雰囲気でした。

でも私はまだ経験が浅いですし、「次の試合だ」と切り替えられていました。声出しは自分にできるポジティブなことだと思ったので、自然とやっていました。

──若手としての責任というか。

一番に考えていたのは、ワールドカップ出場権獲得という結果を出さないといけない、という責任ですね。盛り上げるだけじゃなく、ピッチでのゴールもほしかったし、周りが合わせてくれていることも感じていたので、自分がなんとかしたいという気持ちは強かったです。

──やはり、ピッチ上で。

そうですね。「ゴールを決めてやろう」とは思っていました。去年の11月、12月のリーグ戦からすごく調子が良くて、体も動いて、結果を出せていた。代表でも中国との練習試合では最低限、得点は取れていたので。だから、そこへのこだわりはありました。具体的に何点という数字の目標はなかったものの、「点を決めたい。自分が点を取ってやろう」と。

突き刺さった「不用意だね」という言葉

──結果的に、初の国際大会は6試合で無得点でした。

映像を見返してもそう感じますけど、最初の2試合は「緊張していたな」って。

──今までにない緊張?

はい。初戦の前日は眠れませんでした。すみだの遠征でもたまに寝付けないことはあるんですが、それとは違う重みがありました。でも、隣で(松本)直美さんが爆睡していて(笑)。

──寝付けないことがあるんですね。

やっぱり、このエンブレムを背負って国際大会に出ることが自分にとって一つの大きな夢であり、目標だったので。興奮もありましたが、それよりも緊張のほうが大きかった。「負けられない」「失敗できない」って。なんでしょうね、不安だったのかな。

──その緊張は大会期間中ずっと?

練習はリラックスできていましたし、第3戦のタイ戦からは自分のプレーに集中できていたと思います。取り消されちゃった「幻のゴール」も「みんながアピールするなか、岩崎選手だけは最後までやり切った」と言ってもらえて。ああ、あの時はプレーに集中していたんだな、と。負けてしまいましたけど、あの試合から大会の雰囲気にも慣れてきて、ゲームに入り込めるようになった感覚がありました。

──そのきっかけが、最初に質問した“須賀監督の言葉”だったのかなと思って。

こうして話しながら振り返ってみると、そうかもしれません。その場面だけではなく、須賀さんからかけていただける言葉やアドバイスで「次の試合はこうしよう」と明確な目標ができたりもします。私にとって、須賀さんの言葉は本当に大きいな、と。

──須賀監督からどんな伝え方をされるんですか?例えばその時は?

怒った感じとかではなかったです。「不用意だよね」と言われたことは覚えています。3-2のスコアで追い上げられている状況で第2PKを与えればピンチになるし、ゴールを取りたいという熱い気持ちが逆にファウルになってしまうのは、チームとしては良くない、と。

──突き刺さるような言葉でも、すんなり入ってくる?

そうですね。監督によって、置かれている立場も、目線も、考え方も違いますが、須賀さんは日本女子代表監督として、その基準で選手に求めているものを伝えてくださるので。

──岩崎選手から見て須賀監督はどんな人?

私がフットサルを始めた時はすみだの男子チームの監督で、関わりはありませんでした。話す機会が増えたのは女子代表の監督になってから。熱くて、気持ちが強い人だな、と。

選手一人ひとりに声をかけて、時には個別に話す時間をつくってくれます。選手自身やその気持ちに向き合う姿勢は、今までで関わった監督の中で一番熱いと思います。

人に情がある方で、すみだのクラブとしての雰囲気、あの「ワイワイ感」も、須賀さんが築いたものなんだろうなと。そういう空気づくりがすごくうまい監督だと思います。

涙をこらえた「イワももう決めている」という言葉

──岩崎選手は、他者からの言葉を大事にする人だな、と。

そう言っていただけるなら、そうなんだろうなって。一言一句を正確に覚えていなかったりしますけど(苦笑)。でも、監督の言葉、選手からのアドバイスは大事にしています。

──それはなぜでしょう?

