浦和学院高等学校女子硬式野球部「歴史は10人から」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版(女子硬式野球部後編)

「今日も盛り上がって、試合に向けて頑張りましょう!いくぞ!」

練習前の円陣で、浦和学院高等学校女子硬式野球部のキャプテン・榎本惟花(えのもと ゆいか)が、元気な掛け声で仲間の心に火をつける。

ところが……直後の大雨。用具を濡らさないように全員で素早く撤収し、雨天練習場へ駆けていく。

出鼻をくじかれてしまったが、彼女たちはどこかアクシデントを楽しんでいた。

7月、女子高校野球の聖地・淡路島での全国高等学校女子硬式野球選手権。

 

日本一を目指す全67校の熱戦に、この夏、初めて挑むのが浦和学院だ。しかも、女子硬式野球部の創部は今年4月。出場校の中では、一番の新参者。

ちなみに、男子は春夏合わせて甲子園26回出場。2013年春のセンバツ大会では全国制覇も果たした、強豪中の強豪だ。

そんな名門校に誕生した女子チームの1期生は、わずか10名の1年生。文字どおりの全員野球で挑む夏の大舞台に、初代キャプテン・榎本は意気込む。

「とりあえず勝つことしか頭にないので、強い気持ちで頑張ります!」

エースピッチャー・藤原桜空(ふじわらさくら)も思いは同じ。

「夏大(なつたい、夏の全国大会の略)初戦必勝の目標を立てているので、将来の全国制覇のためにも絶対に達成します!」

チーム結成から3カ月。歴史的勝利に挑む彼女たちの情熱を追った。

埼玉県さいたま市緑区。サッカータウンとして名高いこの街に、埼玉県勢として5校目となる浦和学院高等学校女子硬式野球部は誕生した。

「おはようございます!」

朝7時半。野球部1期生の10人が元気よく現れる。が、件の突如の大雨。雨天練習場に駆け込み、全員で手際よく準備に取りかかった。

少人数が故に、何もかも自分たちの手で行わなければならない苦労は確かにある。だが、キャプテン・榎本は一笑に付す。

「みんな野球が大好きで、野球ができれば何でも頑張れるみたいなところがあるんです。何でも全員で、全力で取り組めるというのが浦和学院の1期生の特長です」

夏大に向けての練習が始まった。まずはいっせいにバッティング練習。

『左足の意識が大事だよ!』

新参チームを率いるのは、それまで監督経験のなかった髙田涼太、30歳。

だが、高校球児としての実績は抜群だ。浦和学院男子野球部OBで、2013年春のセンバツ大会優勝メンバー。4番打者として、甲子園で4本のホームランを放っている。

「0から1のところでチームを作っていけるのは、誰しもができることではない。そこは本当にありがたく思っています。積み上げていくことばかりというのは大変ですが、それ以上にやりがいと楽しみがありますね」

何もかもが初めての手探り状態。加えてギリギリの人数。すべての練習は、効率よく工夫しながら行われている。

何より特徴的なのが、選手・監督全員の密なコミュニケーション。

髙田監督は折に触れて内野陣、外野陣をそれぞれに集め、甲子園優勝の経験を惜しみなく注ぎ込む。取材中も外野陣を集め、実戦的な守備陣形を丁寧に解りやすく説いていた。それを聞く選手たちの目がキラキラしていたのが、印象的だった。

この髙田監督の指導を受けたくて、浦和学院への進学を決めた選手がいる。エースの藤原桜空だ。

 

「もともと県外の高校へ行くつもりだったんですけど、浦和学院に女子野球部ができるよって聞いて、体験会に行ったんです。そこで監督にピッチングの技術を教わったんですけど、一瞬で良くなった感じがして。即決でした」

父と2人の兄の影響で、5歳からグラブ片手にボールを握っていた藤原。小学生のときから、男子に負けない強気なピッチングで鳴らしてきた。

そんな実績のある藤原だが、新参チームに物足りなさは感じないのかと聞いた。

「明るい選手が多くて、つらいトレーニングもみんなで高め合いながらできるので楽しいです。もうコミュニケーションの雨嵐です」

実際、藤原自身のコミュニケーション能力もすさまじい。

「これどうぞ、暑いから受け取ってください」

休憩中、取材スタッフたちに、塩分チャージのタブレットをニコニコしながら配る。全員、射抜かれていた……。

藤原とバッテリーを組むのがキャプテンの榎本。実は彼女、髙田監督の抜擢で高校からキャッチャーを始めたばかり。当初は藤原に頼る一方だったが、今や頼り頼られる関係だ。

「最初は(藤原と)すれ違いがあるかなと思ったんですけど、勝ちたいという思いがあると勝手に(気持ちが)つながってきて、同じ意見になったりする。バッテリーを組めてよかったです」

