JBA公認プロフェッショナルレフェリー・漆間大吾「プレーヤー時代には感じなかった楽しさがある」_CROSS DOCUMENTARYテキスト版
スピーディーで激しく、そして華やかなプロバスケットボール。目まぐるしく変わる試合展開の中に、選手と同等の動きでジャッジの笛を吹く男がいた。試合を巧みにコントロールし、魅力的なものに作り上げていく。JBA公認プロフェッショナルレフェリー・漆間大吾。
彼は今年、FIBAバスケットボールワールドカップ2023で、日本を代表して歴史的な笛を吹く。世界中から集まる44人のレフェリー団の中で、日本人は2人だけだった。その漆間のレフェリングの特徴は・・・
「当然(ジャッジ)ミスをしないのは大前提ですが、正しければ良いのかというと必ずしもそうではないんです」
そこで、自分の判定がゲームにフィットするように、また、何か疑問を感じているプレーヤーがいればコミュニケーションを取って解消するのだと言う。
「正しさだけで上手くいく世界ではないので、そういったところをすり合わせていく作業が、ゲームを面白くしていく上で大事だと思っています」
彼はある意味、独裁的なジャッジの流れを良しとしない。試合中の選手やコーチとの対話を大切にしながらゲームをコントロールし、選手のパフォーマンスを最大限に引き出す。それが漆間の独特なスタイルなのだ。だが、そのスタイルを維持していくのも楽じゃない。
後日、日本バスケットボール協会、通称JBAに漆間を訪ねた。ここで説明しておくと、現在、JBA公認のプロレフェリーはたった4人。国内のプロリーグ、Bリーグを担当するレフェリーは約140人いるが、ほとんどは本業の傍らでレフェリーを務めているのだ。それだけに、漆間たち公認プロレフェリーへの期待は大きく、責任も重大だ。
この日、デスクワークに従事する漆間は、140人のレフェリーに向けて、それぞれのレフェリングに差が生まれないよう、ガイドラインとなる動画を作成していた。
「ある試合で起きた事象は、どの試合でも同じ判定になると揃えることが大事で、そこに齟齬がないようにしています」
漆間がバスケットと出会ったのは、小学生の頃。当時から友だちより頭一つ背が高く、誘われるがままミニバスチームに入る。それがいつの間にか、夢中になっていた。その後も中学、高校と、主力選手としてバスケを続け、転機が訪れたのは大学2年生の時。この頃BJリーグが発足し、ようやく日本にプロリーグが出来たのである。
「現実問題、僕は選手としてプロになれるレベルではありませんでした。それでも、プロのコートに立つにはどうしたら良いか考えて、審判を目指そうと」
漆間は卒業と同時に審判ライセンスを取得する。これで世界観が変わった。
「プレーヤー時代には感じなかった楽しさがあって。お客さんの声がダイレクトに降ってくる、それをコートで聞けるというのは、普通の生活では感じられないことだと思うんです」
瞬く間にレフェリーという仕事に魅了されていく。当初は、バスケットウエアを扱う会社に勤めながらの活動だったが、やがてレフェリーを本業として生きていく決断を下す。漆間は当時の記憶に思い出し笑いする。
「その時の(JBAの)審判委員長に直談判ですよ。(プロレフェリーとして)自分を使ってくれないかと猛プッシュしました」
その熱意が実り、ついに日本で2人目(現在は4人)のJBA公認プロレフェリーとなったのだ。漆間のレフェリングの特徴でもある《対話型ジャッジ》も、この頃から確立していったと言う。
「僕が始めた頃はレフェリーは喋っちゃいけないという指導がありました。色々な考え方があるので、それが悪いということではないですし、喋ることが良いわけでもない。ただ人対人なので、お互いに不満を抱えていると上手く行かない部分があるので、僕はその解決法がコミュニケーションだと思っています」
漆間は週に4日、トレーニングジムに通う。欠かすことはほとんどない。その様子を眺めると、アスリート並の質と量を黙々とこなしている。
「ケガをしないことがまず大事で、そのための下半身トレーニングと・・・ 心拍系のトレーニングは、試合中に疲れて判定力が落ちないようにするためですね。上半身は・・・ 見栄えです」
本人は照れ笑いするが、実のところレフェリーとしての見栄えは、世界最高峰の選手たちと対等に渡り合うための重要な要素だという。
「レフェリーとしてどう見られるかは大事です。ただでさえ日本人は身長が小さいので、2mの大男たちに囲まれた時、レフェリーがどう映るかを考えて、上半身のトレーニングを取り入れています」
試合中、疲れで判断が鈍ることは許されない。選手に見下されてレフェリーの権威を失ってはいけない。体を鍛え、コンディションを整えることは、プロレフェリーとしての漆間の矜持なのである。
漆間のレフェリングの真髄に触れる機会を得た。2023年8月4日、群馬県のオープンハウスアリーナ太田。ワールドカップまであと3週間のこの日、日本代表対ニュージーランド代表の強化試合で、漆間は笛を吹く。彼もまた、ワールドカップに向けた最終調整だ。
試合前、漆間はアウェーであるニュージーランドへの気配りも忘れない。選手たちと笑顔で挨拶し、自分がフェアな立場であることを印象づける。
「喋りすぎる必要はありませんが『一緒に試合をつくるパートナーだよ』というところは見せるようにしています」
試合は開始早々、ニュージーランドの激しいプレーで、一気にボルテージが上がっていく。漆間とコートに立つ、同じJBA公認プロレフェリーの加藤は、この展開を危惧していた。
「かなりアグレッシブで、体のぶつかり合いの多いゲームだったので、レフェリーとしては、どこからがファウルかをしっかりと示せないと、選手にフラストレーションが溜まり、お客さんにとってもゲームが楽しめないものになってしまう要素がありましたね」
勝利への気持ちが逸る両チームに、ファウルの数が増えていった。第1クオーター残り4分。荒れた試合になりかけたところで、漆間が動いた。笛を吹きゲームを止めると、一人のニュージーランド代表選手の下へ・・・
『キャメロン(選手の名)、連続であなたのファウルを吹きたくありません。あなたの協力が必要です』
同じファウルを繰り返しそうだった選手に声をかけ、それを未然に防いだ。ここに漆間のプロレフェリーたる所以がある。
「レフェリーの裁量の中で、バスケットボールが楽しくなるようにコミュニケーションを図っています。ちょっと触ったからファウルだとか、そういう試合にしたくないんですよ」
つまらないファウルで笛を吹かなくて済むようにすれば、それがエンターテインメントとして楽しくゲームが流れていくようなレフェリングに繋がるのだ。
漆間は、その後も両チームの声に耳を傾けながら、対話と正確なジャッジを重ねることで良質な試合展開を築いていく。するとその影響からか、両チームの選手たちの魅力的なパフォーマンスが次々と飛び出す。漆間がゲーム進行のタクトを振ることで、代表チーム同士の戦いに相応しい、見応えのある試合が作り上げられていった。
かつて憧れた華やかな世界・・・ そこに見つけた、自らが活きる道。JBA公認プロレフェリー・漆間大吾は今、その人間力を駆使して、選手と共に戦い続けていく。いつか彼に、ワールドカップの大舞台で笛を吹いた感想を聞いてみたい。
TEXT/小此木聡(放送作家)
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