映像を見返して、自己分析した結果、事前に「こういうプレーをしよう」と思い描いていたことができている時は、自然といいパフォーマンスができています。

逆に、それができないとミスが続いたり、気持ちが落ちて、流れに乗れなくなったりする。本当はそれをコントロールできればいいんですが、まだできていない。だから女子Fリーグでも代表でも、悪い流れに引きずられてしまうことがあって……。

──なるほど、そういう悪い流れの時に。

はい。言葉がスイッチになって「やらなきゃいけない」と気づかされて、自分の中で流れが変わる。後付けのようですが、そういうことは何度かありました。だから言葉は大事だなって。

──すみだでも、窪堀監督にかけられた言葉をきっかけに得点を量産することがありました。ある意味では、言葉に大きく影響される、とも。

ネガティブな意味だと「他人に変えられた」と。ただ、その言葉をきっかけに、自分の気持ちをリセットして次の試合に臨めたり、悪い流れを断ち切れたりするという感覚ですね。

──誰かの言葉で変わることができて、結果としていい流れにもっていけることは、岩崎選手の強さだと思います。今回のアジアカップで、他にもスイッチとなった言葉はありますか?

監督だけではなく、チームメートからも、コーチからも、たくさんのアドバイスをもらいました。具体的な言葉としては……すみません、覚えていません(苦笑)。

──おっと(笑)。

あ、でも、須賀さんが全体ミーティングで映像を見ながら言ってくれた言葉はすごく覚えています。「イワももうゴールを決めているから」って。

──それはいつですか?

イラン戦の前だったと思います。「幻のゴールになったけど、イワもゴールを決めているし、ピヴォ陣がゴールを決めているから自信をもってピヴォに当てていこう」と。

その言葉にすごく勇気づけられて、心に残っています。

──ピヴォが決めているから、と。

もう、泣きそうでした。隣に(追野)沙羅が座っていたのですが「今泣いたら絶対コイツに茶化されるな」と思って、こらえました(笑)。

──不甲斐なさを感じていた自分でも、認めてもらえた。

そうですね。須賀さんはそこまで深い意味で言ったわけではなく、「ピヴォを使った攻撃をしよう」という説明をしたかっただけだと思います。でも、点を取っていない自分を使い続けてくれているし、「点を取っていないけどチームに貢献しているよ」と言われたような気がして。うれしかったというか、そこでもう一つ「絶対に点を取ってやる」というスイッチが入りました。

──ありがとうございます。もっとありそうですね。

ありますよ、本当にたくさん。でも、記憶が(笑)。頭の中にはあるのですが、たぶん、書き換えられちゃうんだと思います。例えば「もっとシュートを打ったほうがいいよ」と言われたら、「やらなきゃいけないこと」になりますし、「反転はこうしたほうがいいよ」と言われたら、それを実践して身につけていく。どんどん追加されて、上書きされていくので、正確な言葉としてはそこまで覚えていなくて。でも、私にとっては「言葉」がきっかけになっているように思います。

なので、すみません。明確な言葉というか、“台詞”として覚えているのは、先ほど話した須賀監督から言われた2つですね。今考えると、どちらもスイッチが入る言葉でした。

──改めて、今大会の自己評価は?

いいところもたくさんあったとは思います。ただ、得点を取れていない課題がありますし、緊張していた2試合のことも踏まえると、全体としてはまだまだだったと思います。

──採点するなら?

うーん……6試合を通して65点くらい。

──70点に届かないくらいの絶妙な感じ。

練習での雰囲気づくりや声出しなどのピッチ外や、試合でのアシストなども良かったのですが、「得点」と「気持ち」の部分を踏まえての点数ですね。イラン戦、決勝のタイ戦は延長の疲れもあったのか、映像を見返すとやっぱり100%を出しきれていませんでした。

──65点のアジアカップを経て、自分の中に変化はありましたか?

一番大きなものとしては「代表選手でいたい」という思い。今まで「なれたらいいな」だったものが、実際に戦って、この場所にいたい、この人たちとまたやりたい気持ちが強くなりました。W杯のメンバーに選ばれて、アジアカップで取れなかったゴールを決めたいです。

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