
Jリーグ「栃木SC」マーケティング戦略部長を務める江藤美帆さんの連載コラムがスタートします。
第一回のテーマは「画像のSNS投稿(UGC)解禁がJリーグを救うのか」です。
Jリーグでは、試合中の写真や動画をSNS上にUPする行為は認められていません。しかし「2021JリーグYBCルヴァンカップ」ではルールの範囲内で投稿が許可され、今後はJリーグでも画像のSNS投稿(UGC)が解禁される可能性が高まっています。
以前から「JリーグにおけるUGC投稿の解禁」を訴えてきた江藤美帆さん。今回の決定について、どのように考えているのかを綴っていただきました。
■目次
・UGCは公式コンテンツより優れている
・黙認の後ろめたさ
・SNSとサッカーは相性がいいのか
・UGCは「愛」を表現する手段
UGCは公式コンテンツより優れている
去る2021年10月18日、1つの小さなニュースが目に飛び込んできた。
「2021JリーグYBCルヴァンカップでは、以下に定めるルールの範囲内でインターネット上に写真や動画を投稿して頂けるようになりました。ご来場の皆様には是非、写真・動画をSNSにUPして頂き一緒にルヴァンカップを盛り上げて頂きますようお願い申し上げます。」
https://www.jleague.jp/leaguecup/2021/final/guidelines.html
ついに歴史が動いた。大げさではなく、そう思った。
およそ3年半前、私は長年従事したインターネット業界を離れ、北関東のJリーグクラブのマーケティング責任者になった。当時から今まで私は、さまざまな場所で「JリーグにおけるUGC投稿の解禁」を訴えてきた。UGCとは「User Generated Contents」、つまりユーザーが作ったコンテンツのことである。
なぜ私がここまで強くUGCの投稿解禁にこだわっていたのかというと、マスメディアでの露出が減少傾向にあるJリーグにおいて、SNSを活用した露出の増大が急務であることは明らかだったからだ。また、いくつかの調査結果からも、20代以下の世代においてはインターネットに触れる時間がマスメディアに触れる時間より長いことがわかっている。
とはいえ、なぜ公式コンテンツではなくUGCなのか。それはUGCが次の2点において公式コンテンツより優れているからである。
1.情報の信憑性
2.コンテンツの量
1は、UGCが“自薦”ではなく“他薦”であるという点がポイントである。たとえば、「この映画が好き」「面白かった」というのを映画の配給会社が言っても「宣伝でしょ?」としか思われないが、実際にお金を払って観た人が言えばそれは信憑性の高い情報となる。ゆえにUGCは公式の投稿よりも、クチコミ情報という意味で優れていると言える。
2のコンテンツの量については説明するまでもないだろう。ここ数年K-POPが世界を席巻しているが、その背景にあるのはK-POP界が世界に先駆けてUGCの投稿に柔軟な対応を取ったからだとも言われている。最近YouTubeやTikTokで流行っている「切り抜き動画」などもこのUGCの「量」に着目した施策である。
黙認の後ろめたさ
日本においても、徐々に音楽ライブなどでこのUGCのSNS投稿を認める流れが出てきているが、Jリーグでは試合開催日にスタジアムで撮影した写真の投稿を許可をしていなかった。
この話をすると「え、ダメだったんですか?」「たくさんアップされてますよね?」という反応をされるのだが、現在SNSに投稿されている試合中の写真についてはリーグやチームが許諾を出しているわけではない。ただ、これだけたくさんの写真が投稿されている中で、すべての写真投稿を取り締まることはできないため、結果的に黙認されているにすぎないのである。
黙認なら黙認で良いのではないかと思われるかもしれない。しかし、このような運用の仕方には、私たちクラブスタッフの中にも、ファン・サポーターの中にも、心のどこかに後ろめたさがあった。
たとえば、サポーターの投稿で“いいね”と思う投稿があったとしても、公式アカウントやクラブスタッフが、試合中の画像が含まれる投稿に“いいね”をしたりリツイートすることはできなかったし、律儀に「投稿してもいいでしょうか?」と尋ねられてしまった場合も、私たちは「ごめんなさい」と言わざるを得なかった。
SNSのフォロワーが何十万人もいるような影響力の強い人であればあるほど、先方には迷惑をかけられないので、厳格にルールを適用するしかなかったのだ。
それが、もう禁止しなくて良くなるどころか「どんどんアップしちゃってください!」と言えるようになるかもしれないのだ。
もちろん今回の解禁はルヴァンカップ決勝に限った話であるということは理解しているが、ルヴァンカップで大きな問題が起こらなかったということになれば、来季のリーグ戦でも認められる可能性は高いのではないかと踏んでいる。
