MLBの日本人トレーナーが指摘する、怪我の「予防」に対する日米間の意識の違い。
日本では高校野球に代表されるように大会は基本的にトーナメント方式で行われ、試合間隔も短く、選手の疲労が回復しないまま次の試合を迎えることがほとんどだ。そうなると当然怪我の危険性も高まる。
今回はスポーツで怪我を抱えていたものの、自分に合う治療家に出会い、それを乗り越えた経験を持つトレーナー、渡邊 亮氏(写真・左)を迎えて、お話を伺う。渡邊氏は怪我予防の考え方が発達しているアメリカ・MLBの名門、サンフランシスコ・ジャイアンツのマイナーチームでトレーナーを務めており、ご自身が感じている日米の体に対する意識や文化の違いについて、語って頂いた。
ジュニア世代における、怪我への配慮の重要性
-まずは渡邊さんがトレーナーになるまでの経緯から教えてください。
基本的には兄達の影響で野球をしていたのですが、自分は(※)栃木県日光市出身なので冬の時期はアイスホッケーをクラブチームで練習をしていました。野球の練習はとても厳しく、肘と肩が常に痛かったのを覚えています。
ちょうど野球は僕と同じ時期に県内に成瀬選手(東京ヤクルトスワローズ・成瀬善久投手)がいました。中学2年生の秋頃に対戦した時はすでにすごい投手でしたが、まだ努力したら何とかなるかと思っていました。しかし、翌年の春先に別人となって現れたのを見てから自分は別の道を歩んだ方がいいと判断しました。
その後は地元のアイスホッケー部のある高校に進んでプレーをしていたのですが、高校2年生の時に(※)腰椎分離症になってしまったんです。2~3ヶ月は痛みをこらえ、騙し騙しプレーをしていて、その年は授業中に座っているのも辛かったです。しかし、高校3年の時に出会った埼玉の治療院に行き始めたところ、徐々に症状も改善されていきました。
そういう経緯もあって、高校を卒業したら自分も理学療法士かスポーツトレーナーになりたいと思いました。そんな時にタイミングよく知人の紹介でアメリカに渡る話をもらって、1年間東京で英語の勉強をし、渡米することにしたんです。元々英語は嫌いじゃなかったですし、自分もプレーをしてきた以上、やはり野球・アイスホッケーの本場を見ておきたいというのはありましたね。
※栃木県日光市:強豪ホッケーチーム・栃木日光アイスバックスがあるため、競技が盛んな場所。
※腰椎分離症:腰の下方部にある、椎弓(ついきゅう)という部分に負荷がかかり、ひび割れてくることで引き起こされる。
-怪我の痛みから解放されたという出来事は渡邊さんにとって、将来をも決める出来事だったんですね。
そうですね。「痛い」なんてコーチには言えませんでしたから。当時はそこまでインターネットも発達していなくて、調べる手段もないですし。
今も怪我の問題はジュニア世代からあります。数年前に、福岡で開催された日本プロ野球トレーナー会議に参加させて頂いた時に、ソフトバンクの工藤公康監督も『指導者や保護者などによる、ジュニア選手の怪我の予防が大切』という話をされていました。全てを真似する必要はないですが、そういう点ではアメリカの方が進んでいるので、今向こうで活動している自分達が日本でできることは大きいのではないかと感じています。
-実際にアメリカの現場を見ている渡邊さんが感じている、日米の違いを教えてもらえますか?
