ドリブルデザイナー・岡部将和が、日本での安定を捨てたわけ。

選手として大成したわけではなく、日本代表の肩書きも持っていない。しかし、岡部将和氏は「ドリブルデザイナー」という世界唯一の肩書きで、大成功を収めている。

現役を退いたセカンドキャリアで、つまずいてしまうアスリートは少なくない。しかし岡部氏は、日本代表選手らに個別でドリブル指導を行ない、ネイマールやロナウジーニョといった名だたる選手とのコラボを果たすなど、現役時代以上の輝きを放っている。

岡部氏は2021年9月からオランダへ旅立ち、新たな挑戦を続ける。彼を一躍有名人としたのは、彼自身の人生哲学にあった。

■クレジット
インタビュー=北健一郎
構成=佐藤智朗

■目次
ゼロから刻んだドリブルデザイナーへの道
オランダで楽しく挑戦する自分を見せたい
早く「動けない岡部」になりたいんです(笑)

ゼロから刻んだドリブルデザイナーへの道

──岡部さんは世界で唯一の「ドリブルデザイナー」という職業で活躍されています。どうして今の道を選んだのですか?

岡部将和(以下、岡部) 僕は現役時代、収入のためにコーチの副業もしていました。そこで、人を輝かせることの面白さに気づいたんです。

僕は体格が小さく1日5食食べても体重が増えない体質でした(笑)。事前の準備で相手選手と差をつけないと、とても太刀打ちでません。たくさん悩みつつ、試行錯誤を重ねました。

その経験があるので、同じ境遇にいる選手の気持ちがよくわかるんです。当時から選手として高みにのぼるより、自分が培ったもので選手を輝かせることに面白みを感じていました。だからこそ、27歳でまだ動ける状態でありがなら、指導者の道でチャレンジしたいと思い、引退を決意しました。

──お話を聞く限り、普通に考えればコーチの道を選択する気がします。

岡部 「ドリブルと選手の両方を輝かせる職業がない」と気づき、じゃあ自分が作ろうと思ったんです。

──今までにない道を作ることに対して、不安や後悔はありませんでしたか?「元日本代表」など、肩書きを持っていればよかったとか。

岡部 不安はありませんでした。現役時代からずっと、自分がやりたいことを嘘なくチャレンジし続けることをモットーとしていたので。どちらかというと、周りから「現実を見ろ」、「27歳でそんなことはじめて、大丈夫なの?」といった心ない言葉が多かったです。

後悔も、今思うとなかったと思います。僕は常に今の自分ができる最大の夢・目標を見据えてきました。サッカー選手になれなかったおかげで、フットサルの道を選べた。身体が小さかったおかげで、身体づくりに関する栄養の勉強をたくさんしたし、選手たちにアドバイスができる。常にそう考え続けた結果、今の姿があります。

選手に指導している時、僕は常に「隣のコートでメッシが教えていたとしても岡部に教わりたい人がどれだけいるか」を意識していました。肩書きでは勝負できない分、「それでも岡部に習いたい」という人が、何を求めるのかを考えていましたね。

──岡部さんはサッカー系YouTuberとして、トップクラスの人気を誇ります。エンタメ要素のコンテンツも見られますが、動画配信で意識していることはありますか?

岡部 僕のなかでは「人を下げる内容にしないこと」「あくまでパフォーマンスではなく指導者としてのスタンスが主体であること」この2つがブレないように意識しています。

そこにエンタメ要素を加えたのは、ある意味でチャレンジでした。ただ観られて終わるのではなく「自分もやってみたい」「もう一度、サッカーやフットサルをやりたい」と思ってもらえるよう、大技も積極的にチャレンジしています。

──派手な大技を見せることに対して、指導者の中には否定的な人もいます。

岡部 僕自身、使えない技はないと考えています。大技はボールを取られるリスクがありますが、果たしてリカルジーニョやネイマールの技は、すべてシンプルでしょうか?

試合に勝つことだけを目指すのでは、一流ではありません。試合や映像を観た人が「最高の時間だった」とお金を落としてくれるほど魅了してこそ、はじめてプロフェッショナルと呼べると僕は思います。ドリブルで相手選手を抜くにしろ、お客様が喜ぶ方がいいじゃないですか。

──アイコンになる選手がいると、お客様も観たくなるし観戦がもっと楽しいものになると思います。岡部さんはおそらく、そうした活動によって引退した選手でもっとも自分の市場価値を上げた人ではないでしょうか。

岡部 ありがとうございます(笑)。

当初、僕はガムシャラに新しい道を切り開くこうとしていました。お金は二の次だと。しかしある時、妻と「武井壮さんは、なぜあれだけ知名度があるのか」と話していたんです。

導かれた結論は「お金を持っていることと多くの人脈を持っていることが、チラチラと見えること」なんじゃないか、ということでした。

ある程度定員も上限を設けて、それでも溢れていくので、価格を上げていきました。価格以上の価値を、皆さんに提供できるという自信があったからです。

──それだけの価値を生み出してきたことが、岡部さんと一般的な指導者との大きな違いかもしれません。引退した選手の多くは、自分を値付けすることが苦手だとも感じます。

岡部 多くの人々は、僕も含め周りを見て自分の相場を決めていると思います。ですが、「あなたの正直な気持ちはどうか」と問い直せば、今よりも高い報酬を提示する方ばかりではないでしょうか。

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