SNSとサッカーは相性がいいのか
ところが、そんな大きな第一歩の裏側では、こんなことも起こっていた。
とあるJ1リーグの対戦カードでオフサイド疑惑が持ち上がり、オフサイドに見える角度の画像や動画が多数アップされたのだ。これに対し、この日VARを担当していた家本政明審判が、自身のツイッターでこのようなコメントをしていたのを目にした。
誤解を生む切り抜き写真が横行してますが、蹴った瞬間とラインを引く位置が間違ったものばかりです。
それと日本ではオフサイドチェックが「3Dライン」ではないので、空中にある体部分が「微妙に」出ているように見えたとしても「疑わしきは罰せず」で、現場の判断をフォローする決まりになってます。 https://t.co/3N3FHUsTyX— いえぽん@卒業します…皆さん本当にありがとうございました。 (@referee_iemoto) October 25, 2021
今回は、現場に立ち会ったプロの審判からの説明があり、多くの人は納得したようだが、毎回このような説明があるわけではない。
プレーの一部を切り取った画像や審判が見る角度とは異なるアングルからの映像がジャッジについて議論をするのに適した素材でないということは、冷静に考えてみればわかることだとは思う。しかし、このようなプレー画像が投稿されるのはたいてい試合直後の興奮状態の時である。
普段は冷静な人でも、思わずこのような投稿をしてしまったり、それに乗っかって拡散してしまったり、ひどい言葉を書き連ねてしまったりすることもあるかもしれない。
UGCのSNS投稿を認めるということは、当然ながらこういった投稿も許容することになる。
職業柄さまざまな競技のファンの方々のSNS投稿を目にする機会があるのだが、Jリーグは昇降格があり、1点の重みが大きいということもあり、他の競技に比べプレーやジャッジに対するネガティブな投稿が多いように感じる。
画像の投稿を許諾することが、これをさらに加速させる可能性がないとは言えないのではないだろうか。
UGCは「愛」を表現する手段
冒頭で私はUGCが公式コンテンツに比べ優れている点を2つお伝えしたが、実はUGCにはもう1つ優れた点がある。
それは作り手の「愛」が感じられるというところである。SNSに投稿されるUGCは、それが選手の写真にせよ、プレーの切り抜きにせよ、ジャッジへの物言いにせよ、すべては「愛」が起点になっている。だからこそ、見た人の行動を変えるほどの影響を与えられるのだと思う。
プレーの切り抜きはともかく、ジャッジへの物言いに「愛」という言葉は似つかわしくないと思うかもしれない。しかし、これも応援するクラブが好きで好きで仕方がないからこその行動なのである。
「正義の反対は悪ではなく、また別の正義」という言葉のとおり、争いのほとんどは正義と正義のぶつかり合いなのである。
ちなみに、Jリーグがルヴァンカップ決勝で掲げたSNSガイドラインでは、下記のような投稿が禁止されている。
■ Jリーグが許諾していないこと
- 他者の迷惑になるような撮影行為又は投稿
- Jリーグ及びJクラブの役職員並びにJクラブの選手・監督、審判、その他Jリーグ又はJクラブ関係者を特定し、社会的評価を損なわせる目的での投稿
- 他者の肖像権を侵害する、又は侵害のおそれがある投稿
- なりすまし投稿
- 動画のライブ配信
- 営利目的での利用。ただし、YouTube収益プログラムやアフィリエイト広告などコンテンツに付随される広告からの収益が見込まれる投稿については、「営利目的での利用」に含まれないものとします
- その他、許諾していること以外での利用、Jリーグ又はJクラブに対しての愛の無い投稿
最後の一文を読み、唸ってしまった。
「愛」の解釈は人それぞれである。また、愛情表現もまた千差万別である。あえてこの部分を細かく定義しなかったことに、Jリーグとサポーターが長年築き上げてきた信頼関係が垣間見えた気がした。
UGCのSNS投稿解禁が、果たして吉と出るか凶と出るか。Jリーグの未来は、私たち一人一人の解釈とその表現に委ねられていると言っても言い過ぎではないのではないだろうか。
■プロフィール
江藤美帆(えとう・みほ)
Jリーグ「栃木SC」マーケティング戦略部長。外資IT企業などを経て、広告代理店在籍中にSNSマーケに特化したWebメディア「kakeru」を立ち上げ初代編集長に就任。「インスタジェニック」などのトレンドワードを生み出す。その後スマホで写真が売れるアプリ「Snapmart」を開発。上場会社に事業譲渡後、代表に就任。2018年5月より現職。
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