
記録的な猛暑となった7月。
夏の全国大会を間近に控え、埼玉栄高校女子硬式野球部の面々が、したたる汗もそのままに最後の追い込みにかかっている。

部員39名をまとめるキャプテンの3年生、淵ノ上綾那はチームを評していう。
「投手陣が豊富なので、それを生かした守備でリズムを作って、自分たちの攻撃につなげるのが特徴です」
その投手陣を引っ張るのは、エースナンバーを背負う3年生の隅中くれあ。
「1年生からマウンドに立たせてもらって、誰よりも投げているので、(全国大会は)緊張というより楽しみたい気持ちが大きいです」
今年29回大会を迎えた全国高等学校女子硬式野球選手権。女子高校野球界のパイオニアでもある埼玉栄は歴代最多7回の優勝を誇るが、2017年を最後に日本一から遠ざかっている。
名門復活へ。ブルペンでエース・隅中が力のある速球を投げ込んだ……。
全国屈指のスポーツ強豪校、埼玉栄高等学校。運動部の生徒が多数在籍する保健体育科だが、3年生の教室をのぞくと期末テストの結果が返されている最中だった。

女子硬式野球部の方針は、野球も勉強も全力で取り組む[文武共存]。キャッチャー・山﨑みやびの点数は?
「100点です。(今回のテストは)簡単だったんで」
サラリといったら、他部のクラスメートから総突っ込みを受ける。
『簡単じゃない! ぜんぜん』
同じ野球部の佐藤美沙希の答案用紙は……98点だった。この2人を筆頭に、野球部の面々は軒並み高得点。これで野球に集中できる。
さっきまで非難囂々? だったクラスメートも、野球部の活躍を祈って帽子の内側に寄せ書きを贈っていた。
女子硬式野球部のグラウンドは、荒川の河川敷にある。
放課後になると部員は電車で最寄り駅へ移動し、そこから20分かけてグラウンドに通っている。ウォーミングアップにちょうどいいのかもしれない。
その日の練習が始まると、部員が嬉々として取り組んでいるのに気づいた。
彼女たちの多くが小学校から野球を続けているが、そのほとんどは女子だけでチームを組んでプレーするのが高校に入ってからだった。
そんな彼女たちの様子を見守るのが、就任4年目の池田健太郎監督だ。
「本当に野球が心底好きなんだなって感じます。その気持ちは男子よりも強いんじゃないかと思います。彼女たちは全国制覇を目標に新チームのスタートからやってきているので、達成できるように最後まで粘り強くやりたいなと思っています」
実は埼玉栄、過去6度優勝している春のセンバツ大会(全国)では自慢の守備が乱れ、まさかの1回戦負けを喫している。
それでも、その敗北がチームを劇的に変えたとキャプテンの淵ノ上はいう。
「以前から返事とかもない静かなチームだったんですけど、(春のセンバツに)負けたことで夏の大会への気持ちが高まっていって、そこからよくみんな声を出してくれるようになりました。一球に対する思いが強くなっていると思います」
そのときキャッチャーミットにボールが吸い込まれ、乾いた音が鳴り響いた。エース・隅中の投じた一球だった。