夏大初戦必勝! 10人でチームの歴史を作っていく。それは1期生全員が共有する思い。さらに2年後、3年生での全国制覇も誓い合っている。

もともとはマネージャー志望だったセンターの鈴木美優(みゆ)は、そんなチームの姿勢に共感し、プレーヤーの道を選んだという。

「練習が楽しくて。(仲間は)十人十色で、みんな明るくて楽しいし、かわいいんです。選手になって、その輪に入れてよかったです」

創部間もない浦和学院女子硬式野球部にとって、短い時間でのチーム作りには何よりもコミュニケーションが命だ。

練習後、髙田監督は男子野球部の伝統でもある野球ノートを通じて、彼女たちとの意思疎通を図っている。そして彼女たちも、高田監督との意思疎通を図っている。

「グラウンドでは気持ちに熱が入ってアドレナリンも出たりするので、ふと我に返ったときに書けるノートなら、選手も落ち着きが見えてくるんですよ。僕自身も(選手の気持ちを)くみ取る一つの材料になっていると思います。後になって自分が1年生のときも、どういうことを思っていたのかを振り返る際も、書いたほうが記憶に残りますし」

夏の全国大会、初陣は間もなく。準備はできている……。

7月20日、聖地・淡路島でその日がやってきた。

浦和学院の初戦の相手は、兵庫県立姫路別所高校。2つの意味での一年生チームが、グラウンドに駆け出していく。

初回、浦和学院の攻撃。先頭バッター吉田ゆあのツーベースで口火を切ると、打線が爆発した。

 

初出場のプレッシャーも、なんのその。積極果敢に攻めまくり、結局、打者一巡の猛攻で一挙5点。完全に試合の主導権を握る。

援護を受けた藤原はのびのびと、榎本のミットを目がけて投げ込んでいく。全国への名刺代わりに、奪三振11個の快投を見せてくれた。

そして仕上げは、斬り込み隊長吉田のランニングホームラン! 目標の[夏大初戦必勝]を、これ以上ない形で達成してみせた。

試合後のインタビューで、エース・藤原は破顔一笑!

「(打撃の援護があったから)ピッチングに集中できました。最高! 大好きみんな!」

目標をかなえた浦和学院だが満足することなく、さらに上のステージを見すえる。

相手は優勝7回、女子高校野球の名門。前回のドキュメントに登場したばかりの、あの埼玉栄高校。全国の舞台での埼玉対決が実現する。

初戦同様、早めに仕かけたい浦和学院。初回、埼玉栄のエラーでチャンスを作ると、サード阿部玲央菜が三塁線を破るタイムリーヒット。得意の速攻で、格上のチームから先制点を奪う。

しかし、相手は百戦錬磨の埼玉栄。2回裏、藤原が連打を許し、追いつかれてしまう。すぐさま高田監督がマウンドへ向かい、イヤな流れを断ち切ろうとするが……。強打が売りの埼玉栄の前に3失点。あっという間の逆転劇だった。

苦しい投球が続く藤原。しかし、ここで仲間が彼女を盛り立てる。

盗塁阻止で埼玉栄のチャンスをつぶすと、マネージャー志望だった鈴木が落ち着いてフライをさばく。一気に崩れてしまいそうな場面を、チーム全員で守りきった。

その後、試合は膠着状態に。だが、マウンドに立ち続ける藤原の球数が100球を超えたころ、埼玉栄は追加点のタイムリーで畳みかけてきた。

猛攻に遭うも、藤原は最後まで1人で投げ抜く。実に141球、魂の熱投だった。

7対1で迎えた最終回。浦和学院は意地の1点をもぎとるが、彼女たちの初めての夏大は幕を閉じた。

敗戦の責任を一身に背負う藤原は、目を真っ赤にしながらも光を失っていなかった。

「みんなでしっかり練習して、力をつけてまた来年ここに戻ってきて、もっといい結果が残せるように頑張ります」

マスクをかぶったキャプテン榎本は、さらにその先をも見据えている。

「初戦を勝つという目標は達成できたので、私たちの計画に沿って、3年生になったときに優勝できるように進んでいきたいです」

監督や家族を交えて、全員での記念撮影が始まる。みんな、もう笑っていた。

ゴールは2年後の全国制覇。彼女たちは迷わない。

 

 

※浦和学院を破った埼玉栄だが、続く履正社(大阪府)戦で敗退。履正社は決勝まで進んだものの準優勝で、大会を制したのは神戸弘陵学園(兵庫県)だった