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女子ラグビー・青木蘭「チームを強くしたい」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版

鹿児島県のとあるグラウンドで、女子7人制ラグビーの練習が行われている。男子顔負けの激しいタックル、スピーディーなパス回し。その司令塔となっていたのが、青木蘭だ。彼女は、プレーのひとつひとつでメンバーに声をかけ、質の高い練習を司っていた。チームを強くしたい、その一心で。

 

 

2024年パリオリンピック・パラリンピックの正式種目、女子7人制ラグビー。11月には、最後の出場枠をかけて、日本代表「サクラセブンズ」が最終予選に挑む。だが、その女子ラグビー、日本ではまだまだ発展途上にあるのが現実だ。

 

そんな中、女子ラグビーを草の根から盛り上げようと活動しているのが、青木なのだ。彼女はプレーヤーとして躍動する一方、WEB雑誌のコラムやSNSを駆使して、その魅力を発信。さらには、子どものためのラグビー教室開催など、競技の普及を先頭に立って進めている。

 

青木は、2023年春、新たな戦いに臨んだ。鹿児島県代表チーム、強化指導員兼選手。秋の国民体育大会(国体)で、開催県の鹿児島が上位進出を目指すため、青木に白羽の矢を立てたのである。

 

「鹿児島の女子選手には長くラグビーを続けていく環境が無かったり、県外に選手が流れて行ってる状況の中で、鹿児島に女子ラグビーを普及させたいんです。そのために鹿児島国体のメンバーとして活動することを決めました」

 

これは女子ラグビー普及の草の根活動を続ける青木には、願ってもないチャンス。それでも家族と離れ、単身赴任となる鹿児島での挑戦は、大きな決断だった。

 

 

2023年9月、鹿児島国体まで2週間となったその日、代表チームの練習の場に、青木を訪ねた。チームメイトたちと、まるで仲の良い姉妹のように笑い合っている。ところが、練習が始まると様相は一変。青木はひとつひとつのプレーの前に、選手たちに声をかけ、ゲームプランを細かに確認していく。時には口調も強くなる。

 

実は、女子7人制ラグビー鹿児島県代表は、これまで一勝もしたことがない。選手は、鹿児島各地域のクラブチームからの選抜メンバー。一人一人の実力は高いはず。なのになぜ、これまで勝てなかったのか? 青木は今年の2月から練習に参加する中、メンバー同士でゲームプランの共有が出来ていないことに気づいていた。つまり、チームとして機能していなかったのだ。さらに・・・

 

「絶対に勝つっていう意識が薄かったんです」

 

そこで青木がチームに徹底させたのは、練習でも気を抜かず全力を出し切ること。何が何でも相手を倒すという強い意識を、選手個々に植え付けていった。

 

そして9月現在の練習。チームの全員が青木の背中を見て、戦う集団へと成長しているのが見て取れる。フォワードの岸本彩華は、その青木効果を実感していた。

 

「蘭さんは(プレーだけではなく)いつも言葉ではっきり示してくれるので、私たちも戦い方が見えるようになった気がします」

 

 

バックスの迫田夢乃は、青木の高い意識に心酔している。

 

「鹿児島県のために、鹿児島の女子ラグビーのためにって、いつも思って声をかけてくれるので、ありがたいと思うし、自分も見習いたいって素直に思えます」

 

勝つために何が必要なのかを、それぞれが自分の頭で考える。そんなメンバーの成長を、練習を通して青木も実感していた。

 

「ずっとボールを取れないで、ディフェンス一方になってしまう時間があるんですが、その時間をいかに集中を切らさずに保てるか。常にそれを意識するように声をかけてましたし、みんなそれが出来るようになってますよね」

 

大きな声がそこかしこから響き渡り、全力を出し切る練習が熱を帯びていった。

 

青木は鹿児島チームに参加して以来、鹿児島と神奈川の自宅を行き来する生活を送っている。神奈川の自宅を訪ねた時、彼女は夫の一輝さんと共に出迎えてくれた。1年前まで現役のラグビー選手だった一輝さんと、仲睦ましく夕飯の支度・・・と言えば美しいが、青木が『作ってよ』と一輝さんに甘えているのが聞こえてしまった。

 

 

そんな彼女の人生は、常にラグビーと共にあった。自宅で話を聞くと、父親と二人の兄の影響でラグビーを始めたのは、3歳の頃だったという。

 

「(小学校)4年生くらいまでは本当にタックルが怖くて、楽しくなかったんですけど、初めて男の子を仰向けに倒したことがあって、そんな成功体験を積んだことがきっかけで、ラグビーは楽しいって思えたんです」

 

