小山克仁。審判マスクの向こうに、球界の未来を見据える

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国際経験を通じて感じた、日本の球界への危機感

——今後の日本の野球はどうあるべきだと思いますか。

本当はもっと野球はシンプルにやるべきだと個人的には思います。スモールベースボールとか、相手の意表を突くとか、内角に投げてバッターをのけ反らせて外に投げるとか、本来すべきではないことです。

日本人らしく言えば武士道に反するのではないでしょうか。欧米人は絶対に相手の弱いところを責めたりしません。そこには騎士道の精神があるからです。

力と力の勝負、ストライクゾーンに投げて打つか打たれるかの勝負をしないと元々の野球の醍醐味が失われてしまう気がしてなりません。

例えばスクイズの本来の意味は「搾り取る」、つまりどうしても最後の手段として勝つためにする作戦のはずですが、日本はかなり序盤でも使ってしまっていますからね。

——数々の国際大会などで審判をされてきた小山さんだからこそ感じている危機感があるということでしょうか。

様々な国際大会で審判をしてきて、日本の野球がこのままではまずいと思いました。

あとは代表の試合にアマチュアの頃から選ばれている選手というのは国際的なマナーも理解しているので国際大会でも暗黙のルールに反するような変なことはまずしません。そして、早い段階で世界との真っ向勝負に魅力を感じた選手は海外に出ていきたいという想いを持つようになっていくわけです。野茂投手もそうでしたが、上原投手も学生時代にキューバ、アメリカと戦い、海外に魅力を感じ、今アメリカでプレーしています。日本ハムの大谷選手もU-18の国際大会で世界と戦ってからよりアメリカに行きたいという想いは強くなったと思います。

小山克仁

——早い段階から世界に触れると日本から出ていきたくなるものなんですね。

上には上がいるわけで、強い相手と戦いたいというのはスポーツ選手として当然だと思います。

——最近ではプロとアマチュアの交流戦などが行われることもあります。そこでもっとプロ野球のレベルの高さに触れて、海外だけでなく日本で戦っていきたいと思ってもらえるといいですよね。

ただ私もそういった交流戦で審判をすることがありますが、一部の選手は本当に審判への態度が悪い!今までいろいろな選手を見てきましたが、そういう人はやはり大抵大成しません。

——礼儀正しい選手の方が生き残っていくんですね。

どこの社会でも同じことです。プロに入ってからちやほやされて、勘違いする選手が多いのではないのでしょうか。そういう選手は早い段階でいなくなります。とある選手は態度があまりに酷かったので、怒鳴り飛ばしました(笑)野球ができても人として教育されていないのではダメですよね。自分が野球をできなくなって、注目されなくなった時のことまでしっかり考えて行動できてこそ、一流選手と呼べるのではないでしょうか。

小山克仁

近年はプロとアマチュアの交流戦も行われている

——プロ野球の審判ではストライクコール時に独特のジェスチャーをする人がいますが、それについてはどのように感じていますか。

格好いいと思いますよ。結局あれだけ大きく目立つジェスチャーをなぜやるかというと、三振を奪ったピッチャーを褒めてやるという意味があるんです。私も「いい球だ!それをなぜ見逃す!バッターは俺に3つもストライクと言わせるな!」という気持ちを込めてコールをしています。

本当は球審が右手を上げない試合というのが理想なんです。ストライク=打て!ということですから。

例えばキューバは打てるところであればどんどん打ってきます。以前カナダとの試合で球審をやりましたが、4回までストライクコールをしませんでした。ストライクゾーンの球を見逃すことはなく、必ず振っていましたね。そのくらい世界の野球はストライクゾーンで勝負をしているということです。

ボールを待つようなことはしません。初球より2ストライクになってからの方が精神面で追い込まれてしまい、当然それだけ打てる確率も下がるからです。

小山克仁

審判という最高の役割

——これから審判を目指す方にアドバイスがあればお願いします。

まずはたくさん野球をプレーする、もしくは観ることですね。そうでなければプレーの内容が理解できないですし、感性が磨かれません。野球の審判は本だけでは絶対に覚えられないですし、それだけでは超一流にはなれないと思います。打者が打った瞬間に瞬時にどこに行けばいいかを判断する必要があるので、実際にプレーをするか試合を観て、野球の感性を磨いていくことが重要です。

そして何より野球を大好きになることでしょう。こんな54歳のおじさんが一流のプレーを一番近くで観られるんですから、本当に審判はいい仕事です。最高の役割だと思います。

——一方で責任重大な役割でもあります。

審判はコンダクターとも言われるように、特に球審が酷いと試合を潰してしまうことになりかねません。ピッチャーがストライクを投げたくなるような球審を目指せ、と(※)奇跡のバックホームの際に審判だった田中さんもずっとおっしゃっていました。そのためには立ち振る舞いが格好いい審判でなければいけませんし、ピッチャーにボールを返球する時もいい球で返せるように意識しています。

あとはボールの軌道を追えるように目のトレーニングは欠かさずにやっています。審判はボールの軌道をしっかり見る必要があります。そうするとキャッチャーがごまかすためにミットを動かせばすぐに分かります。

※奇跡のバックホーム:第78回全国高校野球選手権大会決勝戦、松山商業対熊本工業の試合において、延長10回裏1アウト満塁の場面でライトに上がった大飛球を直前に守備から入った松山商業・矢野選手が捕球、そのまま本塁に送球し、犠牲フライでのサヨナラを狙った三塁ランナーを刺して、それを阻止したプレー。試合は12回表に松山商業が3点を奪い、優勝。その時の球審が故・田中美一審判でアマチュア野球界における「ミスター球審」。

——やはりはっきり分かるものなんですね。

うまいキャッチャーというのはミットを動かしたりしません。綺麗に捕ります。高校生でよくミットを動かすキャッチャーがいるので、なぜそんなことをするのか聞いたことがあります。するとストライクを取ってほしいからだと言うのですが、本人もボールだと分かっているんです。「君がボールだと思うなら、おじさんもボールだと思うのは当然だし、動かしたりしたらストライクは取らないよ」と話しました。

小山克仁

——最近では様々な競技でビデオ判定などによるチャレンジが採用されたりもしています。

僕はそういう制度は審判の権威を下げるだけではないかと思っています。人間がプレーしているわけですから、人間が裁くべきです。

——審判のジャッジの制度を上げるために取り組んでいることはありますか。

定期的に講習会を開いています。そして全国の審判の質を上げるためには同じ講習ができないといけないので、そのためのインストラクターも養成しています。技術を伝えていく人がいないと続いていかないですからね。秋には全国8地区に分かれて講習会を開催する予定です。

あとは審判にも定年制を設けていて、国際大会は50歳以下、全国大会は55歳以下という決まりがあります。僕も全国大会で審判ができるのは来年までです。

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