まず日本では部活は1つしか入れません。野球の場合は1年に3回、トーナメントで試合が行われ、負けたら終わりです。3年間練習しても試合に出られない選手がいる傍らで、いい選手は酷使されて潰れていくのが現状です。
逆にアメリカは州によっても様々ありますが、夏休みの終わり頃からアメリカンフットボールの季節が始まり、11月あたりまで続きます。その終わりと同時にバスケットボールとサッカーのシーズンが始まります。秋・冬・春を経て夏休みに入っていくわけですが、その1年間の間に野球などを含めて、3~4競技やる人もいます。
アメリカでは親の理解もあり、幼少期からいろいろな競技をやらせてみて、やりたいものを続ければいいというスタンスがほとんどです。様々な種目をやった方が体の動かし方を学ぶことができ、可能性を広げることができると僕らの間では考えられています。
もう一つの明確な違いとして、日本は練習のための練習をしていると感じる事が多い一方で、アメリカは実践がベースになっているということが挙げられます。基本的にアメリカはリーグ戦でより多くの選手が出場できますし、場合によっては全員試合に出さないといけない規定まであります。リーグ自体にもレベルがあって、学校の人数や規模などによって分けられています。
その中でも怪我の予防についてさらにしっかり考えられていて、例えばジュニアの野球の場合、投手は連投禁止で球数制限があったりします。日本でも少しずつそういう動きは出てきてはいますが、まだまだ勝利至上主義です。でも小・中学生の試合で優勝したからといって何が起きるんだ、という話で、多少いい高校に行けるかもしれませんが、プロになれるわけではありません。今メジャーで活躍している何人かの日本人選手を見てみると、小・中学生の時はそんなに球数を投げてなかったりもするんですよね。日本は高校でピークを迎えてしまう選手が多い中で、アメリカは大学・ドラフト後からも伸びる人がいます。
さらには複数の競技をやることによって、競技人口そのものの絶対数が増えるという利点もあります。
-競技だけでなく、それに関連してトレーナーのあり方も違いがありそうです。
アメリカでは、AT(アスレティック・トレーナー)を置く高校が年々増えてきています。スポーツにおける事故や怪我を防ぎ、緊急時にも対応できる人が近くにいるというのは大きいでしょう。日本だとトレーナー=プロ選手に付くという感じだと思うのですが、アメリカだと高校、大学からNFLやNHLなどのトップのプロスポーツまで幅広くトレーナーという仕事が浸透しています。
その中でも面白いのが、MLBの場合はアンパイアにまでメディカルの担当がいるということです。何かあった場合にはそこに連絡が行き、近くのトレーナーに施術を依頼するという仕組みができています。
当然、それに伴ってトレーナーの地位というのも違いがあります。アメリカの場合、今日はもうこの選手は出せないとトレーナーが判断したら、監督はそれに従う事が多いです。監督とトレーナー、そして選手との信頼関係や、チームの中での地位がしっかりと確立されているように感じます。
アスレティックトレーナーの徹底的なリスク管理
-渡邊さんは渡米した際に短期大学に入学していますね。
短大を選択したのは学費が安いということに加えて、日本人に理解のある学校だったからです。しかもインターンという形でフットボールチームやバスケットボールに帯同させてくれて、ATとしてのあり方から怪我の手当ての方法まで、みっちり教えてもらいました。
そしてそこの短大とサンフランシスコ・ジャイアンツは関わりがあって、81試合あるホームゲームにインターンとして行かせてもらえることになったわけです。インターンといってもタオルを畳んだり掃除をしたり、時にはヘッドトレーナーの修理に出している車を取りに行ったりと、ただの雑用なんですけどね(笑)でもそこでの経験がなければジャイアンツとの繋がりはできませんでしたし、今の自分も無かったと思うので、とても良かったと思っています。
-外国人と日本人で体に違いはあるものですか?
アメリカ人には様々な人種がいますが、大抵の外国人選手は筋肉がかなり固くて、ハリがあります。日本人の方が柔らかく感じますね。あと外国人は臀部が太いです。体幹も日本人だとできることが、外国人選手だとできなかったりします。その代わりパワーはありますし、そもそも体自体がでかいですよね(笑)普段から外国人の体を見ているので慣れてしまっていますが、日本に帰ってくると実感します。
-試合前のアップや試合後のケアなどの方法は日本と違うのでしょうか。
僕らアスレティックトレーナーはキャンプ前の健康診断で、体の様々な危険因子について、いろいろなテストを行います。毎年同じテストをやるのではなく、なるべく効率的で的確なテストを試行錯誤しながら組み合わせたりします。過去の怪我歴を細かくチェックしたり、可動域を測ったり、様々なドクターに診てもらったりしながら、どのような怪我の危険性があるのかをリスト化していきます。マイナーだけでも150-200人ほど選手がいるのですが、それぞれの選手の体についてトレーナー間で話し合ってメニューを考え慢性的な怪我の予防に努めています。健康診断は2~3日がかりで行われます。また、その健康診断の準備のために4,5日かけることもありますね。
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