彼女もまた春の敗北以来、投球フォームを徹底的に見直し、球速が増しているらしい。
このチームでの最後の夏。全員の心と体に熱が入る……。
50人ほどが入居している埼玉栄の寮に、隅中くれあを訪ねた。
この寮に暮らす野球部員は6名。隅中が迎え入れてくれたのは、セカンドを守る山口との2人部屋だ。
「これ、終わらせちゃっていいですか?」
グローブの手入れの途中だった。部屋に帰ると、最初にする日課だという。
「高校から使っているんですけど、初めて買ってもらったピッチャー用のグローブなんです。もう愛着が湧いていて……、大切に使っています」
兄の影響で始めた野球。強くなりたくて、どんなに厳しくてもやり抜く覚悟で、名門・埼玉栄に進学を決めた。ところが……。
「女子野球ってこんなに楽しいの? って感じで。中学よりも高校のほうが野球が好きになりました。オフがいらないぐらい好きなんです」
女子だけでチームを組んで野球ができる喜びが、練習の厳しさを凌駕したのだろう。
苦楽を共にするチームメイトのことも、照れもなく『大好き』だと言葉にする。
「今、みんなにお守りを縫っています。(先発で投げる)自分が試合の流れを作って、その勢いで勝ち進めたらみんなも盛り上がって、いいプレーができますよね? まずは初戦が大事だなと」
一戦必勝。その先にある全国制覇。思いを込めて、ひと針ひと針縫いあげていく。
夏の大会まで10日を切ったこの日の練習中、池田監督の雷が落ちた。
ピッチャーを中心とした堅い守りでリズムを作り、それを攻撃につなげ、勝利をつかむのが埼玉栄の野球のはず。
だが、試合を想定し、実際にランナーを置いたシートノックでエラーが続出。順調のあまりに緩みが出てしまったのだろうか?
そんな彼女たちの心を引き戻したのが、池田監督の魂のゲキだった。
『時間をムダにしないように1球を大切にやろうぜって、なんでそういう気持ちになれないのかな? 君たちに足りないのは何なのよ? 一番は真剣味なの、気持ちなの。(気持ちが)入っているときは良いプレーしている、良いゲームをやっているでしょう? こんなことじゃ、また緊張して自分のプレーができないよ。気づいたらまた負けてるよ。どれだけ悔しい思いしているの、選抜で。もうすぐ本番だぞ!』
3年生の西田百花は、池田監督の言葉で我に返る。
「自分たちができると思っていってくださっているので、意識を変えて、みんなで1つになって頑張れたらと思います」
とはいえ、ただピリピリしているだけでは心がもたない。彼女たちには夏の大会に向けて、毎年恒例の儀式がある。隅中が教えてくれた。
「毎年の伝統で、全員で39人分、1人1枚描きます」
このチームで臨む最後の大会。それは一人ひとりが思いを込めて仕上げる、カウントダウンカレンダー。
『これすごくない?』
『かわいい~!』
はしゃぐ彼女たちを、さっきまでゲキを飛ばしていた池田監督が微笑ましく見ていた。
カウントダウンカレンダーを手に、取材カメラの前に全員集合。
「夏大まであと(全員で)9日!!!」
兵庫県淡路島。瀬戸内海に浮かぶこの島は、今や女子高校野球の聖地だ。
埼玉栄女子硬式野球部が、隅中の思いが詰まったお守りを携えて会場入りする。
夏の全国高等学校女子硬式野球選手権大会が、いよいよその幕を開けた。
埼玉栄の初戦の相手は、熊本の秀岳館。
いつものように先発・隅中の投球でリズムを作りにいくが、初回2アウトからタイムリーを浴び先制を許してしまった。
出鼻をくじかれた埼玉栄。攻撃でもランナーは出すが、あと1本が遠い。
それでも味方の援護を信じる隅中は、3回以降、1人の走者も許さなかった。
5回裏、1点を追いかける埼玉栄は、2アウトながら2、3塁のチャンスを迎える。
打席に立つ、4番比留間友香(ひるまともか)が、爽快な金属音と共に、値千金の逆転タイムリーを放つ! ベンチもスタンドも歓喜に包まれた。

迎えた最終回の守備につく埼玉栄。勝利まで、あとアウト1つ。
ここでレフト前ヒットを許し、ランナー1、3塁に……。
隅中は、ただ目の前のバッターに集中する。だがそのとき! ファーストランナーの動きに守備陣が翻弄され、同点に追いつかれてしまった。
試合はノーアウト、ランナー1、2塁から始まる、延長タイブレークに突入する。
ここからは両チーム、総力戦だ。互いに1歩も譲らない。
1点ビハインドで迎えた、埼玉栄、10回裏の攻撃。
再び、4番比留間のタイムリーで追いついた!
そして打席には途中出場の3年生、山﨑みやび。
スリーボール、ワンストライクで迎えた5球目。意表をつくサヨナラスクイズが決まった! 苦しみながらも初戦突破だ。
勝利チーム埼玉栄の校歌斉唱。彼女たちの目に、安堵の涙が光る。
キャプテン・淵ノ上も目を真っ赤にして、試合を振り返ってくれた。
「(絞り出すように)楽しかったです……。調子が悪い子とかもいたんですけど、全員で補って勝てたので良かったです」
だが、もう泣いている暇はない。次の戦いは2日後。
最後の夏―全国制覇への思いが、試されていく。
※後編に続く
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