精神科医が警告する、スポーツ界の現状。「本当に村社会です。狭すぎる」
パワハラ──。
この言葉をニュースで見ない日はないといっても過言ではないだろう。
スポーツ界においても2018年の日大アメフト部の悪質タックル問題を皮切りに、プロスポーツ、アマチュアスポーツ問わずに告発が相次いでいる。
「スポーツは構造的にパワハラが発生しやすい」
そう話すのは現役精神科医でスポーツメンタルにも精通する木村好珠さんだ。北海道コンサドーレ札幌や横浜FCのアカデミーでメンタルアドバイザーも務める。
なぜパワハラは繰り返されるのか。どうすればパワハラをなくせるのか。スポーツ界が全力で取り組まなければならないテーマに迫っていく。
■クレジット
取材・文=MCタツ
■目次
・パワハラの元になる“見捨てられ不安”
・正しい辛さと、正しくない辛さの違い
・自分の経験則は捨ててください
パワハラの元になる“見捨てられ不安”
──木村さんは「スポーツ精神科医」として活動されています。珍しい肩書きだと思うのですが、昔からスポーツに関わりがあったのですか?
木村好珠(以下、木村) もともと、サッカーが大好きだったんです。10歳の時からプレミアリーグを見ていて、今はマンチェスター・シティを熱烈に応援しています。ツイッターのつぶやきはほとんどがサッカー関連です(笑)。
現在は精神科医の他にも、北海道コンサドーレ札幌や横浜FCのアカデミーにメンタルアドバイザーとして関わっています。アスリートや指導者から個人的に相談を受けることも多いです。
──そんな木村さんにお聞きしたいのが、ズバリ「なぜスポーツ界でパワハラが繰り返されるのか?」です。
木村 まず、スポーツには明確な上下関係があります。監督という絶対的なトップがいるわけです。仮にすごい実力がある選手でも、監督から使わないと言われたら終わりです。そうなると“見捨てられ不安”というのが起きやすい。
──「見捨てられ不安」というのは?
木村 自分が監督に嫌われたら終わりだという考えです。プロスポーツの場合、スポーツだけに人生をかけてきた人が非常に多いですよね。つまりその人の今までの人生とこれからの人生がかかっているわけです。
仕事だったら、まだ他のところに行って同じような仕事はできるかもしれないし、フリーで仕事ができるかもしれない。でも、サッカーではそのチームで使われなくなったら、試合に出る実力がなかったというイメージがついてしまいます。
また、移籍先がすぐに見つからない場合もあります。つまり所属チームで監督に嫌われるということは、その選手にとって非常に大きなマイナスになります。そう考えてしまい、自分の意見をなかなか言えない選手は多いです。
選手だけでなく、スタッフもそうですね。監督に嫌われたらそこにいられなくなる。監督はスタッフを選ぶ立場でもあるため、ハラスメントが起きやすい状況にあると思います。
──パワハラが発生した事例としては、どのようなものが多いでしょうか?
木村 監督なりGMなり、決定権を持っているポストが長期間固定化している組織というのはパワハラが発生しやすくなります。監督が慣れてきて言い方が強くなるだけでなく、周りにも問題が出てくることがあります。
その監督の実力がすごいということになると、周りの人間がペコペコしだしたり、周りが意見をしなくなったりしていく。監督が意見を全く聞いてくれなかったのか、そもそも周りが意見をちゃんと伝えようとしていたのか。
だからこそ、一歩引いた立場で見て、統制する人が必要です。監督も実はいろいろな人に評価される立場のため、孤独で不安です。周りがその監督のケアをしたのかどうなのかが、私は重要だと思います。全てが全て監督のせいではないと考えます。
──具体的にどういう方になりますか?
