友広隆行(カイロプラクター)が提唱する、治療の「第3の選択肢」
今回は(※)カイロプラクターで(※)AT(アスレティックトレーナー)の友広隆行さんのインタビューです。
友広さんは20歳の時に単身アメリカに渡り、現地の学校に通って権威ある資格、ドクターオブカイロプラクティックとNATA(全米アスレティックトレーナーズ協会)公認資格という2つの難関資格をクリアした数少ない日本人の1人です。
現地滞在中にはMLBロサンゼルス・ドジャースにトレーナー研修、ジャパン・サムライ・ベアーズ(元巨人・クロマティ氏率いる独立リーグのチーム)のチームドクターなどを務められました。現在は日本に帰国し、株式会社トータルリハビリテーションを立ち上げ、体の悩みを幅広く解決されています。
※カイロプラクティック:筋骨格系の問題から生ずるさまざまな症状を、背骨の歪みを取り除くことによって快復に導くヘルスケア。有効性をWHO(世界保健機関)は認めており、アメリカなどでは資格を取得すれば医療従事者として認定されるが、日本では法制化されておらず、資格が存在しないため、基準を満たす技術を持った従事者は少ない。
※AT(アスレティックトレーナー):スポーツ現場で選手が受傷したときの応急処置や傷害の評価、復帰までの手順を他の医療従事者や関係者と連携して考えたり、傷害の予防のために働いたりするスタッフ。
アメリカでアスレティックトレーナーの資格を取得
– まず、友広さんがされていたスポーツとその経歴を教えてください。
小学校2年生からサッカーを始め、ずっとやってきましたが、高校2年の時に膝を怪我してしまい、医者からサッカーは諦めるように言われてしまいました。でも、引退まではかばいながら続けました。
– 長く続けてきたスポーツをそう簡単には止められないですよね。高校卒業後はどうされたのでしょうか。
2年間ほどいわゆるニートのような生活をしていましたね。その頃はバブル景気でアルバイトをしていてもボーナスが出るような時代でした。狭い日本から早く抜け出したい、僕も何かしたいなって海外に行こうと思ったんです。海外ならどこでもよかったのですが、昔から漠然と憧れていたアメリカにお金を貯めて行くことにしました。
– アメリカで何かしたいことがあったのでしょうか。
特に決めていなかったです。英語も全く話せなかったですし、2~3年したら日本に帰って来よう、くらいにしか考えていませんでした。渡米する時もカリフォルニア州・サンタモニカの英語学校に行くということと、そこから紹介されたホームステイ先に住むということだけしか決まっていませんでしたね。
英語学校を卒業するとサンタモニカカレッジ(短期大学)に進むための基準をもらえたので、卒業後はそのまま進学しました。なんとそこで自分よりも大きな怪我をしながらサッカーを続けている学生と出会ったんです。当然その選手にプレーができて、なぜ自分にはできないのか疑問に思い、いろいろと調べました。
日本の整形外科治療や手術の技術は世界的の5本の指に入るほどにいいものですが、その後の競技に復帰するまでのリハビリ(リハビリテーション)に違いがありました。日本では当時、手術後、最前線でのスポーツ復帰は考えられず、手術=引退という図式があったように思います。しかし、アメリカでは競技復帰に向けたリハビリを最重要に手術・治療が考えられているということが分かったんです。それでアメリカ式の治療の手順に興味を持って勉強し始めたらいつの間にか16年経っていました(笑)
– そうなると海外で専門的な知識を学ぶ必要がありますね。
そうですね。初めに通っていたのは短期大学で関係する資格が取得できなかったので、カリフォルニア州でアスレティックトレーナーの資格を取ることができる学校を探しました。それで全米大学サッカー選手権でベスト16に入るような強豪である、カリフォルニア州立大学フラトン校に思い切ってサッカーのトライアウトを受けに行ったんです。約300人いる中で2人しか受からないのですが、たまたま合格することができました。もう既に25歳だったので年齢の規定で1年しかプレーできませんでしたが、そこでサッカー選手としても再びプレーすることができました。ATも合格まで3回かかりましたが、無事取得することができました。でも今はもっと試験は難しくなっていると思いますよ。
ドジャースへトレーナー研修に行った友広さんと当時所属していた野茂英雄投手(左)。他にも数々の野球選手を復活へと導いたトミー・ジョン手術を考案した故フランク・ジョーブ博士とも交友関係があった。
幅広い知識と経験が必要なカイロプラクター
– ATの資格取得後、カイロプラクティックの道に進んだのはどういった経緯があったのでしょうか。
フラトンを出た後は街の高校で働いていました。その学校は金属探知機のゲートをくぐらないと入れないような警備体制の厳しいところです(笑)しかし、そこではほとんど自分の手で子供達に何もしてあげられませんでした。アメリカの高校はすごく制限が多く、治療に親の許可が必要だったりしました。ATの資格だけでは何もすることができなくて、すごく無力感を感じたところから自分の身一つでいつでもどこでも治療が行えるカイロプラクティックに興味を持つようになったんです。