高校は女子ラグビー部がある島根県の石見智翠館高校〈いわみちすいかん〉に進学。2年、3年時に全国大会連覇を成し遂げる中で、女子ラグビーの魅力に どっぷりとはまった。青木のポジションが、チームの司令塔となるSO(スタンドオフ)であることも、彼女のラグビーに対する意識の高さに繋がっているようだ。

 

「私のポジションは、人を輝かせることも大事な役割になるんです。誰かが輝いてくれることに喜びを感じられるからこそ、女子ラグビーの魅力を多くの人に伝えたいし、私たちがプレーヤーとしてすごく幸せであるっていうことをもっと表現していきたいんです。私はすごい幸せだから」

 

そんな思いを、真正面から受け止めてくれたのが、鹿児島県代表チームの仲間たち。だから今は、チームを初勝利に導くことはもちろん、その仲間たちと少しでも長く一緒にプレーすることが、青木の望みになっていた。

 

だが、ある日の練習中、青木に思わぬ事態が起こる。首に激痛が走り、倒れ込んでしまったのだ。去年の頚椎捻挫(けいついねんざ)の影響だろうか? 急遽病院に向かう。グラウンドに戻ってきたのは、午後の練習に入ってから。どうやら大事には至らず、緊張状態にあったメンバーたちはホっと胸をなでおろす。

 

青木に、メンバーたちからのプレゼントが手渡されたのは、そんな時だった。中身は、試合用のユニフォームと同じデザインの練習着。ずっと不安げな表情を浮かべていた青木に笑顔が戻る。チームは間違いなく一つになっていた。

 

10月11日。鹿児島県国体、女子ラグビーの予選リーグ当日を迎えた。

 

『♪オレンジに染めよう、太陽のように、みんな輝く我ら鹿児島、チェスト!♪』

 

円陣を組み、歌を歌い士気を高める鹿児島代表チーム。初戦の相手は、若手主体の徳島県代表。実力さえを出し切れば、必ず勝機はある。

 

 

試合開始早々、鹿児島代表は、相手陣内に攻め込む。青木を起点に、怒涛の攻撃!そして青木のパスから、先制のトライを奪った!その後も得点を重ねた鹿児島代表は、徳島の猛反撃も粘り強い守りで押さえ込む。ついに試合終了のホイッスル。28対5― 鹿児島県代表チームは、結成以来初めての勝利を、実力で掴み取ったのである。だが、喜びに包まれる中、青木は気を引き締める。

 

「また次もしっかり勝って決勝トーナメント行きたいと思います」

 

4チームによる予選リーグ。決勝トーナメントに進むには、2勝が絶対条件なのだ。そして続く茨城県代表との一戦。鹿児島はここでも練習の成果を発揮し、試合終盤まで7対5とリードする。だが・・・一瞬の隙を突かれ、逆転のトライを許してしまう。終わってみれば7対12。痛恨の逆転負け・・・後が無くなった。

 

決勝トーナメント進出を賭けた最後の相手は、去年の王者・三重県代表。青木は努めて明るく、チームを鼓舞する。

 

「これでさ、もしさ、勝ったらさ、そのまま(決勝トーナメントに)行けるやん、絶対行こう、今までやってきたプレーをしようね」

 

しかし王者・三重の壁は厚かった。序盤から攻められ続け、鹿児島は防戦一方。青木もタックル時の負傷により、一時退場を余儀なくされてしまう。流血した額にテープをぐるぐる巻きにし、青木はフィールドに戻るも、すでに劣勢を跳ね返す力は残っていなかった。0対28の完封負け。決勝トーナメント進出の夢が崩れ去る。

 

予選敗退に打ちひしがれるメンバーひとりひとりに、声をかける青木。だが、鹿児島にかけつけ、声援を送っていた夫・一輝さんの姿を見つけると、涙のダムが決壊した。人目も憚らず号泣する。青木蘭は、誰よりも本気だったのだ。

 

「これまで(ラグビー人生)24年間の中で、一番人生を賭けて戦って、このチームで勝ちたくて、鹿児島(女子ラグビー)のために自分は何が出来るのかを、ひたすら考えた時間でした。本当に私のラグビー人生のすべててでした」

 

 

その本気の思いは、鹿児島代表の仲間たちにも、充分過ぎるほど伝わっている。試合には敗れたが、確かにそこに未来の可能性を示した。青木蘭が鹿児島に蒔いた女子ラグビーの種は、必ず大きな花を咲かせるだろう。

 

涙が溢れ止まらない青木に、観客席のあちこちで、心からの声援が響く。

 

『ありがとう!』

 

 

TEXT/小此木聡(放送作家)

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