木村 第三者的な立ち位置でハッキリとモノを言える立場の人ですね。サッカーの監督で言えば社長やGMのポジションだと思います。ただ、個人競技になるとコーチと選手の1対1の関係かつ、選手がコーチを雇うので、第三者の立場の人間を雇うのが難しくなります。
選手対コーチの1対1の関係だけがある。多くの個人競技では小さい頃からずっと一緒にやってきたりしているので、余計にクローズドな関係の中でパワハラは起こりやすく、また見つかりにくい状況になります。
小さい頃から特殊な環境に身を置いていると社会を感じることが少なく、コーチの存在が絶対的なものになってしまい、他の方からの意見を取り入れにくい。表に出てきているパワハラは氷山の一角なのではないでしょうか。
正しい辛さと、正しくない辛さの違い
──スポーツのパワハラに関しては「強くなるためには仕方がない」「選手のメンタルが弱いからではないか」という意見も見られます。
木村 非常に難しいのですが、ハラスメントだと思われたらハラスメントなんです。
指導者には「支援」と「指示」の二つが必要です。指示というのは時に厳しくしないといけないし、明確にやらないといけない。一般企業であっても、目標達成のために、言うことは言わなければいけません。でも、指示ばかりが強くなるとハラスメントになります。
もう一つ、支援というのは、その人がスポーツをしたいという気持ちをうながすこと。指導者は指示だけでなく、両方をやらなければいけない。指示と支援のバランスが極端に指示に偏ってしまうとハラスメントになります。
──パワハラなのか、そうではないかの線引きはどのあたりにありますか。
木村 例えば、すごくきつい練習をしたとしても、きつい練習そのものを選手が嫌だと思っているかというと、そういうわけではないはずです。『きつい=やりたくない』ではない。その選手がプラスだと思えるかどうかが大事です。
ただ、一般社会でもスポーツでも、厳しいだけでは、心のほうが傷ついたり、心のバランスが悪くなります。あとは人格自体を否定するようなこと。「バカ」、「いつもダメだな」など人格を否定するような言葉はダメです。
あとは「帰れ」や、「お前の代わりはいくらでもいるんだよ」などもそうですね。それは気持ちを削ぐので正しい厳しさではない。しかし、「このあともう1本やったらお前はもっと成長できるんだよ」とか、そういう厳しさはあってもいいと思います。
川崎フロンターレのジュニアで3年間プレーしていた選手から聞いたのは「練習自体はすごく厳しかったけど、その練習に全部意味を感じたから、辛くてもやめたいとは思わなかった」と。
──指導者は厳しい練習をするにしても、意味や意義を伝えることがすごく重要になる。
木村 はい。だからこそコミュニケーションは重要です。コミュニケーションをとれば、その人の状態もわかるし、嫌がっているかどうかもわかります。スポーツも仕事も全ては「対人間」ですから。そこが欠如してしまうとパワハラになってしまいます。
──プライベートで選手とコミュニケーションをとっていると、他の選手から優遇しているように見られると考えている監督も少なくありません。
木村 個人的には、どんどんコミュニケーションをとったほうがよいと思っています。
例えば、私も医師として診察中に症状の話をしているのは全体の半分もありません。何をしているのかというと“雑談”です。でも、たわいもない話をするからこそ、本音を出してもらえるようになります。
スポーツであっても、一般企業の商談であっても“アイスブレイク”があるじゃないですか。練習の時だけしか話さない、それ以外ではコミュニケーションをとらないというのは、アイスブレイクが全くない状態です。
メンタルは練習中だけでなく、社会生活の中全てで成り立っているものです。家族との関係や恋愛、いろいろなことが関わっています。仕事中だけスイッチを切り替えるという人もいますが、そこまでうまくできる人ばかりではありません。
──コミュニケーションの絶対量を増やすことで、パワハラを予防できると。
木村 選手は監督の前で良いと思われたい、弱いところを見せたくないと思うものです。プロの世界であればなおさら。でも、多くの選手は悩みを抱えているし、監督には言いづらい感情もある。そこをくみとるのは簡単ではありません。
監督側だって、コミュニケーションという意味ではマイナス面も見せたほうがいいと思います。私は診察の時に、私のダメなことも多く話します。自分からオープンにしていく。それをすることで、相手もリラックスできるんです。
私たちだって、1対1じゃないと言えないことなんて山ほどあるじゃないですか?
Amazonプライムで配信されているドキュメンタリー「All or Nothing」でマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督を見ていても、選手に怒った後にちゃんと1対1でアフターケアをしています。
もしもストレスを感じている選手がいても、どこにも吐き出す場所がなければ自分の中に秘めてしまう。監督が気づかなければ、コミュニケーションのズレは改善されないまま、どこかで事件になってしまう。
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