ただちょうどその頃に結婚したので、日本に帰ることも考えました。カイロプラクティックの資格を取るためにはまた4年間ドクターコースに通う必要がありました。それで父に相談したところ、お金は出すからやりたいならとことんやれるところまでやるようにと言ってくれたので、カイロプラクティックを学ぶために南カリフォルニア大学健康科学に進学し、ドクターオブカイロプラクティックを取得しました。
– 南カリフォルニア大学卒業後はどのように働いていたのでしょうか。
卒業した後4年間はアメリカで仕事をしていました。自分で会社を立ち上げて、カイロプラクティックや運動療法を中心に今と同じような形で診療していました。
– 友広さんが取得されたような基準を満たした資格が海外にはありますが、日本では法制化されておらず、まだカイロプラクティックについて誤解している人も多いと思います。
正直日本だとまだカイロプラクティックは怪しいと思われてしまいますよね。何の教育も受けていないのに明日からやります、と言ってすぐに始めてしまうことすらできてしまいます。一度試しにとあるお店に行ったことがありますが、あまりに酷かったので店長を呼んでもらったこともありますよ。知らないでそういったところにお金を払って通っている人が本当にかわいそうです。最終的に被害をこうむるのはやはり患者さんなのだと痛感しました。
元々カイロプラクティックは哲学的な側面が大きい学問ではあります。その哲学的な部分にいかに科学的根拠を付けられるかが、ここ100年間カイロプラクティックの世界では追求されてきており、実際に証明されてきています。あとはカイロプラクティックには本来、プライマリーヘルスケアといって他の医師と全く同じように、患者さんの整形外科的な物だけでなく内科的な物も含めた現在の状態を把握する、いわゆるファミリードクターのような役割もアメリカでは持っています。それだけ幅広い知識と経験が必要な職業だと言えるかもしれません。
アメリカ独立リーグ、ジャパン・サムライ・ベアーズではチームドクターを務めた。(友広さんは一番左上)
– アメリカと日本のカイロプラクティックの違いを教えてください。
日本では資格がありませんが、発祥国のアメリカでは、カイロプラクティックを学ぶ過程で医師(medical doctor)と同じ教育を受けます。泌尿器科、小児科、婦人科などで学んだり、注射の練習をしたりもします。アメリカにはカイロプラクティックの資格を持った人がたくさんいますが、実は学校を無事に卒業して資格を取得できる人は3割程度です。勉強も難しいですし、授業も朝から晩まであります。ちなみに僕がドクターオブカイロプラクティックを取得する時には200ページの論文を提出しました。
– お子さんをご自身の手で取り上げたとお聞きしましたが、その時の知識があったからこそ可能だったのですね。
もちろん産婦人科の先生の立ち合いの下で行いました。実際に取り上げて、へその緒を自分で切りました。
– 苦労した末に資格を取得し、開業までした中で日本に戻ろうと考えたきっかけを教えてください。
根底には自分が学んだことを日本で広めたいという気持ちが強くありました。リハビリにおいて日本は20年以上遅れていると言われていたので、それを少しでも取り戻したいと思い、帰ることにしました。ようやく最近になって日本もリハビリに関してはよくなってきたと思います。
– それでも日本はアメリカと比べるとかなり遅れているということでしょうか。
人によりますね。ご自身でしっかり勉強されている方は遅れていることはないですし、むしろ素晴らしい技術や知識を持っていて、僕も教えて頂いている人もいるので個人差が大きいと思います。
– しかし腕の良し悪しは我々受け手からすると分からないので、判断できません。
そこが日本の保険制度の一つの欠点で、腕が違ってもみんな同じ値段です。予防医療に関して海外では自由診療(保険外診療)が多いので、値段が高くても腕が良い人、評判良い人のところに行く方が多いと思います。アメリカの保険は基本的に民間の保険なので、保険のグレードによってまちまちですが、カイロプラクティックを始めとする、予防医療に関しても保険の適応を受けることも可能です。
– 日本は少子高齢化に伴ってこれからさらに医療制度に問題が生じてくる可能性もありますね。
もう問題は現実になってきていて、実は日本の病院はものすごく疲弊しています。もしかしたら病院は儲かっていて、医者はお金持ちだと思っている人が多いかもしれませんが、必ずしもそうではありません。医師の給与は時給換算すると高校生のアルバイト並みですし、例えば36時間勤務した後に手術を担当するなどハードな勤務体制です。長い待ち時間と短い外来が話題にもなりますが、その割に病院は儲かっていません。民間病院は4~5割、公立病院は8割が赤字だと言われています。一方で儲かっているのは薬屋さんと医療機材屋さんだけです。
現状、医師には手術するか、投薬で治療するか、という2つの選択肢しかありません。結果1〜2割程度の方は手術、残りの8〜9割の方は投薬治療となります。しかし僕はそこに運動療法という新たな第3の選択肢を増やしたいんです。中には薬を嫌がったり、薬を出さないことに不安になったりする患者さんもいるはずですからね。そのために僕は病院から近くの院外薬局ほどの距離に運動療法ができる施設をたくさん作っていきたいです。
ジャパン・サムライ・ベアーズを率いた元巨人・クロマティ氏(中央)と。
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